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イーレンハイツのお家事情

「つまり、あの子が今回の鬼獣討伐の指揮を執るってこと」

「おそらくな」


 適当な食堂に入った私たちは新たな魚介料理に舌鼓を打ちながら先ほど遭遇した一団について話をしていた。ちなみにいま食べているのはハマグリの酒蒸しみたいな料理で、めちゃんこ美味い。


「でも子供でしょ」

「貴族は俺たち平民と違って成人にも二種類あるんだ。一つは俺たちと同じく単純に年齢によるものだけど、それとは別に儀式を経て成人扱いとされることもある」

「それが今回は軍の指揮ってこと?」


 バンジージャンプで成人の儀式をするようなどこかの部族とは違うけども、儀式を経て成人になるというのはどこにでもある話なのかもしれない。にしてもハードル高い気がする。


「イーレンハイツ公爵家の昔からの伝統らしい。出てくる鬼獣の出現場所や数はおおよそ決まっているから、幼い跡取りに指揮の経験を積ませるいい機会ってわけだ。めったなことは起きないしな」

「そういうのを『フラグ』っていうんじゃないかしら」

「なんだそれは」

「『戦争から帰ったら結婚するんだ』とかいう兵士は生きて戻れないとか。悪い方のジンクスみたいなものよ。めったなことは起きないっていうと、起きてしまうとかね」

「はは、そういう話は兵士をしていたころに耳にしたっけ。心配はわかるが、今回の件に限っては大丈夫だろ。建前としては跡取りが指揮を執ることになってるが、周りにいた連中がフォローするし。実際、指揮が取れなくても大した相手じゃないっていうのもある」


 銀髪の少年と歩いていた一行を思い出す。周りを固めていた騎士たちもそうだが、彼の周りには歴戦の勇士って感じのベテランらしき人もいた。彼らがサポートするなら確かに問題は起きないのかもしれない。

 会話の合間にハマグリのエキスのスープにパンを浸して食べたり、白ワインに手を伸ばす。うーん、魚介のエキスにはワインがすごく合う。


「そういえば貴族の跡取り息子がなんで街を歩いていたの? ユルイスの街のクズ男爵とかでも馬車使ってたじゃない。貴族って馬車で移動するのが普通だと思ってたけど。公爵家って最上位の貴族でしょ」

「視察のつもりなんだろうな。馬車の小窓から街を見てもいいが、貴族の中には実際に歩きながら街の様子を見ることを好むものもいるからな。庶民の目線に立つとか、そういう理由があるらしいが」

「へぇ。それは好感が持てる話ね」

「まあ、実際には上級貴族が歩いていれば物々しい雰囲気になるから、普段の街の様子を見ることなんかできないけどな。お忍びで街に出る貴族もいるらしいが、今回は目的も含めて滞在していることがわかっているからそうしなかったんだろう」

「そういうことか。それにしても部隊の指揮だもんね。それであの子すごく不安そうだったのかな」

「周りがサポートしてくれるといっても、失敗するわけにはいかないだろうし指揮を執るっていうのは自分が戦うより難しいものがあるからな。それがわかってるんだとしたら大したものだよ」

「どういうこと」

「戦いってのは結局命のやり取りだろ。自分が殺されるかもしれないっていう恐怖は当然ある。指揮官だからって安心はできない。部隊の後ろにいてもいつどんな形で流れ矢が飛んでくるかはわからない。戦場に絶対はないからな。だけど、その時大事なのは自分の命たった一個だろ。でも、部隊を指揮する場合は部下の命全部が自分の肩に乗ってくるんだ。怖くないはずはない。場合によっては自分が死ぬよりも怖いと思うよ」


 オルトは図書館の警備をしていた時にアルバートを取り逃がした話をしてくれた。その時、アルバートに斬られた彼の部下がどうなったのか言及はしてなかったけども、彼の手の中から零れ落ちた命は一つや二つじゃなかったのかもしれない。

 それが彼をここまで復讐に奮い立たせている原動力なのかも。


「それがわかってて不安なのだとしたら、確かに子供とは思えないほど早熟してるわね。でも、そっか。部下の命か。さっき、ジンクスの話をしたけど、兵士や騎士もゲン担ぎみたいなことってするの?」

「やる兵士は多いな。籠手を必ず右手からつけるとか、朝に豚肉を食べるとか、逆に飯を抜くやつもいたな。飢餓状態の方が力が出るとか言って。まあ、だいたいは初めての実践の時のことをトレースしている連中が多いな」

「ちなみにオルトは?」

「っ……俺のことはいいだろ」


 また、例の苦虫を嚙み潰したような顔をした。何かやっていたんだと思うけど、私には話せない過去ってことだろうね。そのうち話せるようになってくれればいいと思う。


「でも、ゲン担ぎっていうのはいいわね」

「何か思いついたのか」

「幸運のお守りを一つね。でも、それを売るためには一つ問題があるんだけど、公爵家の跡取り君に会う方法ってあるのかな」

「厳しいな。公爵家の人間が普通に宿を利用するとは思えない。たぶん、この街を管理している伯爵家に世話になるだろう。仮に街に出てくることがあっても、簡単に近づける状態じゃないのはわかるだろ」

「そうだよね」


 ダメもとで幸運のお守りを作るだけ作ってみるか。最悪、跡取り君に売れなくても兵士たちが買ってくれるかもしれないし、作るのはそれほど難しくはないと思う。


「午後から別行動でもいい?」

「どうするんだ」

「うん、さっきの話だけど、幸運のお守りの調達をしようと思ってね」

「別行動する必要はないだろ。一人で危なくないか? 」

「街中は大丈夫だと思うよ。今日も黒髪のまま歩いてたけど問題なかったし。それに、オルトには情報収集に行ってもらいたいのよ。折角幸運のお守り作っても公爵家の跡取り君と会えなかったら本末転倒だし、会う機会が作れないか探ってみてよ」

