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カンちゃんの散歩

 次の目的地が決まったということで私たちは次なる旅の準備を始めた。

 目的地はオルトの生まれ故郷ノーブレン領内にあるタスクという街。まずはイーレンハイツの領都を目指してそこから鉄道で一気にノーブレン領都まで移動するつもりだ。

 それもこれもレシピの売却で得たお金のお蔭である。

 オルトは最後まで私が稼いだお金を使うことに反対していたけども、最終的には納得してくれた。オルトの気持ちもわからないわけではない。

 私だっていままで頑なにオルトからお金を受け取らないようにしていたわけで、やっぱり人のお金って簡単には受け取りにくいものなのだ。

 といっても宿代や食事代は出してもらっていたんだけれども。


 ドレイク討伐が始まればオルトの懐事情も変わってくると思うけど、そろそろということはわかっても明確な日程が決まっているわけではないから待つ理由はないと思う。

 そういうわけで私たちはまずは徒歩で領都に向かうことにしている。

 もちろん馬車という手段もあるけど、鉄道と違って日程が極端に縮まるわけでもないので節約も兼ねて歩くことにした。


 出発前の準備はいろいろとある。

 食料品の買い出しから洗濯、持ち物のメンテナンス。旅をするための荷物を一杯詰め込んだバッグが、街道の途中で破けたり肩ひもが千切れたりなんかしたら一大事だ。だから、そういうことがないように確認をする。

 オルトは剣を砥ぎに出したり、武具のメンテナンスも抜かりなく行う。

 普段は自分で砥いだりしてるけど、たまには専門家に見てもらうことにしているそうだ。防具類はがっちがちの金属鎧じゃなくて軽量で丈夫な革製のインナーみたいなのを付けているけど、命を守る大切なものなので出発前にメンテは欠かせない。


「カンちゃん。来たよー」


 出発の準備を終えた後はカンちゃんのいる厩舎に顔を出した。


「がるぅ」


 私の声を聞いて嬉しそうにカンちゃんが寄ってくると顔をすりすりとしてくる。そんなカンちゃんを撫でながらそろそろ出発することを告げると、さらに嬉しそうに飛び跳ねた。

 つい最近まで野生で生きていたカンちゃんにとってこんなに狭い厩舎で何日もじっとしているというのはかなりの苦痛だったみたいだ。

 ちなみに馬を運ぶこともあるので列車に乗せるのも可能らしい。


「カンちゃんを少し散歩させてもいいかな」

「街の外か?」

「そりゃあね」


 怪我していたこともあるし、毎日様子を見に来ていたけど散歩に連れ出すことは一度もなかった。でも、よく考えたらそのくらいの事はしなきゃいけなかったのだ。

 犬だって毎日散歩の必要があるんだし、ガルーの生態はわからないけども他に預けられている馬と違って馬丁任せで庭の散歩はしてもらえなかったんだから。

 なにしろカンちゃんはいまだに私以外には懐かない。

 こうして毎日顔を出しているけど、オルトにもブラッシングを許してくれない。


「剣を預けてるからあんまり遠くには行くなよ」

「大丈夫よ。街の周りをちょっと歩くだけだから。ね、カンちゃんもお外歩きたいでしょ」

「がるぅう」

「ほらね」

「わかったよ」


 オルトがちょっと心配そうにOKを出してくれたから、厩舎の人に話をしてからカンちゃんを外に連れ出した。ドレイクの討伐ということで狩人もたくさん集まっている時期だけど、ガルー連れは珍しいようで私たちは人目をかなり引いていた。


「いいね。これ」

「何が?」


 オルトはわかっていないようだけど、羨望の眼差しというのは正直気持ちがいい。ガルーを連れるのが狩人にとってステータスというのがよくわかる。厩舎は街の入り口に近いところにあるからすれ違う人々というのはそれほど多くはないけども、それでも狩人からはうらやましそうな目を向けられていた。


「カンちゃんの柔らかそうな毛並みにみんなメロメロだなって」

「確かにはな。ガルー自体珍しいが、こんなに毛艶のいいガルーは見たことないな」

「ふふ、でしょ」

「がるるぅ」


 褒められているのがわかるのか、カンちゃんも嬉しそうに鳴いた。

 門を出て街の外に出ると、草原が柔らかな風に靡いていた。雲はぽつぽつと浮かんでいるくらいで概ね青空が広がっている。

 街道沿いを商材を乗せた馬車が歩き、離れた場所からは訓練中の兵士たちの声が聞こえてくる。街の外壁が見えつつだいぶ距離が出来たところでカンちゃんにゴーサインを出した。


「カンちゃん、走りたかったら走っていいよ。でも、姿が見えないところまで行っちゃだめだからね」

「がるっ!」


 嬉しそうに鳴くとすぐさま走り出した。

 ぴょこぴょことした走り方はいわゆるカンガルーっぽい飛ぶような走り方である。あっという間に豆粒くらいの大きさまでなったガルーが草原を跳ねまわりながらダッシュしている。


