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上手く行き過ぎた商談

「貴様。ロニトリッセ様に限ってそのようなことがあるはずもないだろう」

「緊張や不安がそんなにいけないことなのでしょうか」


 すました顔で緊張と不安を肯定する。会話に割り込んできたカグフニにちらりと視線と送りつつもロニトリッセに視線を戻した。


「緊張とは気の引きしめのことだと思います。過度な緊張は焦りを生み判断を狂わせますが、程よい緊張はミスをなくすことに繋がります。鬼獣討伐は弛緩した気持ちで望むものではないと思いますので、特段悪いとは思いません」

「ならば不安は?」

「不安の質によると思います。初めてのことを前にすれば、誰しも失敗を恐れるものです」

「だからロニトリッセ様に限って失敗などあり得ぬということがわからんのか。もういい、このものを――」

「カグフニ!」

「しかし……」

「私が彼女に話をすることを認めているのです。悪意があるのならこの部屋に招いた時点で仕掛けているでしょう。わざわざ身動きの取れないテーブルにつくのは愚か者のすることです」

「それはこちらの油断を誘うために」

「……はぁ、カグフニが警戒するのもわからないわけではありませんが仕方ありませんね。それではこうしましょう。アイカといったか、護衛の方に後ろに下がってもらってもよろしいですか。それからアイカの周りに私の騎士を配置しても」

「構いませんよ」


 どれだけ警戒しているんだろうという警護体制だけど、公爵家の跡取りともなればこのくらいは必要なのかもしれない。だったら受け入れる以外にないと思う。

 オルトには私が見えるギリギリまで下がってもらう。そして私の周りを屈強な男たちが取り囲む。

 武器こそ構えていないが、不審な動きを見せれば一瞬で取り押さえられると思う。


「さて、それで私の感じている不安とは」

「ロニトリッセ様の抱える不安は、自身の死を恐れているものではありませんし、公爵様の期待を裏切ることへの不安でもありません。私が思うにロニトリッセ様の指揮する部隊の中から死者が出ることを恐れているのではないでしょうか。

 ロニトリッセ様とお目通りさせていただくのは初めてでございますが、こうしてどこの誰とも知れぬ私と対話をしていただけるほどに、ロニトリッセ様は寛大な心をお持ちです。それは優しさへとつながるものだと思います。その優しい性格ゆえに、配下の者に何かあればと不安を感じていらっしゃるのではないでしょうか。

 戦いの場では何が起きるかわかりません。相手は言葉の通じる人ではなく鬼獣です。ロニトリッセ様の指揮が完璧であったとしても、死傷者が一人も出ないということは不可能ではないでしょうか」

「そうであろう。それは理解している」

「聡明なロニトリッセ様がすべてを理解したうえでこの場にいらっしゃることを疑うことはございません。ですが、それでも誰にも傷ついてほしくないと願うことが悪い事とは思いません。

 今回、私がご用意したものはそんな不安を解消するものです。ご購入いただければロニトリッセ様の部下は決して倒れないことでしょう」

「決して倒れぬか。アイカよ。ずいぶんと強気に出たな。あらゆる攻撃から身を守るアーティファクトと同じ、いやそれ以上の妄言ではないのか」

「かもしれません。ですので、まずは実物をご覧になっていただきたく思います」


 私は用意していたカバンから一体の人形を取り出した。カバンに手を入れた私に周囲の騎士たちが反射的に動くが、出てきたものを見てどうすべきかと迷いを見せた。私の自信作『タオレン君』である。丸っこい独特のボディをしたペットボトルくらいの大きさの人形だ。


「何だこれは……。濃紺の軍服にこの刺繍、もしや我がイーレンハイツの領軍兵を模したつもりか」

「どうです。可愛らしいでしょう」

「可わ……貴殿はイーレンハイツ軍を馬鹿にしているのか」

「いえいえ、違いますとも。ロニトリッセ様、その人形をイーレンハイツ領軍兵そのものと考えてみてください。この人形を倒すことは出来ますか?」

「我が領軍兵と言われると、倒しにくいがたかが人形だろう。人形を倒すことなど造作もない」

「では、どうぞ。お試しくださいませ」


 私の申し出に怪訝そうな顔を見せるもののロニトリッセは、『タオレン君』を小突いてみた。突かれた人形は当然のことながら、テーブルに後ろ向きに倒れ込む。

 が、次の瞬間、振り子のように人形はすっと立ち上がった。


「なに?」

「そんなに驚くことでしょうか。イーレンハイツの領軍兵は倒れることなどないのですから」


 自信満々に微笑むとロニトリッセばかりかカグフニ、周りの従者が驚いているのがわかった。こっちの世界に『起き上がりこぼし』はないのはオルトに確認済みだ。

 ちょっと不細工な下半身になってしまうのは、起き上がりこぼしの特性上仕方がないけどそれなりに可愛らしい感じに仕上げれたとは思う。まあ、デフォルメというものを理解してもらえないと不細工人形のレッテルが取れないんだけど。


「なるほど、確かに我がイーレンハイツ軍が倒れることなどあり得ぬが、あり得ぬが、いや、しかし、これはどういう仕組みなんだ」


 急に12歳の子供らしいキラキラした目つきになったと思うと、幾度となく『タオレン君』を小突きまわして、跳ね返り立ち上がっている様子を楽しんでいる。最終的には人形を手に取って頭を悩ませている。


「んー、この丸みのある下半身なのかな、それともこの妙な重心か――」

「ロニトリッセ様。いかがでございますか。この人形はこれからの戦いに赴く兵たちの象徴にございます。この人形が決して倒れないように、ロニトリッセ様の指揮する部隊は全員が無事であることでしょう」

