襲撃
あれから二日が経った。
孤児院に毎日顔を出して、畑の様子を見たり、バッグづくりの指導をしたり、子供たちと遊んだり、それからもちろん、靴屋との間を取り持ったりした。対照的にオルトは毎日足しげくく聞き込みを行っていたのだけど、その成果がようやく実を結んだ。
北に4日ほどの位置にあるルーデンハイムという街で目撃情報があったという。情報をくれたのは行商人の男で、レムリアに来る数日前にルーデンハイムの酒場でそれらしき男を見たということだった。
そんなわけで私たちは次の街に移動することを決めたのだ。
実際のところ行商人の情報はあまり有益とは言い難かったけども、この街に来てすでに一週間以上たっていることを思えば、そろそろ違う町での情報を集めてもいい頃合いだったというのもある。
明日、街を出ることを決めた私たちは、つい先ほど孤児院で最後の別れをしてきたところだった。
「はぁあ。さっきのあれは結構くるなー」
「ほんとによかったのか。残ることも出来たと思うぞ」
「……そりゃあね、そういう選択肢があることくらいわかってるわよ。でも、いいの。その辺はすでに答えだしてるから」
子爵には片栗粉の製法と引き換えに、孤児院の経営に私が関わらないことを約束してもらったけど、もしも私が責任者にしてほしいと頭を下げればその願いは叶うと思う。
最後の最後まで私の手を握って放さなかった子供たち。
シスターが何とか諭してくれたけど、「いかないで」と泣いている子供たちに背を向けるのはかなり堪えた。
「そうはいっても、迷ってたんだろ」
「ううん。それはないよ。私の目的は元の世界に帰ることだもん。そこは変わらないわ」
「……そうなのか」
なぜか怪訝そうな顔をするオルトの意図が私にはわからない。
「迷ってるように見えた?」
「いや、一通りバッグの作り方も教え終わっても、俺と聞き込みするわけでもなく子供たちと一緒に過ごしていたからさ。やっぱり子供たちと残るほうに気持ちが傾いているのかなって」
「……ご、ごめん。別にそういうつもりじゃなかったんだけど」
一人一人に話を聞いて回るなんて地味で面倒……なんて思っててすみません。そんなことするより子供と遊んでいる方が楽しかったんでごめんなさい。私って何だかんだでオルトをいいように使ってる感じがあるよね。オルトが何も言わないからって甘えすぎかも。
「次の街では私も聞き込みに参加するわ」
「いや、悪い。責めてるわけじゃないから気にしないでくれ。それに女性に聞き込みをさせるのは何かと問題があるだろうからな」
「問題?」
「女が男を追ってるとかなると、男女のもつれとか妙な勘ぐりをされるとも限らんだろ。そう考えると俺一人の方がいいかもしれない。アイカにはアイカのやり方があると思うし」
あー、女が男を探していたらそういう風に思う人もいるってことか。確かにそれはちょっと遠慮願いたい。情報さえ集まればいいと言えるほどに達観してないからね。下世話な視線を投げられるのは勘弁してほしいところだ。
「でも、少なくとも一緒に聞き込みするわよ。今回はちょっと子供たちが心配だっただけだから。それにほら、畑も変なことになっていないか気になっていたしね」
「そうだな。ラディッシュなんかすでに収穫できるレベルまで成長していたからな」
「ビックリだよね。もともと成長の早い品種だけど、いくらなんでも早すぎ。でも、ちゃんと食べられるみたいだったからほんとよかったよ。子爵様のテコ入れで、どんどんクズ神父の横領は明るみに出たみたいだし、孤児院はちゃんと前に進めそうで安心した」
「それも全部アイカのおかげだな」
「それは言い過ぎだってば」
偶然に偶然が重なっただけだ。
一番の功績は、クズ神父が子爵を孤児院まで引っ張ってきたことに他ならない。アイツが墓穴を掘ったおかげで、子爵が介入することになったのだから。それがなければ、魔神教本部に連絡してもウンタラカンタラ手続きに時間が掛かったと思うし、上手くいく保証もなかったのだ。私たちが街にいる短い期間の中で解決に導けたのは、やっぱりクズ神父の間抜けな策略のお蔭ともいえる。
「アイカ、そのまま後ろを振り返らずに真っ直ぐ進んでくれ」
「どうしたの」
私たちは旅の準備の保存食やら買い出しをして宿に戻る途中で、特に右や左に曲がる予定はなかった。だからわざわざ言われるまでもなく真っ直ぐに進んでいる。
「付けられている。おそらく二人」
「……クズ神父? でも、子爵に捕まってたはずよね」
「人を雇った可能性もあるが、人ごみに気配が紛れて正確にはわからん」
「どうしたらいい?」
「こんな人の多いところで仕掛けてくるとは思えないが、ついてきている以上このまま無事に宿に戻れる保証もない。となると、人気のないところで迎え撃つか。いや、しかし――」
どちらにしろオルトと一緒の時でよかった。
いつも孤児院に行くときはオルトも一緒に行っていたけど、常に一緒だったわけじゃない。靴屋に行ったときも一人で街を歩いていたし、そんな時にこんな風なことになれば無事では済まないと思う。今まで何もなかったからとちょっと油断しすぎかも。だいたい、剣とかあからさまな凶器を持った人が街を普通に歩いているのだから、もっと気を引き締めるべきかもしれない。
「オルトに任せるよ。どうせ、明日には街を出るんだから、無理に叩きのめす必要はないと思う。宿の周りも人通りは多いから、よっぽどのことがない限り大丈夫だと思う」
「そうだな。相手の出方を待つか。とりあえず離れるなよ」
「うん」
オルトが自然な様子で私の手を取った。
普段の優しい印象とは違って、大きく武骨な手だった。それが剣士の手なんだと思うと、それだけでとても安心することができた。
オルトに引かれるようにして人々の間を抜けて、宿へと足を進めていると立ちふさがる様に男が立っていた。道を変えようとオルトが踵を返すと、それを遮るように後ろから付けていた男たちが動く。そしてもう一度前を向くと、そこには最悪の人物がニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。
「逃がさんぞ、貴様ら。私をこんな目に遭わせておいて、無事にこの街から出られると思うな」
「何を人のせいにしようとしてるのよ、ただの自業自得でしょうが」
「貴様さえ現れなければ、貴様さえいなければもうすぐ私は魔神教の司教に成れたのだ。それが貴様の所為ですべて不意になったのだ。どう責任を取ってくれる!!」
「えっと、魔神教ってお金で出世できるものなの? 孤児院のお金を横領してせっせと上の人たちにわいろを贈っていたってこと? え、魔神教ってそんなに腐ってるの? やばくない。 ニーグス派どころじゃないじゃん」
「おおおおおのれーまたしても私をニーグス派のようなものと一緒にするか!!」
「一緒にしてないってば、ニーグス派より悪いって言ってるんだけど? ちゃんと聞いてる?」
「あんまり煽るなよ」
「で、人の往来を邪魔して何がしたいのよ。そもそも、子爵につかまってたはずじゃなかったの」
「貴様の所為で貯えを半分以上失ってしまったわ」
牢屋もお金で抜け出せるんかい!
「落とし前付けてもらうぞ。お前たちやれ!!」
「!!?」
人通りの多いところでは仕掛けてこないだろうという希望的観測は打ち砕かれて神父の雇ったごろつきに指示をする。オルトは私の手を引きぐいっと引き寄せた。
それと同時に周囲を囲っていた三人のチンピラが一斉にナイフを手に襲い掛かってくる。