酒は飲んでも飲まれるな
はぁ。
オルトってほんと真面目だわ。
私が召喚されたことも自分の責任と思ってたとか、どんだけだよって話だ。私を町まで送ってくれようとした理由はそれでわかったけど、ほんと気にしすぎだよ。どう考えても悪いのはアルバートとあの村の連中なのに。
「確かこの先の店だったと思うんだが……」
辺りをきょろきょろとしながら、目的の店をオルトが探していた。前にノーブレン領の軍人としてルーデンハイムに来た時に行ったことがあるお店だそうだ。
軍務として派遣されるわけだけど、そこまでぎちぎちに仕事に縛られているわけではなく日中はともかく夜は比較的自由に行動が出来たらしい。
「あった、ここだ、ここ」
表通りから三本も裏に入ったところにあるお店で、よくこんなところのお店を見つけたなと感心してしまう。普通に歩いていたら絶対に見つけられない類のお店だ。
中に入ってみればかなり広くテーブル席だけでも20よりも多そうだ。どうやらここはノーブレンの領軍御用達のようで、街に入る前に会ったマードが同僚らしき者たちとテーブルを囲んでいた。
「隊長」
「あ、ああ、お前らも来てたんだな」
街に入る前の一件のことをマードは気にしてないようで、明るい笑顔で私たちに向かって手を振ってきた。それに対するオルトの対応はぎくしゃくとしたものだ。真面目君は頭の切り替えが遅いのだからしょうがないよね。
「オルト、折角だから後で一緒に飲んだら」
「……そうだな。そうさせてもらおうか」
別のテーブルに付いたところでそんな提案をしてみると、意外なことにあっさりと乗ってきた。オルトにも思うところがあるのかな。
「そういえばマードさん以外は全然知らないの?」
「見知った顔はいないかな。領軍っていってもかなりの数がいるから部隊が違えば顔を合わせる機会も少ない。それにルーデンハイムの鬼獣狩りに参加するのは新兵がほとんどだからな」
「そういうもんなの」
「ああ、ここで出てくる鬼獣は研究されつくしているから危険は少なく、実践を積むにはちょうどいいんだ。もちろんマードみたいに分隊長クラスになると新兵ってわけじゃないが、それでも顔見知りはいないみたいだな」
「へぇ、あ、来たみたい」
オルトおすすめのエビのフリッターと魚介の煮込み料理―つまりブイヤベースっぽいものが出てきた。見るからに食欲をそそる彩に、魚介特有の香りが鼻孔をくすぐる。
「いっただきまーす」
こういう時は堅いパンでも問題ない。ブイヤベースのうまみの詰まったソース? 煮汁にパンをヒタヒタに付けて口に放り込む。
「美味っ!!」
パンの中からじゅわっとあふれだす旨味。エビとか貝とか魚のエキスがコレでもかってくらい溶け込んでいて、トマトであっさりと仕上げている。コクがあるのにあっさりしている。これはもう箸が止まらないやつだ。箸はないけど。
「オルト、いい。ここすごくいいよ」
「そっか、喜んでくれて俺もうれしい」
オルトも今日は珍しくワインをボトルで注文しちゃってる。というか、私も頂いております。この世界じゃ成人扱いだからいいよね。郷に入っては郷に従えっていうし、それにこの世界は一年が302日らしいので、日数計算で言えば20歳を超えているわけだ。
まあ、いろいろ言い繕ってみたけど早い話がこの料理にはワインがしっくりくるもの。
「あつっ、うわ、ぷりっぷり。このエビのフリッターもすごくおいしいね。ぷりぷりしたエビに、衣はさくっとふんわりしていて言うことなし。ワインにもすごく合うよね」
「ああ、本当に美味いな」
ぐびぐびとワインが進んでいく。
美味しい料理に舌鼓を打って気がつけば二本目のワインを開けている。
私が東京で求めていたのはこういうことなんだよね。そりゃあ島育ちなわけだから新鮮な魚介類は手に入るよ。
刺身にあら汁も悪くはないけど、たまにはカルパッチョとかアクアパッツァとか食べたいじゃん。自分で作ったりはするけど、やっぱりお店の味には勝てないと思う。というか、本物の味を知らずに真似をしてもどうなんだって話よ。
エビのフリッターにも手を伸ばせば、さくっとふあっとした食感の後にエビのプリがやってくる。仄かな塩味がエビのうまさを最大限に引き立たせるからこれならいくらでも食べられる。
しかし、しかしである。
現状に満足しているようではダメなのだ。
これオーロラソースあったらもっと最高じゃない?
