さらなる商談
私たちは日を改めて、ロニトリッセ様と商談をしたレストランを再び訪れていた。
あの後、私たちは早速とばかりにウィッグを購入した。
手持ちがないだけとは言っていたけど、本当にすぐにお金を用意して買いにきた私たちに店主が本気で驚いていた。
オルトを視線で愛撫しつつ、ついでとばかりに黒髪を売らないかと聞かれたり、髪の毛のお手入れ方法を聞かれたけど、お金に余裕の生まれたのでヘッドスパとか土の精霊術の効果を表に出して目立つつもりはなかった。
そうはいってもお金はあるに越したことないのでもう一稼ぎするつもりだ。
せっかく作ったアイオリソースだけど冷蔵庫もないからすぐにでも消費したい。そんなわけで売るのにいいレストランを考えていた。オルトのおすすめのレストランも味は悪くなかったけど、大衆食堂という感じである。どうせならレシピを高く買ってくれそうな高級店を狙いたいと考えたとろこ昨日のお店となったわけだ。
「いらっしゃいま――大変失礼でございますが、当店は現在満席でございまして」
明らかに私たちの恰好を見て、ウエイターが対応を変えてきた。”満席”を理由に来店を断ろうとしたのが面白いけど。
「昨日ロニトリッセ様と商談をしていた時に見た料理がおいしそうだったので寄ってみたんだけど残念ね……」
「!!?」
店員の顔が驚愕に彩られる。
ただの平民に見えていた二人が大貴族のご子息と商談をするほどの人と思わなかったんでしょうね。昨日のことはレストランの人なら知っているだろうし、一変して私たちは上客に格上げされたらしい。
「少々、お待ち頂けないでしょうか。予約の状況を確認してまいります」
「そんな申し訳ないです。無理はしないでくださいね。ああ、でも、良かったら料理人と話をさせていただけないでしょうか。とても面白いソースを手に入れているので、ぜひ味わっていただけないかと」
店の奥へと踵を返す店員を背に、オルトがまたしてもため息を付いた。そんなにため息ばっかりついてると年取るわよ。
「ソースを売りに行こうって言ってたのに、なんで普通に食事しようとしてるんだよ。こんなレストランで食事する金はないぞ」
「小金貨あれば何とかならないかな」
「小金貨使うつもりだったのか……貴族御用達のお店の値段なんか見当つくないが、足りたとしてこの先どうするんだよ」
「いいじゃない。そんときはそんとき。大金も手に入ったことだし、たまには贅沢もいいじゃない」
「たまの贅沢ってレベルじゃないと思うが」
「オルトってほんと堅いよね。おすすめの食堂も美味しかったけどさ、こういうお店もいいじゃない?」
私が東京での生活に期待していたのはまさにこれだもん。
この街は食堂のご飯でもかなりレベルが高かったし、高級レストランなら言わずもがなだよね。田舎では決して味わえない最高の料理におもてなし。
「オルトもデートの時とかはこういうお店を使うことあるでしょ」
「そりゃあ年に一度くらいは奮発するが、ここまでのレストランは庶民には無理だって」
「騎士って儲からないの?」
「危険な分、平民より少しは上だがそれでもたかが知れてるぞ」
「夢のない男ね」
「何だよそれは」
オルトの元カノちゃんがちょっと気になるところだ。予想だけどソフィアとかいう名前じゃないかなと思ってる。二年もアルバートの追跡をしてるってことは、とっくに別れたんだと思うけど美男美女のカップルだったんだろうね。
うらやましいな。
私も彼氏欲しいなぁ。
オルトってやっぱりいい男だよね。街を歩いててちょいちょい女子の視線集めてるのわかるし、レディファーストっていうか紳士的な振舞いが自然とできてる。まあ、一緒に長いこといるから残念属性も見えてきてるけど、それでもいい男には違いない。
日本に戻るつもりだから、こっちで彼氏を作ってもしょうがないんだけどね。
「すみません。お待たせしました。大変申し上げにくいのですが、お昼は予約のお客様でいっぱいでして、よろしければ時間を改めてご来店いただけないかと。本日の夕方などいかがでしょうか。夕方早めの時間帯でしたら、席はご用意できるかと。
それから、当店は貴族の方々のご来店もございますので、帯剣したままというのは……出来ればこのお店に適した格好でお越しいただければと存じます」
武器の携帯を理由に服装にいちゃもん付けられちゃったか。というか、オルトのことを護衛と思わなかったのはなんでだろう。中良さそうにしゃべってたからかな。
まあ、これだけのお店ならドレスコードもあるのもしょうがない。かといってドレスまで新調してたらそれこそ予算オーバーになってしまう。食事ができないのは残念だけど、目的はそもそも別だしね。
「残念だけど、夕方は私たちも予定があるのよね。たまたま空き時間があったから寄ってみたけど、やっぱり難しかったみたいですね。すみません、お手間を取らせてしまって。それで料理人のほうには話を通していただけましたか」