「ロニトリッセ様?」

「はっ、いや、その、これは、えーと、そうだったな。貴殿はこれを私に売りたいということだったな」


 慌てたように貴族のご子息の仮面をかぶろうとする姿に噴出しそうになるのを堪える。12歳とは思えないとずっと感じていたけど、その実態は公爵家の跡取りとして威厳を保とうと必死だったわけだ。

 だんだんと目の前の美少年が可愛く思えてきた。


「いかがでございましょうか」

「そうだな。この人形に兵士を守る力はないのだろうが、これは中々に面白い。私の不安を取り除いて見せるとは戯言の類と思っていたが、どうしたことか。この人形のおかげで少し気持ちが軽くなった気がするぞ」

「では」

「よかろう。それで、これはいくら払えばよい」

「この人形はロニトリッセ様の不安を解消することが目的であります。その不安の解消にロニトリッセ様ご自身に値段をつけていただければと存じます」

「であれば、私が銅貨1枚といえば銅貨一枚で譲ると」

「もちろんでございます。ですが、私はロニトリッセ様の不安の解消がそれほど無価値だとは思いません。不安の解消はこの先の鬼獣討伐戦の指揮に影響する重大なものと考えらます。ともすれば――」

「よい、皆まで言わずともわかっておる。カグフニ、金子の用意を」

「よ、よろしいのでしょうか」

「構わぬ。それとも私の判断が不服なのか」

「いえ、滅相もございません」


 カグフニが用意した金庫の中からロニトリッセが取り出したのは大金貨一枚。ウィッグを買って余りあるほどの大金に思わず驚いてしまう。けれども、必死にポーカーフェイスを張り付ける。

 価値を吹っ掛けたのは私の方だけど、人形一つで一般人の平均月収の倍を提示されたら逆に不安になってくる。カグフニの顔が引きつっているのが見えた。

 顔が確認できないけど、オルトもきっと顎を外しそうになっているはずだ。


「足りぬか?」

「いいえ、滅相もございません。ロニトリッセ様にお任せすると申したのはこちらの方でございますから」


 カグフニが何か言いたそうにしているが口をつぐんでいた。彼がただの従者なのか、あるいはもっと上の立場なのか、ロニトリッセの判断に本当は口を挟みたいのだろう。しかし、商人の前でそれをすることはロニトリッセの品位を落としかねない。後で怒られるのだとしたらちょっとだけかわいそうになるけども。

 でも、そういう部分も見越して本人と直接取引ができればいいと考えていたのでしょうがないよね。機会があれば謝っておこう。


「では、私たちはこれで失礼いたします。どうかお食事をお楽しみくださいませ」

「そうさせてもらおう。あっちで給仕の者がそわそわとしていたからな」


 言われて背後を見れば、サーブするタイミングがようやく来たのかと安堵している店員の姿が見えた。前菜に運ばれてくるのはどうやら白身魚のカルパッチョらしい。

 ほほう、これは新たなチャンスかもしれない。


「ロニトリッセ様。そちらの前菜にとても良く合うソースを持っているのですが試してみませんか」

「貴様、ロニトリッセ様がお優しいからとつけあがるな商人風情が」

「これは大変失礼いたしました。何度も食事の邪魔をするのは無粋でしたね。では、こちらの厨房に寄らせていただいても構わないでしょうか」

「真っ直ぐ帰れと言ってるんだ。おい、そいつらをつまみ出せ」

「わ、わかりました。帰りますから、腕はつかまないでください」


 護衛の手を払いのけながら出口へ向かうと、ロニトリッセが申し訳なさそうに目礼をしてくれた。貴族らしい威厳ある空気を纏いながらも、案外庶民のことを理解してくれているみたいだ。

 いや、よく考えてみれば彼はまだ子供なのだ。

 『起き上がりこぼし』を不思議そうに見ていた彼が素なのかもしれない。そう考えると子供ながらにそんな仮面を付け無ければならないというのも可愛そうに思えてくる。


「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」


 レストランから出るとオルトが恐ろしく長いため息を付いた。息を吐いている時間でカップメンが出来上がるかと思ったよ。


「カグフニって頭堅そうで、ロニー君がかわいそうだよね」

「どうやったらそんな感想が口に出てくるんだ。それに様をつけろ。カグフニ様だ。だいたいロニー君って誰、いや、わかるから皆まで言うな。聞かれたら不敬罪に問われそうなことを口にするなよ。まだ、兵士がその辺にいるんだからな。だいたい、なんでそんなに不遜な振る舞いができるんだよ。相手は貴族、それも上級貴族のご子息だぞ。公爵家ともなれば国王陛下と等しいと説明しただろ。なんで、あんなに堂々としてられるんだ。公子本人はともかくカグフニ様もたぶん貴族の係累だからな。下手なことを口走れば文字通り首が飛ぶぞ」

「そ、そういうことは先に言いなさいよ。私に貴族の常識はないんだから」

「説明したよな。何度割って入ろうと思ったかわかるか。ただの護衛って役回りだから入るに入れなかったけど」

「まあ、いいじゃない。結果的には目標金額の倍で売れたんだし」

「そういう問題じゃなくてだな……っていうか、あの人形はどういう仕組みなんだ?」

「え、いまそこ聞くの?」

「問いただしたいことは山ほどあるが、とりあえずな」

「あれはつまり――」


 起き上がりこぼしの仕組みを説明しながらレストランを後にするのだった。この世界に来て真っ当にお金を稼いだのは初めてじゃないかな。なんていうと、私が悪人みたいに聞こえるけど、満足感でいっぱいだった。

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