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オルトの過去(3)

新章突入です

引き続きよろしくお願いします

「レン、レン、目を覚まして!!」


 ベッドで眠るノーブレンの騎士の手を取ってソフィは懸命に男の名を呼び続けた。彼の体は包帯でぐるぐる巻きにされていて、その包帯からじわりと血がにじみ出ていた。


「お師匠様、解毒薬はまだなんですか」

「もちっと待っとれ。いま毒の解析は終わったところじゃ、これから薬を調合する」

「お願いします」


 目に涙を浮かべてソフィは白髪の老婆に向かって腰を九十度に折り曲げた。

 一週間ほど前、4尾の妖獣が中央都市近郊の銀鉱山に出たと情報が入り、ノーブレンの領軍の中からレンを含む第六中隊が派遣されることになったのだ。

 その知らせを聞いた時から、ソフィの中では嫌な予感が胸中を騒がせていた。


「そんなに不安そうな顔をするなよ。ノーブレンでも5尾の妖獣を相手にしたこともあるし、今回の中隊を率いるのはアルバート中隊長なんだから万が一も億が一も起こらないさ」


 と、レンは言っていたけども、レンは意識を失ったまま中央都市に舞い戻ってきたのだ。

 ソフィにはどんな状況だったのかわからないけれども、派遣された第6中隊のうち4分の1が遺体となり、さらに4分の1が重傷を負っていた。残りの半分にしても怪我一つないようなものは一人もいなかった。

 それゆえ、手が回らなくなった軍の医療班に手伝いをする形で、ソフィの師匠を筆頭とした民間の薬師が駆り出されていたのだ。


「ほれ、薬ができたぞ。一人当たりこのくらいの量でいい。順番に飲ませてやるんだ」

「はい」


 師匠から受け取った薬をソフィは真っ先にレンの口に運んだ。

 そこに私情を挟んでないと言えば嘘になるが、レンの傷は重症者の中でも酷い方だったのだ。それゆえ治療の優先順位も跳ね上がっていた。

 今回の妖獣の爪には、血の凝結作用を阻害する毒が含まれていたために、ちょっとした傷でも簡単に止まらなくなってしまい大量の血液を吐き出した結果として重症化したものが後を立たなかった。

 レンは最前線で戦っていたのだろう。

 夥しい量の切り傷と血の気の引いた顔色を携えてソフィの元に帰ってきたのだ。


「ゆっくり飲んで。お願い、レン」


 彼女の願いに応えるように、匙を入れられたレンの喉が意識を失ったままコクリと動いた。それを少しずつ繰り返し、薬師に言われた量をレンは飲み終えた。

 

「ごめんね。本当は側にいてあげたいけど、他の人達にも薬を飲ませないといけないの」


 後ろ髪を引かれる思いを引きずりながらもソフィは腰をあげた。只の一般人であれば、ここにいる権利すらなかったのだ。こうして手を握ったり顔を見ることが出来たのはソフィが薬師の弟子という立場があったから。

 だから、その役割を全うすべくソフィは動き出す。

 その背中を虚ろな目が見つめていた。意識があるのかないのか、瞼は半開きで焦点も合っていないのか瞳孔は開いていた。

 だけど、仕事をするソフィを見ているレンの表情はとても穏やかで痛みや苦痛を感じているようには見えなかった。


--------


 「……」


 いい夢なのか、悪い夢なのか、あの時のことはよく覚えている。

 最近は本当に過去のことを夢に見る。

 昼間、久しぶりに彼女の名前を口にしたからだろうか。いきなり過ぎて他に思い浮かぶ名前がなかったとはいえ、彼女の名前でアイカのことを呼ぶことになろうとは思わなかった。ギリギリのところで愛称は使わなかったけども、それでも指名手配される犯罪者の名前として彼女の名前を使う羽目になったのは嫌なものだ。


「オルトって時々、夜中に目を覚ますよね」


 横を見ればアイカが座ってこっちを見ていた。


「起きてたのか」

「まあね」


 無理もないだろう。

 レムリアの街を出て小さな村にたどり着いた俺たちは、空き家を一夜の宿とさせてもらっていた。食事をしたあと、疲れていた俺たちは早々に眠りについたのだ。アイカは上手く眠れなかったのだろう。道中も追手のことをずっと気にしていたようだし不安が大きいのだと思う。


