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花畑

 レムリアを出発して二日目。

 最初は追手が来ないかと不安で後ろを時々振り返っていたけど、そんな様子はどこにもなかった。オルトの言う通り日本の警察が他県まで行けないように、こっちの兵士も縄張りっていうのがあるみたいだ。


「でもさ、この先どうする。昨日の小さな村はともかくルーデンハイムって大きな町なんだよね。門番に止められたりしないかな」

「街兵の話だと、人相書きまでは出回ってなかったようだからな。大丈夫だと思うけど、アンダートの村の連中はともかく、あの男爵がどの程度本気で俺たちを追い詰めようと考えているかによるだろうな」

「地の果てまでって感じが怖いんだよね」

「だとしても人相書きまでは用意できないと思うんだ」

「できないってどういうこと? いまはなくてもそのうち描かれるんじゃないの」

「それはないな。人相書きが出回るには俺たちの顔を知っていて、その上絵を描けるものがいなければ話にならない。それも男爵側に協力的なっていう注意書きもつく」

「そっか、会ったのもたった一度きりだし、それほど印象を残しているかはわからないってことね」


 何となく警察が作るモンタージュみたいに目撃者の証言を元に描いていくイメージだったけど、絵を描ける目撃者が必要となると話は全く違ってくる。


「そもそも、アイカみたいな人間は特別なんだよ」

「特別? 絵が上手い人くらいいくらでもいると思うけど」

「なんでそう思う。絵を描く人間は特別な人達だろ。絵描きの家系に生まれるか、貴族が教養としてたしなむ程度の話じゃないのか」

「普通の人は絵を描いたことがないってこと」

「ああ」


 そういうことか。つまり常識が違うのだ。

 この世界の一般人は日常的に文字を書くことがない。そもそも読み書きのレベルも自分の名前と数字を読める程度というのが一般的で、つまり家に紙もなければペンもないのだ。

 ともすれば、必然的に絵を描く機会が生まれない。


 私たちは子供のころからクレヨンを使ったり、絵を描くということに親しんでいる。だから、極端に言えば地面に棒で落書きをすることもあるけども、一般的に絵を見る機会もないこの世界の人達には描こうという気持ちも生まれないのかもしれない。


「やっぱり世界が異なると常識も違うものね。ようやくわかったわ。それなら人相書が出回る心配は本当になさそうね」

「ああ、それでも、警戒はしたほうがいいだろう」

「黒髪って珍しいみたいだからね」


 レムリアはかなりの規模の街だったけども、それでも一人として黒髪を見たことはなかった。元の世界でもラテン系の人など黒髪の人種というものは存在するのに、こちらではかなりのマイノリティらしい。ただ、少数ではあるけども零ではないそうだ。


 どこかで髪の色を染めることのできそうな花でも咲いてないだろうかと周囲を見渡しても、ただひたすらに緑のじゅうたんが広がっていた。

 草原の中の草を幅5メートル程度の感覚できれいに刈り取り、地面を堅く均して作られた街道。雨水で穿たれた穴ぼこが時々顔を出すので、うっかりすると躓いてしまいそうになる。

 レムリアの街で手に入れた革靴は調子よく、以前に比べると足の疲労は大幅に軽減されている。この世界に来た頃よりも少しずつ気温も上がっているのか、歩いているとほんのりとだが汗ばんでくる。

 オルトとの会話も途切れてしばらく歩いていると、ようやく右手のほうに木々の生い茂っている森が見えてきた。街道も緩やかなカーブを描いて、その森の方に向かっており太陽が真上に来そうなころ合いで光を遮るものがあるのが有難かった。


「妙な気配はないけど、警戒は怠らないでくれ」

「ええ」


 草原と違って見通しが悪くなる上に、植物の実りもある森では当然のことながら動物たちが数多く生息している。その動物には鬼獣も含まれるのだ。私はいつでも走り出せるようにと背中のリュックを背負い直した。


