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魔術

 突然始まった乱闘騒ぎに、周囲の人間が蜘蛛の子を散らすように離れていった。

 前から一人、それから後ろから二人の男がナイフを持って襲ってきた。オルトは私の片手を引いたまま武器も使わずにいなしていく。

 目まぐるしく動く視界に必死にしがみついているだけの私には何が起きているのかさっぱりわからない。

 

 数秒間の攻防を経たところで、禿頭の男がぐへぇっと声を漏らして地面に転がった。一人が戦線を離脱し、二対一となれば、さらにオルトが圧倒できるのだろうと思ったその時、不気味な気配が背中をぞわぞわと這い上がってきた。

 

 神父はチンピラに襲撃を任せて何もしなかったわけではなく、必殺の一撃を叩きこむためにタイミングを計っていたのだ。

 余りにも馬鹿な行動や言動の所為で失念していたけども、クズは魔神教の神父である。それはつまり魔術を扱う素質もあるということ。


「街中だぞ!!」


 オルトは驚いたような声をあげると、チンピラ二人を押しのけて私を抱え込むように横向きにダイブした。私たちのいた場所、チンピラを巻き添えにする形で闇色のエネルギーが通り過ぎ、背後にあった建物に激突する。

 それはトラックががブレーキもかけずに正面からぶつかったような爆音を響かせて、二階建ての建物の一階部分をえぐり取った。


「……」


 辛うじて二階は崩れずに原型を留めているけども、いつ崩れてきてもおかしくないと思えるほどの惨劇に思わず息をのむ。

 神父は無事でいる私たちを見つけると、忌々しそうに舌打ちを鳴らした。

 民家であろう建物を破壊したことや、あまつさえ自分が雇ったチンピラを巻き添えにしたことなど歯牙にもかけず、目標である私を撃ち漏らしたことだけしか意識に無いらしい。

 そして、失敗したと分かればすぐに次なる魔術を打ち出そうとマナを集め始めた。それに気づいたオルトは私の手を放すと一瞬で神父へと詰め寄り拳を叩きこんだ。

 孤児院での手加減をした拳とは違って、恰幅のいい神父をやすやすと数メートル殴り飛ばす。地面に転がった神父はがっくりと首を落とし意識を失っていた。


「大丈夫か」


 オルトが引き返してきて私の手を取った。


「ありがとう」


 答えた私の声も足も震えていた。

 それに気づいたオルトはそっと私を抱きしめてくれる。初めて会った時、鬼獣から助けられたことを思い出した。

 安心感のある大きな背中に手を回すと震えがおさまってきた。


「悪かった。アイツを止めるには、手を放すしかなかったんだ」

「うん。大丈夫。わかってるから」


 怖くなかったといえばウソになるけど、あまりに一瞬のことで恐怖を感じる時間もなかった。それにいつだってオルトは私を守ってくれたのだ。

 ちょっと手を離されたくらいで絶望するなんてありえない。魔術の発動にどのくらいの時間が掛かるのかわからないけども、少なくともチンピラを囮にするくらいの時間は必要だったのだと思う。

 だから、あの時私をその場に残してでも神父を無力化するために動いたことは正しいことだと思う。チンピラは巻き添えになっていたから、これ以上神父のために動くとは思えないしね。

 私は大丈夫だと見せるためにも、オルトから離れて自分の足で立って見せた。


「ね、もう大丈夫。それよりこれどうしたらいいのかな」


 私たちは被害者だし、逃げる必要はないと思うけどこの世界のことはよくわからない。一蓮托生ということもあり得るかなと思ったのだ。


「そのうち、街兵が来るはずだ。これだけの音を立てているし、騒ぎの前に逃げた住民が知らせていると思う」

「取り調べとかあるの」

「多少はあると思うけど、目撃者もいるし神父が捕まって終わりだろう」


 そうこうしているうちに、街の中で時々見かけていた制服姿の兵士が4人現場に到着した。現場を一瞥した隊長らしき人が部下に指示を出す。転がっている神父やチンピラを補足し、壊れた建物に残された人がいないか確認する。

 倒壊する恐れのある建物に住民が近づかないようにと避難誘導し始めたところまで確認すると隊長は私たちの方へと歩み寄ってきた。


「話を聞かせてもらますか」

「ええと、そうですね……」


 オルトが孤児院の出来事から始まった一連の流れを説明して、逆恨みの犯行であることを街兵へと伝えた。その間に現場の保全のようなものをしていた部下たちは、目撃者の話など持って隊長のもと戻ってくる。


「ふむ。目撃者の証言からも二人は巻き込まれた被害者であることは間違いなさそうですね。それにあそこの民家を破壊したのも魔神教の神父である彼に間違いないようですし、お二人は帰られて結構です。一応、神父が目を覚ました後に改めて質問をするかもしれないのですが、お二人のお住まいはどちらです」

「我々は旅のものでして、メド通り沿いにあるオロギの宿に宿泊しています。明日には街を出るつもりだったのですが、滞在を伸ばしたほうがいいですか」

「いえ、大丈夫でしょう。何かあれば明日の早朝にでも伺いますよ。日の出より先に出発したりはしませんよね」

「ええ。朝食くらいは食べていくつもりですから」

「でしたらそれで結構です」


 それだけで私たちは解放されたので宿へと向かう。


「本当にあっさりしたものね」

「状況は明らかだからな。街中で襲ってきたときはどうしたものかと思ったが、結果的にはそれで助かったのかもな」

「そうね。民家にも誰もいなかったみたいでほんとによかったよ」


 自分の所為ではないけども、私を狙った攻撃の余波で誰かが死んだなんてことになればさすがに罪悪感を覚えてしまう。家が破壊されただけでも住民にとっては堪ったものじゃないと思うけど、けが人も出なかったのは不幸中の幸いだ。


 とはいえ、事情の聴取があんなもので終わりとはびっくりだ。日本の警察ならもっとめんどくさいことになりそうなイメージがある。だって、身分証のない世界とは言え、私たちの名前も聞かれなかったのだ。宿の名前を正しく答えているから大丈夫だけど、嘘を付いていれば見つける手段もないと思う。もしも私たちの方こそ加害者だったらどうするつもりなんだろう。


「いろいろ、吃驚したけど予定通り明日出発でいいんだよね」

「神父があることないこと口にしたところで、目撃者は結構いたみたいだからな。余程のことがない限り、街兵が尋ねてくることはないと思う。買うものも買ったし、予定通りで大丈夫だと思う」

「よかった。別に急いでるわけじゃないけど。こんなことはこれっきりにしてほしいわ。だって神父って一度捕まってたはずなのに出てきたわけでしょ」

「流石に二度目はないと思うが」

 

 本当に勘弁してほしい。

 生贄の街から始まって、私ってなんだかんだでどこの街でも命を狙われていないかしら。水不足の街は男爵の方が追い出されたから何もなかったけど、それがなければ確実に刺客を放たれている気がする。

 こんなにも日頃の行いがいいのにほんと不思議。

 それにこの街じゃ何だかんだで銅貨一枚稼げなかった。

 靴はタダで手に入れれたわけだから、成果がないわけじゃないけどちょっと物足りない。やっぱり片栗粉の無償提供が一番痛かったよ。


 神父の隠し財産の残り半分はどこにあるのかしら。そんなことを考えながらレムリアの街で最後の夜を過ごした。

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