クズ神父再び
少し長いです。
孤児院に行くとクズがいた。
しかも、なんか他にも大人が大勢いる。
「――!」
子供の一人が私に気がついたようだけど、素早く口に人差し指を当てて静かにするように仕向けた。状況は全く読めないけども、今は神父に私の存在を気取られない方がいい。
直感がそう告げている。
庭からのぞく食堂には子供たちに囲まれるようにしてシスターが神父と数人の男たちと向かい合う形で立っていた。幸いにも神父と男たちは背中をこちらに向けていたので私に気付く様子はない。
食堂の大きなテーブルには作りかけのバッグや、たくさんの紐に短冊に切り裂かれた古着が乱雑に散らかっているので、作業しているところに神父たちは来たのだろ。
「誰の許可を得てこんなことをしているのだ」
「で、ですが……」
「孤児院の運営は神父である私に裁量が与えられておる。お前のような孤児上り風情が何をしているのかわかっているのか。勝手に畑をつくったり、古着でバッグを作るなど一体誰が許可をしたのだ」
「そ、それはそうですが、神父様にご迷惑をおかけするようなことは何も……」
「何もだと!? お前が勝手な事をすることがすでに迷惑なのだ。私のあずかり知らぬところで勝手なことをされては、私の運営能力に疑いをもたれるではないか。そもそも、お前には何をするにしても私の許可を得るようにと言っておいたはずだ。それなのに……」
いやいや、運営能力に疑いもなにも、アンタにそんなもの欠片もないじゃない。
少ない寄付金を掠め取って、孤児たちがギリギリ生きられるくらいの食べ物しか与えないのが運営だっていうのなら5歳児でもできる。というより、むしろ手を出さない方が運営は上手くいくとしか思えないんですが。
「ゼルエダスよ。貴様はこの娘をしかり飛ばす場面を見せるために私を呼んだのか?」
それまで黙っていた男が不機嫌そうに口を開いた。神父ってゼルエダスなんて名前だったのか。無駄にかっこいいな。
言葉尻から男の方が立場が上のようだ。それに身なりもかなり上等なものというのがよくわかる。装飾は少なくシンプルだけども、服に刻まれた小さな刺繍一つとっても繊細で生地もまた上質のよう、水不足の街で見たクズ男爵よりも貴族らしい男だった。
「い、いえ、子爵様――」
あ、貴族だった。じゃあ、その男の側にいるのは護衛か部下なのか。見たところ武器は携帯してなさそうだし、服装もいたって普通の格好である。彼らの背後にいる私には顔が見えないけども、声からすると子爵は若そうな印象を受けた。
「魔神教に運営を任せていただいているとはいえ、元来この孤児院は子爵様のものです。そこで、勝手なことをしているこの者たちのご報告をとそう思ったのです」
「そんなことのためにわざわざ私に足を運ばせたというのか。報告書の一つでも上げれば済むではないか」
「い、いえ、ただの報告であればそうしたのですが、この者らが行っているのは一種の横領のようなものでございまして、報告書一つでは足りないと考えた次第でございます。それに――」
「横領。この娘がか? それこそ、貴様の運営手腕が足らんということではないのか」
「で、ですが……」
自分で連れてきた子爵に追い詰められて神父が脂汗をにじませている。
っていうか、横領って何よ。
横領してたのはアンタじゃなかったの?
貴族が絡んできて不味いかもって思ったけど、案外そうでもないのかな。っていうか、魔神教の孤児院なのに貴族の物ってどういうことなんだろう。魔神教って貴族とはよくない関係じゃなかったのだろうか。
疑問が湯水のようにあふれてくる。
「た、たしかに、私に至らぬ点があったかもしれませんが、でもよろしいのでしょうか。孤児院へ寄せられた物資はつまるところ子爵様の財産ではありませんか。それを使って商売するなど言語道断だと思うのです。
黙って行えば横領ともいえる行為でございますので、出来れば許可を頂きたいと思いましてこうしてご報告させていただいたのです。
何分、孤児院の経営が逼迫しているものですから、事後報告となりましたが私としましては子爵様にこの者たちの商売を許可していただけないかと考えているのです。
本来なら先に許可を得るべきだったところ大変申し訳ございません。もちろん、売上金の一部は子爵様へ納めさせていただきたいと思いますので、どうかなにとぞ許可いただけないでしょうか」
吃驚した。さっきまでと言ってることが違わないか。
いや、元々そういうつもりだったのかな。余りにクズ過ぎて思考が読めなかったけど、つまりはそういうことか。
シスターと子供たちが作ったバッグは孤児院の運営資金としては微々たるものだったけども確かに売れたのだ。それをどういう経緯かわからないけども耳にしたので、その売り上げをピンハネしたいと考えたのだ。
子爵へ上納すると言いつつ手元に残すつもりなのだろう。
わざわざ子爵に報告をしたのは、シスターがバッグの売上金を使ってしまえないようにするためだ。いくら神父が、売上金は孤児院の予算に回すといったところで、シスターがバッグを売ってすぐに食料やその他孤児院で必要なものを買ってしまえば奪い取ることができない。
だったら、こういう商売をしていますよと、子爵への報告すると同時にシスターに対しても”この事実は子爵も知っている”と知らしめることができる。
クズのことだから一日に何個のバッグを作って、いくらで売ったのかというような報告書すら作るつもりかもしれない。そうなると、バッグを売ったその足で買い物をして使い果たして帰るわけにはいかなくなる。
