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三尾の妖獣

 ゴレイク討伐戦に参加して4日目。

 渡り鳥の生息地に現れるゴレイクの数もかなり減ってきたのか、こちらに流れ込んでくるゴレイクの数も少なくなってきたらしい。そろそろ日暮れという時間だが、今日の討伐数はたったの3匹と伸び悩んでいた。

 昨日は11匹倒せたので平均すれば悪い数ではない。もともと撃ち漏らしの討伐なので安定した収入は期待できなかったのでまずまずの成果じゃないだろうか。例年の流れから行けば、後1日か長くて2日ほど続くゴレイク討伐戦だが、残り2日間も参加する必要はないかもしれない。


 とりあえず本隊が帰ってくるまでは粘ってみようかと考えていると、激しい戦闘音を響かせながら一団が街に向かって進んできていた。

 兵装からイーレンハイツのものだとわかるが、戦っている相手がゴレイクではなかった。否、そもそも鬼獣ですらなかった。

 見た目は巨大なトカゲと言ったところで、体中を硬質の鱗が覆っている。特に首周りの鱗は鋼のように硬く通常の武器を受け付けない。さらにとげとげの尾には麻痺毒があり、口からは火炎のブレスを吐く厄介すぎる三尾の妖獣ゲナハド。


 化け物の存在に気がついた狩人の動きは二つに分かれた。

 一つは叶わぬ敵と見切りをつけてすぐに逃走を計り、もう一方は三尾の妖獣退治の名誉と報酬をもとめ向かっていった。三尾の妖獣と戦うには分が悪い気がするが、放っておけばルーデンハイムに危険が流れ込む。つまりはアイカの身を危険にさらすというもの。


「助太刀します」

「貴様は……女商人の護衛か?」

「そうです」


 襲われていたのはロニトリッセ様を含む領軍の集団だった。ゲナハドとの戦闘は苛烈を極めたのか、街で見かけたときには20人近くいたはずの彼の護衛は僅か4人ほどまで減っていた。残っている彼らも五体満足とは言えない状況。

 どこで襲われたのか、ゴレイクとの最前線だったとすればもっと多くの兵がいたはずである。とはいえ、ゴレイク討伐に投入された兵は新兵を中心に構成されているため三尾と戦うには荷が勝ち過ぎている。ロニトリッセ様を守るために撤退を決めたはずの彼らを妖獣は追いかけてきてしまったというところだろう。


 様子見をしている間に、戦うことを決めた狩人の弓が次々に射られるが、ゲハナドの鱗を貫くには至らない。運よく鱗の隙間に入った数本が、ゲナハドに僅かな流血をさせたに過ぎない。


「時間を稼ぎます。ロニトリッセ様を早く街の中へ」

「抑えれるのか」

「この人数では厳しいかと思いますが出来るだけやってみます」


 街の中にまで逃がすことができれば、外壁越しに戦うことができる。ここで稼いだ時間如何によっては街兵の準備も整うだろう。

 地を這うように走るゲナハドの顔の高さがちょうど人と同じくらいにある。体長は数メートルにも及び大地を踏みつける足は人の胴体くらいの太さがある。


 矢雨の間隙を付いてゲナハドの懐まで潜り込むと剣を一閃させた。

 ゴレイクの柔らかな肉を斬るのとは桁違いの反動が腕に返ってくる。叩きつけるような斬撃では鱗に僅かな傷をつけるのみで切り裂くことはできない。

 下手をすれば剣の方が折れてしまうかもしれない。


 斬ることに意識を集中して斬撃を入れようとするも、ゲナハドの長い尾が鞭のように空を切り裂いて叩きつけられる。剣を盾に受け流しつつ身体を転がした。

 追撃が入りそうになったところに、別の狩人の槍が急襲した。


「うぉおおおおおおおおおおお」


 連携の取れる相手ではないが、それぞれが機を求めてゲナハドを攻撃する。腕に自信のないものは遠くから弓を入り、自信のあるものが接近戦に挑んでいる。

 ノーブレン領軍時代の経験から言えば三尾の妖獣討伐には小隊が3つは必要だった。対してここに集まっている狩人の数はその半分、それも連携の取れないものたちである。

 狩人はその身一つで生計を立てている。それゆえ一般的な兵と比較すれば個としての実力は上であることが多い。だが、兵は集団で戦うことに慣れているため、全体としての力は当然のことながら兵に分がある。

 希望はあるが、討伐は不可能だろう。


「倒すことを考えるな。足止めを考えろ。一か所に、右前足に攻撃を集中させろ!!」

「倒す気のねぇ雑魚は引っ込んでろ」

「くそっ」


 オルトを救った槍使いが巧みな槍術でもってゲナハドの前に立ちはだかる。技量は悪くないが一人で太刀打ちできる相手ではない。だからこそ、連携の必要があるというのに狩人たちにそれは不可能だった。