 森に入ると少しだけひんやりとした空気が流れてきた。

 周りと比べると湿度も高いのかな、という感じがする。もしかしたら近くに川が流れているのかもしれない。

 それから森を構成する緑たち。

 一口に緑といっても、その色はバリエーション豊かだ。濃い緑から薄い緑まで、葉っぱの形一つとっても多種多様でいろんな木々が生い茂っているようだ。

 シダ植物のような多湿を好むものが足元をにぎわしている。

 時々、枝葉を揺らしたりする音が聞こえてくるけども、それらはきっと小さな虫や鳥、小動物たちが奏でるもので大きな獣の動く気配はどこにもなかった。


「*******」


 しばらく歩いていると、突然髪の毛を引かれているのに気がついて振り返ると私の右肩に乗っていたドンちゃんが何かを訴えていた。

 ドングリみたいな体から伸びた細い手足、それが森の奥を指さしている。


「オルト」

「どうした」

「なんか、ドンちゃんがあっちに何かあるって言ってるみたい」

「……ドンちゃんが?」


 妖精だか精霊だかわからない謎の生き物? のことはオルトにもちゃんと話している。異世界人の私よりも何か心当たりに気がつく可能性もあると思って、多少の意思疎通が出来ることとかの情報は共有していた。でも、ここまでの意思表示をするとは思ってなかったようで怪訝そうな顔をしている。まあ、私も同じくらいびっくりしてるんだけどね。


「何があるかわからないけど、行ってみない? もしかしたら髪を染めるのにちょうどいい花が見つかるかもしれないし」

「それは流石に都合が良すぎるだろ」


 そう言いながらもオルトは私が示したほうへと進み枝葉をナイフで切り裂いて通りやすいように道を作っていく。


「ありがとう」


 ドンちゃんのことは今の今まですっかり忘れていたくらいに存在感が希薄なのだ。肩に乗っていても重さを感じないんだからしょうがない。それが突然髪の毛を引っ張って意思表示をしてきたのだから、きっと何かあるはずだ。

 私たちが教えた方向に進み始めたのを確認したドンちゃんは、いつも通り足をプラプラさせながら定位置に座っている。目鼻のないのぺっとした顔からは少しだけ満足そうな気配が漂ってくる。


「クレレシア……」


 しばらく道なき道を進んでいると、先行するオルトが何かをつぶやくと立ち止まった。何があったのかと慌てて駆け出すと、オルトの視線の先、木々の合間から覗いていたのは一面の紫色の世界だった。

 元の世界で言うならヒヤシンスだろうか。

 砂漠の中のオアシスではないけども、緑の世界に飛び込んできた花畑は息を飲み込むほどの美しさがあった。とはいえ、オルトの反応はちょっと以外だったなと思って振り返ると、


「オル――」


 意識をどこかに飛ばしていたオルトがハッとして顔を逸らした。一瞬見えた横顔はとても哀しそうで、目からは涙が零れていたような気がした。見てはならないものを見たような気がして、視線を逸らすと花畑のほうにもう一歩近づいた。


「で、ドンちゃんはこれのことを教えてくれの」

「……」


 無言で頷くドンちゃんを見て、目的地がここだと確信する。辺り一面の紫色の花。染料の取り方なんか知らないけど、とりあえず叩くか煮詰めるかすればエキスが取れるのかもしれないから、それで髪の毛を染めればいいということだろうか。


「でも、紫か……」


 紫というと、なぜかお婆ちゃんがやってしまう謎のカラーリングじゃないっけ。漫画のキャラなら時々みるし、レムリアでも紫色の髪をした人はいたけども、だからといって、それを自分がやるのかと思うとちょっと抵抗がある。

 いや、だって紫だよ。

 私がいくら美人で何やっても似合うと言っても紫だよ。

 厳しくないですか?


「こんなところでクレレシアの群生地を見られるとはな」

「クレレシアっていうんだ」


 オルトが何事もなかったように私の隣に来て花の名前を教えてくれた。


「折角だし、この辺で昼にするか?」

「たまにはこんな景色のいいところで休憩するのもいいわね。気持ちもリフレッシュできそうだもん。じゃあ、火を熾してもらえる」

「ああ」


 と、私たちは花畑でランチを楽しむことにした。

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