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片栗粉

 買い出しから戻るとすぐに竈に火を入れ、料理に取り掛かった。

 子爵に提供するのは片栗粉だ。

 片栗粉そのものを見たって製法を導き出すのは難しいと思う。

 それに原材料はどこにでもあるジャガイモでいいんだから、製法を独占して片栗粉を市場にバラまけばかなりの利益を生み出すと思う。

 だからこそ、孤児院で作ってみたのだ。売り先を考えているところだったのに、こんなところでこの手札を切ることになるとは思わなかったけど。


「アイカ、なんか手伝うか?」

「ありがとう。ジャガイモを茹でてくれるとすごく助かるわ」

 

 今回、私は4品ほど作る予定なので、手は多いに越したことはない。そういうわけでいももちの下処理はオルトに任せて、私は唐揚げの仕込みを行う。片栗粉といえば唐揚げだよね。

 それから、とろっとしたあんかけや、わらび餅モドキのデザートも用意するつもりでいる。


 ぶつ切りにした鶏肉に塩と胡椒をまぶして片栗粉を纏わせる。

 それをよーく熱したあぶらに投入してカラッと揚げる。

 オルトに見張りに立ってもらってキッチンには誰も入らないようにしてもらっているけど、匂いにつられて入り口に集まってきているようだ。

 唐揚げを作りながら、あんかけづくりを並行して行う。

 唐揚げに餡を掛けてもいいけど、今回は別にむね肉を買ってきたのでそっちは適当に焼いてみる。餡に使うのは茸と野菜を賽の目に切ったものを使用する。

 どうしても日本人なのでしょうゆベースにしたくなるけど、今回はケチャップをベースに酢を足して甘酢餡を作る。まあ、ケチャップはなかったからトマトを煮込んで作るわけだけど、味見をしてみるとまずまずの出来だと思う。

 なんならこのケチャップも売れそうな気がするけど、いまはそこじゃない。

 そんな風にして料理を完成させてから子爵の待つ食堂へと戻っていた。


 ボロボロの孤児院の古ぼけたテーブルに煌びやかな貴族が腰かけているというのはシュールな光景だと思う。美味しそうなにおいにつられて子供たちも集まってきている。シスターがストッパー代わりに止めているけど、一歩間違えば貴族の食卓に飛び込みそうな勢いだ。


「オルト、子供たちに別の部屋で配ってくれる」

「わかった」


 全員を満足させる量はないけども、味見程度は出来るはずだ。シスターには釘を刺されているけど、さすがに目の前にあるのに食べれないのは拷問でしかないからいいよね。


「お待たせしました」

「初めてみるものばかりだな」

「そうだと思います。まずはこちらの”唐揚げ”から食べてみてください。お熱いのでお気をつけて」


 ショウガをガツンと利かせるのが好きだけど、今回はシンプルに塩コショウメインでショウガは控えめにしている。子爵の前に差し出した唐揚げの乗ったお皿を見て、部下であるメルべが手を伸ばす。

 毒見ということなのだろう。


「では、失礼して」


 唐揚げにフォークを突き刺してメルべが、カリッと気持ちのいい音を立てて一つ口に放り込んだ。さっきまでの子爵の部下としての真面目そうな顔が一瞬で崩れ去った。


「どうなのだ」

「子爵様、これは毒にございます」

「なに?」


 怪訝な顔をする子爵に対して、なぜか二つ目の唐揚げにフォークを突き刺すメルべ。


「ちょっと待て、メルべよ。毒というのならなぜ貴様は二個目に手を伸ばす」

「おお、何ということでしょう。この毒は私におかしな行動をとらせるような効果があるようでございます。子爵様決して手を出してはなりません。これは大変危険でござ――」

「おい、喰わせぬか!!」


 メルべからフォークをひったくり、唐揚げを口に入れる子爵。

 何だこのコントは!!

 さっきまでの子爵と部下のキャラが思いっきり変わっているんですが?


「な、何だこれは。サクっとした食感に、噛むたびにあふれ出てくる肉汁。塩と胡椒の奥に舌先に感じるピリッとしたのは生姜か。なるほど、これはうまいな」


 突然の食レポに戸惑っていると、子爵が二つ目の唐揚げに手を伸ばし、あれよあれよという間に唐揚げのお皿が空っぽになった。それを見てメルべが悔しそうに唇を噛みしめている。

 いや、アンタさっきまでの出来る部下っぽいキリっとした立ち姿はどこに行った。


「もうないのか?」

「ええ、すみませんが、『唐揚げ』はそれで終わりです。なので良かったらこちらの『あんかけ』をご賞味ください」

「ふむ、『あんかけ』とな――」

「だ、旦那様。まずは私目が!!」


 そのまま次のあんかけに手を伸ばそうとした子爵を寸でのところでメルべが止める。ただ、その目を見れば毒見というよりもただの試食がしたくてたまらないというようにしか見えない。

 そして、それを子爵が黙ってみているはずもなく。


「メルべよ。わざわざ毒見などせずともこの者は信用できる。お前は後ろに控えておれ」

「いえいえ、子爵様。そう思わせることこそがこの娘の策略かも知れませぬ。ここはやはり私が毒見をさせていただきます」


 と、一本のフォークの先に刺さった鶏肉の切り身を子爵とメルべが力の限り綱引きをし始める。まあ、孤児たちは別室にいるから大丈夫だろう。こんな姿を見せたら貴族としての威厳とかそういう奴は保てないよね。