「何か、温かいものでも入れようか」

「ありがとう」

「気にするな」


 立ち上がり裏手の井戸に水を汲みに行く。

 俺たちを追いかけてきたのは街兵で、街の外まで追いかけてくることはないと説明はしたのだけども、それだけで不安は拭いきれなかったのだろう。アイカには言ってないけどもユルイスの街の男爵の出方次第では領兵が動員され、領内での追跡が行われる可能性もある。心配し過ぎということもない。


 汲んできた水の中に火の精霊石を沈めて煮沸させるだけのマナを注ぎ込む。お湯はそれだけですぐに沸くから、その間にコップと茶葉を用意する。安物だけどアイカも美味しいと言ってくれた茶葉だから、飲めば少しは心が落ち着くと思う。


「はい」

「ん、ありがとう」


 受け取ったアイカはお茶を一口すすり、思いつめたような顔でこちらを見てきた。


「少し考えてみたの」

「ああ」


 アイカのように予想外の解決策を提示できるわけでもない。だから、話を聞いて彼女の不安を一緒になって抱えてやるくらいが俺にできることだ。


「土の精霊術が影響を与えているものって土じゃなくて生き物だと思うのよね」

「……は?」


 ナニヲイッテイルノダ?

 土の精霊術?

 なぜ、それがいまここで出てくる? 

 彼女は追手のことで悩んでいたんじゃなかったのか。


「レムリアの宿では結構な水が使えたけど、温かくなってきたとは言っても今の時期に頭から水をかぶると流石に風邪をひくでしょ。だから、髪はあんまり洗えてないし、身体だって十分に洗えているとは思えないのよね。それに、いろいろ工夫しているけど化粧水も乳液もないから肌が乾燥するし、いまの私って肌年齢30歳超えてるんじゃないかと思うの。髪もぱっさぱさで、自慢の天使の輪がどこにもなくなっちゃったのよ」

「えっと? ごめん、何を言ってるのかさっぱりわからん」

「ん。ああ、ごめんね。上手く翻訳されてないのかな。つまりね、肌とか髪の毛とかの細胞が劣化してる気がするの。それで考えたんだけど、土の精霊術って生き物に影響を与えていると思うから、精霊術を使って細胞を活性化させられないかなって思うのよね」

「うん。何を言っているのかさっぱりなんだが、アイカは追手が来るかもしれなくて不安で眠れなかったんじゃないのか」

「……え? いや、そんなことないわよ」


 いや、わかっていた。

 わかっていたとも。

 アイカとはこういう女性だった。

 貴族を相手にも一歩も引かないような胆力をした彼女が、たかが追手の一人や二人の影に怯えるはずもないか。一瞬、アイカもやっぱり普通の女性なんだな。意外とかわいい部分もあるよな。と思ったことは忘れよう。うん、考えたら負けだ。そんな気がする。

 

「で、それがどうかしたのか」

「うん、そういうわけでさ、オルトで実験させてくれない。オルトもずっとこういう生活をしてるんでしょ。遠目に見ればイケメンなのは間違いないけど、近くで見るとやっぱり肌とか荒れてるよね。それが治せるかもしれないわけ」

「土の精霊術で?」

「そうそう。ね、ちょっと掛けてみてもいいでしょ」


 アイカがグイっと一歩近づいてくると俺に向かって両手を突き出した。


「いやいやいや、ちょっと待て」

「大丈夫だから」

「しかし……」


 精霊術を人に向けたところで意味はない。

 それが俺をはじめとするこの世界の人間の常識だ。

 火の精霊術は火に対してのみ影響を与え、水の精霊術は水に対してのみ影響を与える。風も土も同様である。だから、アイカが何をしようとしたところで、その試みが失敗に終わるのは目に見えている。見えているのだが、一抹の不安を抱えてしまうのはなぜだろう。


「よく考えてみろ。ほら、アイカが精霊術を使うと、肩に乗ってる『ドンちゃん』ってのが踊りだしたりするだろ。大丈夫とは思うけど遠慮したい」

「……私ね、不安で眠れそうもないんだ。だけど、オルトが実験に協力してくれたらぐっすり眠れそうな気がする」

「絶対関係ないよな。大体、不安とかないってさっき」

「ああ、もう、一回だけ、一回だけだっても、ほら、痛くしないから」

「嫌だ。断固拒否する」


 アイカのやることに興味がないわけではないけども、何が起こるかわからない実験の対象にされるのだけは遠慮したい。剣士として数多の妖獣をも相手にしてきた俺だが、何となく嫌な予感が渦巻くのだった。

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