 軍ならば全員の功績となるが、狩人であれば打ち取った個人の名誉となる。そうなれば討伐報酬も首を落とした一人の物になる。

 周りにいるのはゲナハドの敵ではあるが味方ではない。そんな状況で連携が生まれるはずもなく下手をすれば足の引っ張り合いすら考えられた。


「フォローする」

「ああん?」


 申し出に槍使いが怪訝な声をあげる。

 この場で一番腕が立つのは槍使いだというのはわかった。


「討伐できても報酬はいらん。協力するから話を聞け」


 接近戦に挑んでいるのは5人いるが、点でばらばらな動きをしていてはいずれは数を減らされゲナハドに突破されてしまう。だったら、たった二人でもいいから連携を取れた方がいい。


「ゲナハドの鱗は硬すぎる。確実に急所に当てたいならまずは機動力を落とせ」

「つまり足を狙えと」

「そういうことだ」

「……本当に報酬はいらないんだな」

「だからそういってるだろ。このままやり合ってれば報酬どころか全滅だぞ」


 すでに二人が戦線離脱している。

 血を流して地面に伏している狩人に槍使いが視線を這わせる。


「わかった。なら動きを止めてみろ」

「任せろ」


 強力な一撃を入れる隙を作るために槍使いと入れ違いにゲナハドの前に立つ。尾撃、噛撃、首撃、爪撃さまざまな攻撃が巨体から襲ってくる。

 防御に徹すればそれらを躱し、捌くのは無理ではない。

 協力を始めた俺たちを見て他の狩人も動きを変えた。

 自分たちの攻撃がゲナハドに通じていないことを理解し始めたのだ。一番前でゲナハドの攻撃を引き受ける俺の邪魔をしないように、かつ俺に対する攻撃を邪魔するようなタイミングで矢を射ったり斬撃を叩きこんだり。

 もちろん、叶わぬと見て離れていくものもいる。

 協力したところで報酬を回してもらえるとは限らないのだ。命を賭ける理由がない。


「グラララララ」


 喉を鳴らし始めたゲナハド。

 それを見て俺は警鐘を鳴らす。


「ブレスが来るぞ」


 喉鳴りは体内器官で精製した油を口内に戻すときの音。

 次の瞬間、石を打つような甲高いキーンという音が鳴った。油を口から吐き出すと同時に牙を力強く打ち鳴らし火花を発生させる。引火した油が火炎のブレスとなって周りを取り囲んでいた狩人たちに襲い来る。明らかに油の量を超える火炎はおそらく火の精霊術による増幅。

 草原が舐めるように焼き尽くされて、濛々とした煙が上がる。


 ブレスを吐いた瞬間、ゲナハドは大きな隙を作る。周囲を火の海にするほどの火炎は恐ろしいが発動のタイミングを理解していれば、一番安全なのは火口のすぐそば、つまりはゲナハドの首の下である。ここで首を落とせれば早いが、技量云々以前に俺の得物では刃が通らない。

 だから渾身の力でゲナハドの横面に剣を叩きつけた。

 巨体がぐらつく。


「いまだ」

「言われるまでもねぇ」


 槍使いもまたゲナハドの性質を理解していたらしい。火炎ブレスを躱した男は石突に近い部分を持った槍を、体を回転させて遠心力を上乗せして刃先をゲナハドの前足に叩きこんだ。

 ぱくりと肉が割ける。

 得物を長く持てばその分力は大きくなる。

 だが、反動もまた然り。強力な一撃でも鱗に弾かれて手を放してしまいそうなところ、そうならなかった男の異常なまでの握力のなせる業なのだろう。男の実力の一端が垣間見えた。


「ぎぃgyががががあぁががぁあらがが」


 ゲナハドの悲鳴が上がる。


「ダベルダギザマラ!!」


 声帯の問題か聞き取り辛いが、ゲナハドが「舐めるな貴様ら」と言ったらしいことは理解できた。足を両断するには至らなかったものの、これで機動力の大部分はそがれただろう。

 うまく連携すれば討伐も可能かもしれない。そんな希望が湧いてくる。


 尻尾を振り回しながら立ち上がったゲナハドの目が怪しく光る。

 次の瞬間、くすぶっていた火が唐突に膨れ上がった。火の精霊術による火炎の増幅。人の世界なら大司教クラスのマナコントロールに、一瞬にして周囲が火の海に包まれる。

 剣を高速で振りぬき、炎を切り裂く。

 それと同時にゲナハドとは比較にならないほどの微力なマナコントロールで周囲の火の威力を弱めた。ゲナハドの鱗は火炎に対する耐性があるのか、火の海の中を足を引きずりながら逃げていく。それがルーデンハイムの街とは違う方向であるのを確認すると、追跡しようとは思わなかった。槍使いは俺とは別の方法で炎から身を守っていたらしいが、他の狩人――遠くから弓を射っていた連中までもが炎に弄られていた。

 彼らの治療が先だろう。

 剣を鞘に納めると治療にあたるため狩人たちへと近づいて行った。

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