「ええ、それはもちろん。イーレンハイツ公爵のご子息との商談をまとめるほどの商人様の持っているソースに、うちの料理長も興味津々でございます。ただ、いまは忙しい時間ですので昼食の終わる2時ころに改めてお越しいただけないでしょうか」
「では、その時間に。ご丁寧な対応ありがとうございます」
「こちらこそ」
そんなわけで改めてレストランへと戻ってきた私。
オルトは一緒にいると心臓に悪いといってアルバートの情報収集に向かった。私みたいな美女の隣だと心臓がバクバクして破裂しそうって意味じゃないことくらいはわかってる。
もともと護衛を兼ねている部分もあったけど、いまの私は買ったばかりの赤毛のウィッグをつけているから官憲に引っ張られるってこともないと思う。
しばらく時間をつぶした後レストランの人に用件を伝えると、すぐに裏口の方へと案内された。
食材の搬入とかをしている場所みたいだけど、裏口といえどもきれいに整備されているのは流石高級店という感じがする。
「んで、嬢ちゃんが面白いソースを持っていると?」
50代くらいのナイスミドルなおじ様が仁王立ちで待ち構えていた。厨房ではすでに夕食に準備が始まっているらしい。忙しなく動き回る料理人たちに料理長が時々鋭い視線を飛ばしている。
「ええ、魚介料理から野菜まで幅広く使える万能調味料といったところです。ブイヤベースやカルパッチョ、サラダに、揚げ物まで何にでも合います」
「ほう、そいつは大きく出たな」
目がきらりと光る。
私は気圧されないように自信に満ちた仮面を張り付けてカバンの中からアイオリソースを取り出した。彼らに用意してもらったスプーンでまずは毒がないことを証明するために私の方から味見する。それを確認した料理長が私の作ったアイオリソースに手を付ける。
ほとんどわからない程度に料理長の目が大きくなった。
まずはスプーンで直接味を確かめ、次に新鮮な野菜と一緒に味わってみた。料理済みの品がないので、相性を確認できるのはそれくらいだったのだろう。
一流の料理人なら可能性を脳内で構築できるんだと思う。
再びスプーンで直接アイオリソースを口に含むとかなりの長い時間吟味してから口を開いた。
「美味いな。確かにこれは何にでも合うだろう。ニンニク、卵黄、オリーブオイル、塩に胡椒。この酸味は酢ではなくレモンか……。つまりニンニクを効かせたマヨネーズといったところか。マヨネーズが世に出てから十余年、あれは完成されたものだと思っていたが、まさかこういうアレンジがあったとな。悔しいが参考になった。礼を言う。ありがとう」
はい?
え?
ちょ、ちょっと。
なによそれ。
レシピ一瞬でバレちゃった?
「ちょ、ちょっと、待ってよ。私はレシピを売りに来たのよ。このレシピを使うならお金を払ってよ」
「ソースではなくレシピを売りに来たと? つまりこのソースの考案者は君なのか?」
「ええ、そうよ」
「ほう、ただの商人ではないということか。だが、商人を名乗るのならわかっているだろう。貴重な技術なら鍛冶ギルドに登録すべきだということくらい。もっとも、レシピを鍛冶ギルドが登録の対象とするかはいささか疑問だがな。マヨネーズに関しては味を見ただけでは製法がわからなかったが、マヨネーズを前提とすればこのソースの作り方は料理人ならわかるだろう」
マヨネーズもアイオリソースも混ぜれば作れるけども、乳化せるほどひたすら混ぜるというのは知らなきゃ出来ない。マヨネーズという前提があればアイオリソースの作り方もすぐにバレるってことか。
不味った。
一流の料理人の舌を舐めてたわ。
だからってただで引き下がってたまるか。
「そうかもしれないわね。だったら、このレシピをこの町中のレストランにバラまくといったらどうかしら。いずれは真似されるソースかも知れない。でも、いまならこのソースの発祥はこのお店ということになるわ。もちろん、このレストランがイーレンハイツ公爵御用達の有名店というのはわかっているけども、それ以上の名声を得られるんじゃないかしら。
マヨネーズが料理界を席巻したときと同じように。
このソースが料理界を席巻するその時、レストランの名前もマランドン王国中に響き渡ると思うのだけど」
「……いいだろう。オーナーに話を通してやろう」
「そうしてくれるかしら。それと、もしも厨房を使わせてくれるのなら他にも面白いレシピがいくつかあるんだけどどうかしら」
料理長の目が光る。
私の価値に気付いてくれたらしい。
オーナーに話が通った後は、アイオリソースのレシピに対して金額をつけてくれることになった。(他所に売らないことと、発祥をこの店にするということに対する口止めとしての契約をさせられた)
さらにケチャップとオーロラソース(マヨネーズとケチャップを混ぜたものと、そうじゃないベシャメルソースからつくる方の両方を)に、サルサソースも売った。
私の懐が最高にほっくほくになり、宿で成果を聞いたオルトの顎が地面に付くほど開いたのは後の話である。