「そういうことか。まあ、やるだけやってみるけど」

「それでもいいよ。ありがとうね」


――――――――――――――


 それはこっちのセリフだと、俺は思った。

 昨日の告白以降もアイカの俺に対する態度は何一つ変わりがなかった。本当に気にしていないかのようにあっけらかんとしているのだ。だとしたら、贖罪の気持ちで協力するのはたぶん違うのだろう。

 とりあえずマードにでも会いに行ってみるか。醜態のわびもしなければならないからな。アイカもそのつもりで俺と公子との面会方法を調べてと言ったんだと思う。


 昔派遣されたときと同じなら、いまごろは街の外で訓練をしているころだろうと辺りを付けて街の外へと赴けば、案の定ノーブレンの領軍兵が訓練をしているところだった。

 そこにいたのはノーブレンだけではない、他領の兵たちも距離を置かずに訓練の最中のようである。

 何も考えずにここへ足を運んでしまったが、訓練を邪魔したら悪いなと思った矢先に、マードのほうが俺を見つけて走ってきた。


「隊長。どうしたんですか」

「ああ、いや、昨日はすまなかったな」

「へ、あ、その。別に気にしていませんよ。久しぶりに隊長と飲めて自分も楽しかったですし」

「そうか、そう言ってくれると助かるよ。訓練中に邪魔して悪かったな」

「構いませんよ。わざわざ昨日のことを言うために?」

「いや、それとは別に聞きたいことがあったんだ」

「なんでも聞いてください。ああ、でも、アルバートに関しては自分の方には何の情報も入ってきてませんよ。追跡部隊は公爵様の直轄で動いていますので、メンバーについてはさっぱりです」

「ああ、それはいいんだ。それとは別で、今回の討伐はイーレンハイツ公爵のご子息が指揮をとられるんだろ」

「ええ、そうです。よくご存じですね」

「昨日街を歩いていたら遭遇してな。で、無理を承知で聞きたいんだが、彼に会う方法はないだろうか」

「公爵家のご子息にですか。それはまた……まあ、理由は聞きませんが難しいと思います。逗留先は伯爵様のお屋敷とお聞きしていますが、それ以上のことは」

「だよな」

「ええ、お力になれず申し訳ありません」

「いや、俺の方こそ無理を言って済まなかった。怒られる前に訓練に戻ってくれ」

「はは。大丈夫ですよ」


 マードは戻っていくと、訓練中の新兵に向かって何か喋っている。俺の覚えているマードは頼りない新兵って感じだったが、いまでは後輩に目を配れるほど成長しているのだと思うと感慨深いものがあった。


 思考を切り替えて公爵のご子息との接触について考える。

 昨日、街を歩いていたくらいなので、ご子息は屋敷に閉じこもりきりということはなさそうだ。この街の視察も兼ねているのなら時々は屋敷を出るのだろう。つまり屋敷の前で張っていればどこかに出かけるご子息を見つけることができるかもしれない。もっとも、護衛に阻まれてご子息と面会をするのは難しそうであるのだが。


 アルバートの情報収集をして宿に戻った俺はアイカが無事にいてくれたことを嬉しく思いつつ、彼女の手の中にあるものを見て眉根をよせた。


「なんだそれは」

「ふふふ、決して倒れることのない不屈の兵士『タオレン君』よ」


 自慢げに見せられたそれは、手先の器用なアイカにしては不細工な作りをしていた。イーレンハイツの軍人を模した人形なのだとすぐにわかったが、下半身が丸々していてどう考えても売れる代物には見えなかった。むしろ不敬罪に問われないかと心配になるほどだ。


「あ、それとね。公爵の子と会えそうな場所はこっちで見つけたよ」

「え?」

「なんでも公爵様がこの街に来た時には必ず行くお店があるらしくて、街の人達にも周知の事実なんだって。レストラン側もイーレンハイツ公爵家御用達って宣伝しまくっているらしいから、誰でも知っているんでしょうね」

「そうなのか」


 わざわざマードに会いに行ったのは何だったんだ? いや、あれは謝罪がメインだったから別にいい。アイカの方が俺より情報収集が上手いということなんだろう。ただ、それだけの話だ。

 釈然とはしないが。


「それにいくつか噂話も聞いてきたんだけどさ、あの子お兄さんがいるらしいよ」

「そうなのか。次男だとしたら成人の儀式としてここに派遣されるのも変じゃないかな」

「そこが問題でね。なんでも公爵様の正妻はなかなか子供を授からなくて、第二夫人を娶ったらしいの。で、第二夫人との間にはすぐに子供が生まれたんだけど、しばらくして正妻との間に生まれたのがこの街に来ている次男坊ってことらしい。こういうのって貴族的にどうなんだろうね」

「第二夫人との子でも跡取りの候補にはなるだろうけど、問題は夫人の家柄次第かな。正妻の方が通常は家格は上だろうから、継承権は正妻の子の方が上になる可能性はあるな」

「だよね。しかも、成人の儀式をさせようとしてるってことは世継ぎであると周知するようなものでしょ」

「そうなるだろうな。そんな噂が市井まで流れているって考えると、あんまり関わりたくないな」

「ま、私たちは物を売るだけだし、大丈夫でしょ」


 あっけらかんとしているアイカだが、普通に生きてりゃ貴族と話をする機会もないのが一般的な平民で、すでに二人の貴族と相対したことがあるアイカが、この先関わらずに居られるとは思えなかった。

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