 力比べは子爵に軍配が上がり、餡を掛けた鶏肉は彼の口に飲み込まれていった。それを哀愁漂う目で見つめるメルべがなんとも可笑しかった。


「うむ。こちらも中々の美味。淡泊なむね肉に対してトマトと酢の酸味のあるソースが濃厚に絡み合い絶妙な味わいを引き出している。先ほどの『唐揚げ』で口の中にあった油が、こちらの酸味でさっぱりと洗い流された感じがするな。やはり、ソースがいい。とろりとしているせいで肉によく絡むではないか」

「だ、旦那様。私にも是非に」


 もはや毒見とか関係なく食べたいですと、欲望を露わにするメルべをちらりとみると子爵はそのままお皿を一人で平らげてしまった。大人げない男だよ。まったく。


「して、これは?」

「こっちは『いももち』というものでジャガイモをすりつぶしたものに、先ほどの唐揚げやあんかけに使ったものと同じものを混ぜたもので作りました。もっちりとした食感が楽しめますので、ぜひともごしょうみください」

「よし、頂くとしよう」


 毒見は初めから無視して子爵がいももちに手を伸ばす。それを横目にメルべはフォークを使わずに手でいももちをつかむと、子爵よりも先に口に入れた。


「毒見ですからね」


 と、咀嚼音を響かせる姿は滑稽以外の何物でもない。っていうか、メルべさんと子爵ってどういう関係なんだろう。これってどう考えてもただの主従とは思えない。実は幼馴染だったとかそういう裏設定があるんだろうか。どうでもいいけど。


「ふむ、これは中々面白い食感だな。堅くもなく柔らかくもなく。それでいて何度も噛みたくなる弾力が食欲を刺激する。ジャガイモというありふれた食材でありながら、こうすることでまた新たな味わいを生むわけか。ふむ、これにさっきの『あんかけ』を掛けても美味そうだな」


 と、早速アレンジをやってみた。

 まあ、試してないけど美味しいのは間違いないだろう。

 だって、ポテトにケチャップって鉄板の組み合わせじゃん。不味いわけがない。案の定、子爵も満足そうな顔をしてすべてを平らげた。メルべもしれっと三つのいももちを食べてたよ。


「そして最後がこの透明感のある食べ物だな。寒天のようにも見えるが、ちょっと違うだな」

「ええ、それはデザートとして用意した甘味です。はちみつをたっぷり使ってますので、甘すぎるかもしれませんが、ぜひ試してみてください」

「ふむ、甘味とな……」


 寒天はあるんだね。

 だとしたら、これは別に作らなくてもよかったかもしれない。

 だた、食感は別物なので気に入ってくれると思う。


「ほほう。なるほどな。先ほどのいももちとはまた別の食感になるわけか。なんとも面白い食材だな。甘さは少々くどいが、その辺は料理人にでも研究させればいいな。さて、どんなものを使ったのか、そろそろ見せてみろ」

「はい。これにございます」


 というか、ずっとこの食堂に置いていたのでお椀をすっと子爵の前に差し出した。


「この白い粉が」

「はい、こちらは揚げ物の衣として使えば、『唐揚げ』のようにさっくりとした食感を生み出します。さらに水で溶いて火にかけると『あんかけ』のようにとろりとしたソースを仕上げることができるのです。また、混ぜることでいももちのように独特の食感を引き出すことができます。あんかけは水分を飛ばす量が少な目にしたのでとろりとしたソースとなりましたが、もっと長く火にかけると最後のデザートのように固形物へと変化するのです」

「ほう、それは面白いな」

「これはとても身近で安価な食材から作れるのですが、製法を子爵様で買われませんか? 粉を見たところで製法に気付かれることはそうそうありえません。ですので子爵様で製法を独占し市場を席巻することが可能だと思います」

「代わりに孤児院の経営を私の手で行えと、そういうことか」

「はい。正直に申し上げますと、これは不公平な取引だと思っています」

「私にとってという意味ではなさそうだな」

「ええ、この製法がどれだけの利益を生むのか子爵様の頭の中ではすで答えが出ているのではありませんか」

「たしかにな。だが、私としてはお前の価値に気付かされたような気がするぞ」

「ですが、二つに一つです。ここに私を縛り付けるか、莫大な利益を生む『片栗粉』の製法を手に入れるか。ここに私を縛り付けたところで、私は絶対に口を割りませんよ」


 正面から子爵と目を合わせた。

 ここで引くことはできない。そりゃあ、子供たちと毎日楽しく過ごすというのも悪くはないと思う。テッドやみんなと仲良くなれた分、離れるのは正直言ってすごく寂しい。だけど、私は日本に帰りたいのだ。だからその思いを込めて見ていると、やれやれとばかりに子爵は首を左右に振った。


「わかった。孤児院のことは私が何とかしよう」

「ありがとうございます」


 私は深々と頭を下げる。

 ちょっとのやり取りしかしていないけども、子爵は信用できる。そう思うことができた。片栗粉の製法をタダ同然でやるのは惜しいけれども、ここで足踏みするわけにはいかないのだ。

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