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ランチ

 水不足の街ユルイスを出てから野外で食事をするときは私が率先して料理をするようになっていた。オルトの場合は男の手料理というか、ほとんど刻んでぶち込むというような料理と呼ぶのも憚られるような代物だったから。

 そんなわけで私が料理を担当する。


 といっても、屋外で大したことができるわけじゃないので、私がやるのも簡単なものばかりだ。オルトは旅をするときは保存のきく干し肉や干し野菜、固焼きのパンを基本としていたけど実際に一緒に移動を経験してわかったのは、そこまで保存食にこだわらなくていいということだ。


 ユルイスからレムリアも徒歩で三日程度だったし、いまの道程だって四日の予定である。昨日は小さな村に泊まることが出来たように、ユルイスみたいなの辺境でない限り道中に一つも村がなかったり、何日も人と会わないというわけでもないのだ。

 

 オルトが火を熾している間に私は野菜を適当な大きさにカットしていく。玉ねぎとトマト、それからエリンギっぽい茸(エリンギより傘の部分が大きく広がっている)をフライパンの上に落としてバターで軽く炒める。味付けはシンプルに塩に黒コショウ。

 薄くスライスしたパンを石の上で温めたら、さきほど炒めた野菜を乗せる。その時にちぎったチーズも忘れずに挟んだら、さっき炒めるのに使っていたフライパンの底面を押し当てる。フライパンの上には火のついた薪を乗せて少しだけ加熱する。

 しばらくしてフライパンを外してみれば、ちょうどいい焼き色がついていた。


「出来たよ」

「美味そうだな」


 なんちゃってパニーニの出来上がりだ。

 それをナイフで切り分けると、とろりとしたチーズが糸を引いて食欲をかきたてる。


「紅茶入れたから」

「ありがとう」


 オルトの役目ってわけじゃないけど、私が料理をするようになっても火の番をするついでだからとお茶だけはオルトが入れてくれるのだ。いつもの紅茶のつもりで受け取ったコップには、紫の花弁が二枚浮いていた。


「これって?」

「ああ、クレレシアの花を落としてみたんだ。香りがよくなるだろ」

「へぇ、ほんとね」


 いつもの紅茶はそんなに香りは強くないんだけども、クレレシアの花びらを落とした紅茶からは豊潤な香りが漂っていた。普段飲むようなティーバッグの紅茶から、茶器で入れる本格的な紅茶にグレードアップしたような感じがする。

 熱せられることで変化をもたらすのか、花畑から香るものとは別のいい香りだ。 

 紅茶を片手にパニーニを齧る。

 トマトの酸味に、玉ねぎの辛味、茸からあふれるうまみとチーズとバターがマッチしてる。


「このパニーニっていうのも美味いな」

「でしょ。レムリアでチーズとバターを手に入れたのが正解だったわ。オルトってば保存の効くものしか手をださないんだもん」

「道中何があってもいいようにな。それに街の中じゃ食材は使わないだろ。そう考えると、食材が余っても次に回せるし」

「それもわかるけどね」


 だからって、何でもかんでも切りつめたらストレスにチョークスリーパー掛けられるようなものだ。だから出来る範囲での贅沢を止めるつもりはない。もちろん食べ残しも出さないけどね。

 ちゃんと道程と残りの食料の計算はしているし、保存食もあるので日程が延びた場合の対処も万全である。つまり4日くらいの道程なら3日分の新鮮食材を購入しても問題ない。

 これから暑くなってきたら、ちょっと考えなきゃいけないかもしれないけどもいまのところはこれでいいと思う。漫画みたいに時間経過のしないストレージでもあればって思うけど、ほんとにこの世界はファンタジーが不足している。魔法みたいなのはあるけど、獣人もエルフもいないんだもの。

 オルトも美形だけど、エルフにもあってみたいよね。


 ピクニックのようなランチを楽しみながら花畑の方に目を向ける。

 素人っぽい表現だけど、まさに紫の絨毯と呼ぶことがふさわしいような鮮やかなクレレシアの花々が風に撫でられてさわさわと揺れている。

 森の中の清涼な空気と相まって鬼獣のいるような危険な場所にいるという気持ちが薄れていく。

 

「さっき言ってたけど、この辺でクレレシアの群生地があるのって珍しいの」

「そうだな、本来は北の方に咲く花なんだ。でも、ここはどういうわけか周囲に比べて気温が低いみたいだし、それでこんな風になっているんだろうな」


 オルトの故郷であるノーブレン領はこの国の北に位置する地方だと聞いている。さっきはこの花を見て郷愁に駆られたのかもしれない。アルバートを追いかけて二年以上各地を点々としているという話だから、故郷に戻ることもなかったのだと思う。

 少しずつオルトのことも聞いているけども、さっきの顔を見た後ではさすがに突っ込んだことは聞けそうにもなかった。


 街を出るときに使った偽名であるソフィアという名前。

 とっさに出てくるくらいだからきっとオルトとは親しい人だと思う。故郷に残してきた恋人かも知れないけども、優しくて温厚なオルトが殺すとまで口にする相手であるアルバートのことを考えれば仇なのかもしれない。

 そんなことを考えると、ますます迂闊には話題にできなかった。

 

「この花って染料に使えるのかな」

「どうだろうな。俺が知っているのは、紅茶に入れると香りがよくなることと、根が胃腸の薬になるってことくらいだ」

「それもまたすごい知識だね。じゃあ、クレレシアを摘んで街にもっていったら薬の材料として売れるのかな」

「あー、どうだろう。薬師は大体の場合、取引している薬草園はあるだろうし自生している薬草が欲しい場合は万屋ギルドに頼んだり、傭兵を雇って自ら森に入ったりするからな」

「そういうもんなの」

「聞いた話だけどな」

「へぇ」


 これだけの群生地なら結構なお金になりそうなだけに残念だ。レムリアの街ではお金が稼げなかったし、次の街では何としてでもお金を稼ぎたいと思う。だって魚介類が豊富な街だっていうから食べ歩きもしたいしね。

 でも、その前にまずは指名手配されていることへの対処だろう。


「クレレシアの花ってすごく鮮やかな紫色しているから髪染めに使えないかなって思ったんだよね」

「髪染め?」

「いくら人相書がないからって、黒髪黒目は目立つでしょ。だったら、髪の色を変えるだけでも怪しまれずに街に入れると思う」

「そういうことか。しかし、髪染めか。使えるかどうかまではわからんな」

「確かめてみるしかないってことね」

「どうしたらいいんだ」

「私も知らないわよ。でも、これだけ花はあるんだから色々試してみましょう。まずはそうね、もう一度お湯を沸かしてもらってもいいかしら」

「りょうかい」


 オルトが鍋に再び水を入れて火にかけたのを横目に私は広大なクレレシアの花畑に足を踏み入れるのだった。


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