逃走
室内という狭い空間でもオルトの強さは健在だった。
瞬く間に街兵を延していく。姿が見えていたのは三人だったけども、実際にはカグフニを除いて5人の街兵がいたが、戦いは一方的だった。
剣を抜くことができないほど狭いというのは、オルトにとって決してマイナスではなかったようだ。狭いからこそ相手も満足に動けず、取り囲むことができなかった。だから、オルトも一度に5人を相手にする必要がなく一人一人を確実に倒していった。
「き、貴様ら!!」
まさか街兵が一人残らず倒されるとは思わなかったのか、カグフニが顔を青ざめながら後ずさり廊下の壁に背中を付けた。
「こんなことをして、ゆ、許されると思っているのか!!」
「誘拐もしてないし、護衛も殺してないけど、こっちの言い分なんか聞いてくれないんでしょ。だとしたら強行突破する以外にないと思うんだけど」
逮捕されればレンとソフィアの二人組と同一人物だとバレる可能性もある。それらもすべて誤解でしかないけども、指名手配されている犯罪者だと見られてしまえば、なおさら私たちの信用度は低い。
「どうする?」
オルトがカグフニの喉元にナイフを突きつけている。聞いているのは殺すかどうかだろうけど、流石にそこまでするのは不味いと思う。床に転がっている街兵は、徒手空拳だったのもあるけど死者は一人も出してない。絶望的な状況とはいえ濡れ衣を晴らせる可能性だって零じゃない。だとしたら、殺しはしない方がいいと思う。
「カグフ……ニ」
突然聞こえてきた細い声に振り返ってみると、ロニトリッセがベッドで身を起こしていた。騒ぎで目が覚めたみたいだけれども、元気になったわけじゃない。顔色は悪く、苦痛に歪んだ顔をしている。
「も、申し訳ございません。ロニトリッセ様を助けに来たのですが、この通りの有様でして……」
「信じていただけるかわかりませんが、裏路地で倒れていたところをオルトが、私の護衛が見つけてここに連れてきたのです」
「騙されてはなりません。商談の場からすべてこの者たちの策略だったのです」
「……くっ……うぅ……頭がくらくらして……だが、襲ってきたのは……この者らでは……無かった」
「そいつらも仲間に違いありません」
「いや……」
ロニトリッセが立ち上がろうとするが、まだ血の巡りが悪くふらりと倒れそうになったので支えてあげた。
「……ナイフを下してもらえませんか」
オルトが私を見たので頷き返した。ナイフを下げ、カグフニから一歩距離を取る。代わりにロニトリッセがカグフニの方に近付いて行こうとするので私は支えるふりをしながら、その行動を阻害した。
「この二人は関係ありません」
「しかし」
「私を解放してくださいますか」
敵じゃなければ解放できるはずだと、その言葉に込められている意味はわかった。だけど、それを飲むわけにはいかない。
「無理です」
「!!?」
ロニトリッセ、オルト、カグフニが三者三様の驚きを示した。無実の証明の機会を棒に振る行為にしか見えないのだから、それもそうだろう。でも、まだできない。カグフニが敵か味方か証明されたわけではないのだ。
「アイカ?」
「ごめん。でも、ダメなの」
どういうつもりなんだと、その目が語っている。その疑問に応えたいとは思うけど、私自身まだ確証が無いのだ。だから、説明もできない。
ここにいる街兵が本物だという証拠はない。
仮に本物だとしてもロニトリッセを助けに来たという証拠はない。
カグフニが味方だという確固たる証拠がないのだ。
オルトに目で合図をすると、小さくうなずいた。
「……わかった」
オルトが短くそう口にすると、カグフニを一瞬にして昏倒させた。ロニトリッセの手に力が入って私の肩が強く握られた。
「何を!?」
「逃げるよ」
「馬鹿な真似はよせ。私を解放すれば罪には問わんと約束する」
「その言葉に嘘はないと思いますけどね。申し訳ありませんが、付いてきてください」
抵抗しようとするけども、いまのロニトリッセであれば女の私でも無理矢理引っ張っていくことくらいは出来る。オルトが素早く荷物を背負いあげ、横たわる街兵たちの間を抜けて宿を降りていけば店主が「ひぃ」っと小さな悲鳴をあげた。
それに構わず宿を出れば夜の帳がしっかりと降りていた。メイン通りは煌々と街灯がついているけども、一本入れば街灯もない真っ暗な路地はいくらでもある。そういう路地を突き進む。怪我をしているロニトリッセが抵抗しつつも何とか付いてきてくれるけども、徐々にその力が弱まってくるのがわかった。
さっきまで瀕死の重症だったのだから無理もない。
「ロニトリッセ様が限界みたい。休める場所を探したほうが良さそうね」
「それはわかってるが、どうする」
「近くの宿に入りましょう」
「そんなことすればまたすぐに見つかるぞ」
さっきの宿もおそらく店主が街兵を呼んだのだ。それと同じことが起きるとオルトは言っているのだろう。
「私の身を案じるのならさっきの宿に戻れ、もしくは伯爵家に連れて行ってくれ」
「うーん。そこが問題なのよね」
「信用できないか」
「馬鹿なこと!! 今回の件とカグフニや伯爵は」
「少なくともロニトリッセ様を襲ったのは街兵だったんだよね」
「それはそうだが、中身まで本物とは限らん」
「中身が本物だったら?」
「伯爵が首謀者だと?」
「それはわかりません。ですが、確実にシロとは言い切れません」
「なぜだ?」
「先ほど申し上げた通り、ロニトリッセ様を襲ったのが街兵だったからです。それが本物か偽物か私たちには判断のしようがありません」
「ならばカグフニは? カグフニは私が生まれたときより傍にいるのだ。あれ以上に信用できるものはいない」
「あー、それは申し訳ありません」
「わかってくれたか。ならばすぐに」
「いえいえ、逆ですよ。12年もロニトリッセ様に仕えていたのでしたら、なおさら信用できません」
私の言葉にロニトリッセが怪訝そうに眉根を寄せる。
オルトは何となく私の言いたいことを理解したらしい。そんな表情をしていた。
「気を失っていたので無理もありませんが、カグフニさんは部屋に入ってきたときもロニトリッセ様のことを心配している様子がなかったんですよね」
「っ!!?」
「多分ですけど、怪我をして運び込まれたって情報を聞いてあの宿に来たと思うのに、怪我の具合を一切聞かれませんでした。私たちが前にいたのでベッドに慌てて駆ることはできなかったかもしれませんが、12年もの長い時間仕えているのなら、たとえ主従の関係だとしてももう少し情っていうのがあると思うんですよ。貴族だとそういうことも無いんでしょうか」
「……」
ロニトリッセがその場に崩れるように座り込んだ。
「アイカ!!」
またやってしまった。オルトが叱責するように私の名前を呼んだ。言い方がきつかった。肉体的にも傷ついている少年に追い打ちをかけるような言い方は不味かった。ロニトリッセは大人っぽい物言いをしていても子供にしか過ぎない少年なのだ。もっと、言葉を選ぶべきだったのに、私はなんてことを言ったのだろう。