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ウィッグ屋

 今日はウィッグを買いに行こう。

 別に一人でもいいんだけど、指名手配されているため心配性のオルトも一緒についてくる。宿で朝食を食べた後は、厩舎に寄り道してカンちゃんを軽くもふもふしてからウィッグ屋さんを目指した。

 ルーデンハイムは伯爵様の直轄地らしくてレムリアとは別の意味で発展している。街にいる貴族はたった一人というわけじゃなくて、伯爵様が他の貴族を従えて街の運営をしているらしい。

 簡単に言えば伯爵様が市長さんで、他の貴族が市議会議員みたいなものかな。

 さらに上に公爵というのがいるそうなので、県知事もしくは州知事みたいなもののようだ。

 

 話がそれてしまったけど、この街には貴族もいっぱいいるのでウィッグ屋さんもあるということだ。

 元の世界の中世ヨーロッパでもウィッグが流行っていたらしいけど、この世界のご婦人の間でもウィッグは流行っているらしい。

 もちろんおしゃれのためなんだろうけど、薄毛の問題があるんじゃないかと私は睨んでる。

 だって、この世界のヘアケアはちょっと遅れていると思うのだ。


「さっきの人の話だとこの辺だよね」

「アンジーン通りにある宝石店の近くって話だったから……あれじゃないか?」


 立て札に通りの名前が書いてあるので実にわかりやすい。といっても、識字率は低いのでほとんどの人は文字の横にある模様で判断しているらしい。ちなみにアンジーンというのは嘴のとても大きな鳥のことらしい。

 この辺は貴族や富裕層相手の商売が盛んなようで、ショウウインドウを設けているお店が多数あった。ウィッグ屋では、人の頭代わりの丸いオブジェに様々なウィッグがかぶせている。

 お店の前には看板も出ているようだけど、宿屋の看板のようにわかりやすさがなく、簡単に言うと二重丸のような形をしていた。

 ん?

 もしかして、これっていわゆるザビエルハゲを模しているってことなの?

 うわ、かなり攻めてるわ。むしろ攻めすぎでしょ。

 店に入りにくくない? だって、入ったらザビエルハゲと思われるってことだよ。


「言っとくけど、私は禿げてないからね」

「なにを言ってるんだ」

「いや、何となく」


 カランカランカランと、昭和の喫茶店みたいな音を響かせて店内に入ると、そこにはもうたくさんのウィッグが展示されていた。


「あらま!! きれいな黒髪でございますわね」


 揉み手をしながら、すすすっと寄ってきたのは大柄なおば――いや、おじさんか?


「髪の毛を売りにいらっしゃいましたの?」

「いやいや、ウィッグを買いに来たんですけど」

「あらそうなの。残念」


 微妙なラインだが声がちょっと野太い。仕草の一つ一つが大きいし、というか手がデカく、色っぽい目でオルトの全身を舐めるように見ている。

 私としてはウィッグを買いに来ただけだし、店員の性別はどうでもいいけど、ロックオンされたオルトが逃げ腰で私の背後に回り込もうとしている。たじたじになっているオルトは面白いから背中を店員さんに向かって押しながら話しかける。

 

「どれがいいかな」

「ど、どれでもいいんじゃないかな」

「わかってないわね。目的はともかくとして、どうせならおしゃれに着けたいじゃない」

「そういうものか」

「そういうものよ。ってわけでオルトも私に似合いそうなの選んでみてよ」

「俺がか」

「もちろん」


 私とオルトが別々に動き始めると、ウィッグを求めているのは私なのに店員さんはするっとオルトに密着するようについて行く。

 それを横目に見ながら私は棚にあるウィッグを一つ一つ吟味していった。この世界で多数を占めるブロンドから、赤毛、白髪、桃に青に緑とコスプレ用のウィッグ屋かというほどたくさんの種類のウィッグが置いてあった。

 コスプレ用品店とか行ったこといったことないけども。まあ、言うまでもなく島にそんなものあるわけないんだけど。


 置いてあるウィッグは色の違いだけでなくショートカット、ロング、ボブ、ウェーブ、と髪型も様々だ。

 中学生くらいから髪型を結構弄り倒して、最終的にはいまの形に落ち着いたわけだけど、緑とかピンクにしたことはない。っていうか、普通しないよね。島でそんなことをした日には島民会議が開催されかねない。


「これなんかいいんじゃないか」

「あっ、私もそれいいと思ってた」


 オルトが選んだのはウェーブの掛かった赤毛のウィッグ。青や緑に比べたら無難な色のウィッグだし、赤髪なら私の眉にも合うかもしれない。元々、私の眉は薄い方だから真っ黒ってわけじゃない。レムリアで化粧品のお店をのぞいてみたけど、アイブロウは見当たらなかったんだよね。みんな自然な感じで仕上げているっぽい。ただ、チークはあったから、それをアイブロウ代わりにしてもいいかもしれない。