「怪我は完治したみたいね」

「アイカのお蔭だろうな」

「動物が持つ治癒力の高さもあると思うけどね」

「かもしれないが、アイカの精霊術によるところは大きいだろ。その力を使えばもっと簡単にお金が稼げるんじゃないのか」

「そうかもしれないけどさ、一般的な力じゃないものを表に出すつもりはないわよ。やり方を説明してもこっちの世界の人には理解できないと思うから教えても使えるかわからないもの。それに、聖光教会と変な軋轢が生まれても嫌だしね」


 私だって正しく原理を理解しているわけではないけども、少なくともいままでの土の精霊術とは根底から異なるのだ。簡単には受け入れられないと思う。それに細胞とか微生物とかそういう目に見えないレベルのものをどこまで理解してもらえるか。

 ”異世界人”だということを隠して説明できる自信もない。

 私がいくら召喚術の犠牲者だとしても、禁忌とされる術に関することである以上、目立つのはよくないと思う。


「そうか」

「そういうこと」

「だが、聖光教会の奇跡は人を選ぶからな。もう少し怪我の治療とかが一般的になればいいなって思ったんだ」

「人を選ぶ?」

「別に貴族しか治療しないってわけじゃないが、治療費が高くて平民では中々手が出ない」

「じゃあ、怪我や病気のときはどうしているの?」

「一般的な病気や怪我は薬師が診る。でも、薬師ができることにも限界があってな、どうしても聖光教会の奇跡に頼らざるを得ないこともある」


 簡単な怪我であれば、化膿止めの軟膏を塗って包帯を巻く、お腹を壊せば胃腸薬を飲んで、頭が痛ければ頭痛薬を服用する。そうした治療は薬師で行えるそうだ。

 でも、オルトみたいに戦うことが仕事じゃなくても大工が高いところから落下して大怪我することだってよくある話だ。ちょっとした骨折ですめば固定して治療が済むけども、例えば指がつぶれたりしたものは薬師ではどうすることもできない。

 大きな裂傷にしてもこの世界には針と糸で傷口を縫うということはしないらしい。

 変に足が曲がってしまったり、傷が深すぎて神経が切れていいれば機能が回復しないこともある。

 そういう場合に聖光教会を頼ることになるそうだ。


「でも、聖光教会で洗礼を受けたら奇跡が使えるんじゃないの?」

「使えるようにはなるが、大したことはできないのが現実さ。軽い切り傷程度なら治せるが、放っておいても問題レベルの傷くらいしか治療できないし、もう少し深くても薬師のところで軟膏を買えば済む」

「そっか、オルトも精霊術は使えるけど焚火を大きくしたり小さくしたりしかできないって言ってたもんね」

「そういうこと。アイカの精霊術もやっていることはすごいが、扱えるマナ量からいえば一般人の域を出てないんだ。そのレベルの術が使えるものならかなりの人間がいると思う」

「その人たちがみんな私と同じ事が出来たら、怪我の治療がもっと一般的にできるってこと」

「ああ」

「まあ、でも私が治したのもカンちゃんの矢傷だけだからね。あれより深い傷だとどうなるかわからないよ」


 カンちゃんに視線を戻せば怪我をして一週間くらいとは思えないほど走り回っているけど、基本的に動物というのは人間と比較すれば痛みに強いし回復も早い。多少、自己治癒力を高めることは出来たと思うけど、怪我をたちどころに塞いで完治させたわけではない。


「かもしれん。だけど、助かる命が増えるかもしれないだろ」


 オルトはどこか遠くを見てそう言った。

 治療が間に合わなかった部下がいたのだろうか。アルバートが起こした事件のときに土の精霊術による治療が一般化していれば、あるいは助けることが出来たとでも言いたいのかもしれない。どの程度の効果があるかは未知数だけど、オルトの言う通り無いよりはマシかもしれないのだ。


「まあ元の世界に戻る前に方法論くらい残していってもいいわよ」

「……ありがとうな」


 嬉しそうな哀しそうなそんな顔を見せるオルトから私は思わず顔を逸らしてしまった。すると、ちょうど猛然とこちらに向かって走ってくるカンちゃんと目が合った。

 どうしたんだろう。

 なにかあったのかな。


「がるっがるるるるぅ」


 慌てた様子のカンちゃんの意思をくみ取って東の空に目を向けると黒いものが近づいてきていた。


「何あれ?」

「ギラールーが来たらしい」

「は?」


 ギラールー?

 え、それって渡り鳥だよね。

 東の空が完全に真っ黒になってるんだけどなんだけど。

 その闇はどんどん色濃くなり空を覆いつくすほど広がっていく。


「キモッ!!」


 空を蠢く鳥の群れ。

 それらは一つの巨大な生物のように空を支配していた。


「あのさ、ゴレイク討伐しない方がいいんじゃない?」


 昼が夜に変わるのを見ながら、私は本心からそう思った。

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