ブイヤベースもこれで完成しているとは思う。だけどアイオリソースがあってもよくない? むしろアイオリソースはフリッターにも使えるよね。
そもそもこの二つっていろんな料理に応用は利くし、マヨネーズほど万人受けするとは言わないけども可能性はあると思う。
「どうした。急に考え込んで」
「ううん。売れそうなレシピのアイデアが浮かんだ」
「作れそうなのか」
「そうね。一つは混ぜるだけでイケるから何とかなるかも」
ニンニクのすりおろしが必要だから、おろし金が追加で必要になるくらいかな。後は手持ちの道具で何とかなりそうだ。オーロラソースは火を使わないと無理だからアイオリソースの持ち込みで感触を確かめてキッチンを借りれたらって方向で行けばいいかな。ケチャップとマヨで作るなんちゃってオーロラソースという手もある。
「なんか嬉しそうだな」
「そうかな?」
「楽しそうな時のアイカは目がキラキラしてる」
ぶふぁあ。
思わずお酒が出そうになったじゃない。
もしかしてオルトってば飲み過ぎた? こんなに正面から目がキラキラしてるとか言われるとマジで照れるんだけど。四六時中一緒にいるから忘れているけど、オルトってばイケメンだからね。
「そ、そう?」
「ただ、男爵とか神父を追い詰めるときも同じ顔してるのはどうかと思うが」
「そ、そんなことないと思うけど」
すみません。
心の底から楽しんでます。
だって、ああいうクズども地獄に落とすのって気持ちいじゃない。
あ、ダメだ。
このままじゃ私はヒロインになれない気がする。
「でも、アイカが楽しそうに笑っていらえるならそれでいいんだ」
「えっと……」
さっきの告白の後にそのセリフを言われると、返答に困るんだけど。まあ、元の世界に帰れないからってウジウジするのは性に合わないし、楽しめるものはなんでも楽しみますよ、私は。っていうか、オルトが若干めんどくさい。
もしかしてお酒飲むとこうなるタイプなのかな。
ご飯の時に多少飲むことはあるけど、っていつの間にワイン3本目に入っていた?
「オルト、ちょっと飲み過ぎたのかな」
「はは、ワインなんてジュースみたいなものだろ」
絶対に違う。
っていうか、オルトが笑ってる。めったに笑わないオルトが笑ってるよ。オルトがこんな笑顔見せるのって初めて会った時以来じゃない。あれもいまにして思えば、私を元気づけようと無理してたんだろうね……ってオルトの顔が真っ赤なんですけど!!
ダメだ。
これは本格的にダメだなヤツだ。
「マ、マードさん、ちょっとヘルプ!!」
「ん? どうしました。隊長の……」
「アイカです。それよりオルトが滅茶苦茶酔ったみたいで」
「おいおい、俺は酔ってないぜ。あれ、なんでマードがここにいるんだ。仕事はどうしたんだ? しかし、お前が分隊長とはなあ……鬼獣を前にプルプル震えていたころが懐かしいなぁ」
「ちょ、ちょっと隊長何言っているんですが。そ、そ、そういう話は……」
助けに呼んだマードさんが古傷を抉られたようで動揺していて使い物になりそうもない。
「よし、マードもたまには一緒に飲むか」
「それは嬉しいのですが、お酒はもう控えた方が……」
「何だと? 上官の命令が聞けないのか!」
「い、いえ! よろこんでご相伴させて頂きます」
あ、ミイラ取りがミイラになった。
オルトがパワハラ上司をやるとは意外だよ。っていうか、これはもう収拾が付かないんじゃないだろうか。
よし、ここは戦略的撤退をすることにしよう。
あとは若い者同士でということで。
「オルト、私は先に部屋に戻るわ。昔の部下と楽しんできてね」
「わかった」
「ちょ、ちょっとアイカさん」
マードの悲鳴が聞こえるけど気にしない。ここは引いたら負けなのだ。
この後どんな修羅場があったのか私は何も知らない。
翌朝、オルトがこの世の終わりみたいな顔をしていたのが面白かった。