「試着は可能ですか」

「もちろんよ」


 店主はすぐさまマネキンからウィッグを取ると、鏡を用意して私を映し出した。よく考えれば鏡を見るのもこっちに来て初めてのような気がする。ウインドウガラスとい都会に来たって感じがする。


「あっらー、すごくお似合いだわ。黒髪もエキゾチックで素敵だったけども、赤髪もまた情熱的でいいんじゃないかしら。彼氏もそう思わない?」

「あ、いや、俺は彼氏じゃ……」

「あら、そうなの。とてもお似合いだと思ったのに、で・も・お一人様ならお姉さんと仲良くしないかしら?」

「は、いや、それも……」


 鬼獣に対してもキリっとしているオルトがタジタジなのが面白い。するっとオルトの横に立った店主が胸板に指を添わせると、ぞくぞくしたのかオルトが顔を引きつらせている。


「で、オルトはどう思う」

「あ、ああ、悪くないと思う」

「そこは素直に似合うって言ってほしいところだけど、まあいいわ。それでこちらはおいくらかしら」

「他は試してみなくてもいいのかしら。あなたならこの辺りも似合うと思うわ」

「うーん。お姉さんのセンスもいいと思うけど、私はオルトが選んでくれたものの方がいいわ」

「あら、お熱いことで」

「ふふふ」


 店員さんはそんな変なのを勧められてもなっていうのを次々指さしている。いくら私が美人でもミントグリーンは無理だってば。確かにグリーン系やブルー系を取り入れるようなスタイルもあるけどさ、あそこまでドギツイ色は無いでしょ。これが貴族の間で流行っているんだとしたら、貴族のセンスマジで疑うわ。


「いいわ。そちらの赤髪はそうね、小金貨5枚でいかがかしら」

「ごふっ」


 は、なにそれ。思わず吹いてしまったわ。

 小金貨5枚って大銀貨50枚、つまり小銀貨500枚。

 私たちが止まっている宿は一泊小銀貨3枚。

 こんなことなら男爵の隠し財産根こそぎ奪っておくべきだったかも。


「あら、どうしたの?」

「今日はどんな商品があるか見に来ただけで、手元に持ち合わせがなかったの。また改めてお邪魔します」

「あら、それなら黒髪を下取りに出さないかしら」

「ちなみに買取りっていくらくらいになるの」

「今の長さじゃ小金貨1枚が精々ね。伸ばせばまた考えるわ」

「うーん。まあ、そのつもりはないからお金を持ってまた来るわ」

「かしこまりました。その時はぜひ彼氏もご一緒に」

「はは、もちろん――オルト、いくわよ」

「あ、ああ」


 店を出る直前に店主のウインクを受けてオルトが身を震わせた。


「大丈夫?」

「ああいうタイプはちょっと苦手というか」

「そんな感じだったね。そんなことよりどうしようか。小金貨5枚はきついわよね。ああ、片栗粉が売れなかったのが超絶痛いなぁ。どっかにお金儲けのネタは落ちてないものかな。それとも黒髪売っちゃう?」


 冗談めかして言ったけど、流石に髪の毛を売るのはどうかと思う。腰まで伸びるほど長いなら切ってもいいけど、いまの髪の毛で売ろうと思ったら丸坊主になっちゃうものね。それに小金貨1枚じゃ全く足りてない。

 アイオリソースを売るのは確定としてそれだけで小金貨五枚は届かないと思うしもう一つ何かが欲しいところ。

 この街には貴族もたくさんいるし、お金持ちが多いってことは少なくともプラスだよね。


「そういえば、鬼獣の大量発生って言ってたけど、オルトも参加するの?」

「そうだな。リスクのわりに見返りは大きいし、アルバートの情報が集まらない限りは参加しようと思ってるけどいいか」

「ダメっていう理由がないでしょ」

「言っとくけど小金貨五枚は届かないぞ」

「わかってる。わかってるって。そっちは自力でどうにかするから。初めて会った時に言ったでしょ。お金を稼ぐことは私には大した問題じゃないってさ」


 風呂敷広げ過ぎの気もするけど、オルトに頼るのは違う気がするのでお金は何とか自力で稼ぎたい。となると貴族相手のヘッドスパでも本気で考えてみようかな。さっきのウィッグ屋さんなら貴族とも付き合いありそうだし、話を通すことくらいできそうな気がする。まずはさっきの彼女にやってあげれば、その効果はすぐにわかってくれると思うしね。


 考え事をしながら情報を集めるため庶民の集まるエリアの方に戻っていると、物々しい一団が前方から歩いてきた。街の人たちも一斉に端によって道を開けているのだから、相当なお偉いさんなのかもしれない。


 同じように端に寄った私たちの前を一団が通り過ぎる。

 これから戦争に行くのかという全身鎧を身につけた兵が前後を歩き、内側には濃紺の軍服を纏ったサーベルを持った騎士で守られている重要人物が一人。

 それはまだ幼さの残る少年。

 きれいな銀髪を後ろで一つにくくっている彼は、ともすれば少女と見紛うばかりの美しい顔立ちがをしていた。だけど、その整った顔は不安そうな色で陰りを見せていた。

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