「バッグの売上とはどの程度のものだ」
「それは……おい、いくらで売れたのかお応えして差し上げろ」
「一つ、小銀貨5枚で買っていただけました」
「そんなものか……まあ、そんなものだろうな。そんなはした金わざわざ納めてもらう必要はない。好きに孤児院のために使えばいい。はぁ、まったくこんなことのために呼び出されるとはな。ゼルエダスよ。ほとほと付き合いきれぬわ。
こんな些末事に付き合わされるくらいならいっそのこと孤児院を手放したほうがいいような気がしてきたぞ。メルべよ。この土地の税金と寄付金はどのくらいになるのだ」
「えっとですね……」
部下はささっと手帳を開くとそこに何かをさらさらと書き記した。あれは万年筆的なものだろうか。インクのいらないペンってあるんだね。メルべが書いたのは出費の額なんだろうけど、子爵はその数字を見て頷いた。
「なるほどな。何の益も生まぬ土地に毎年それだけの出費があるということか。メルべよ。貴様はどう思う。これは手放してしまったほうが良いのではないか」
「ですが、先々代様のころより始めたものですので……」
「それはわかっているが、これほどの無駄金を垂れ流すくらいならエランの街の養蚕の方に資金をつぎ込んだ方がいいのではないか」
「仰る通りでございます」
「し、子爵様? なにとぞお考え直しください。ここを失えば、子供たちが路頭に迷ってしまいます」
男爵のビックリ発言その2だわ。
子供のことなんかこれっぽちも考えてないくせに、子供を盾に取るってある意味尊敬する。男爵の言う通り孤児院が無くなるのは困る。シスターに聞いた話だと、何らかの理由で親を失うと、親が入っていた教会の孤児院に世話になるのが一般的なんだけど、大体の場合一番お金のある精霊教に孤児たちは流れていくらしい。次に聖光教会で、最後の砦が魔神教となる。つまるところ魔神教からあぶれた孤児は行く当てがないということなのだ。
「私が手を引いたからといって孤児院を閉鎖する必要はないだろう。この土地を魔神教で買い取ればいいのではないか」
「し、しかし、我々、魔神教にそれほどの資金は……」
「おかしなことを言う。確かにこの国では信者が少ないが魔神教の本部のある帝国では信徒も多いだろう。魔神教自体に資金がないとは言わせぬぞ」
「それは、そうですが本部がどのように考えるか……」
クズ神父はほんと何のために子爵をここに連れてきたんだろうね。もはや自分の首絞めてるだけじゃない。神父としては子爵に手を引かれるのは不味いんでしょうね。たぶん、子爵からの寄付金も横領してるんだろうし、それが無くなったら今みたいな生活は出来なくなる。
これは無視したままがいいのか、介入したほうがいいのか微妙なところだ。
神父が言うように教会本部が、孤児院の経営を止めようと判断してしまえばテッドたちが路頭に迷うのは目に見えている。子爵を説得する材料があればいいのだけど。
ユルイスの男爵を追い詰めたときや、神父に詰め寄った時は最低限の知識や準備があったのだ。
それに貴族は敵じゃないけども、貴族に対して意見をするのはリスクが高い。私は日本に帰るという目的があるし、不敬罪とか訳の分からん罪で投獄なんてされたら洒落にならない。
「アイカ」
いつの間にか後ろにオルトが立っていた。
「来てたの?」
「昼になったから靴屋に行ったら、孤児院だっていうから」
「そっか」
「どういう状況なんだ」
「孤児院がなくなるかもしれないの。あそこにいる子爵って人が手を引こうとしているみたいで」
「……」
「そんな目で見ないでよ」
「あ、いや、すまん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「相手は子爵なんだよ。貴族に意見なんて簡単にできるわけないじゃない。それに説得する材料もないもの」
「それはそうだな……すまん」
そんな風に謝られるとますます嫌になる。
オルトが何をもって私に期待しているのかわからない。
でも、彼にがっかりするような目で見られると胸が苦しくなる。
私は他人の意見なんか聞くような人間じゃない。そんなのは私が一番わかってる。世の中に理不尽なことがいっぱいあるけど、理不尽と戦わないなんて選択は私の中にはないのだ。
だけど私だって怖いのだ。
日本なら例え政治家に意見したところで逮捕されることなんかないと思う。そりゃあ、何かしらの不利益は被るかもしれないけど殺される心配は微塵もない。
男爵に逆らった時とは違う。
あの時はスケープゴートにされていたし反論するしかなかった。でも、いまは見なかったことにしようと思えば出来るのだ。
私が何もしなかったとしても現状は変わらないかもしれない。
それなのに冒険をする必要がどこにあるというのだ。
私がそんな風に逡巡していると子供たちと目が合ってしまった。
テッド、ネロ、ミーシャ、アイン、フリン、セレヴィア、ポー、エスロン、ビスロ、ハーレン、カダロ、シュルエ、ニートリー、アスロン、ルールー、ホブン、ザッハ、イド、エレム。
そんなに期待するような目で見ないでほしい。
私なんて高校生以上大学生未満のどこにでもいるただの女の子に過ぎないのに。
「オルト、何があっても私のこと助けてくれる」
卑怯な言い方だ。
オルトなら絶対に助けてくれる。それがわかってて私は言っている。
「守るさ。何があってもアイカのことは守る」
ああ、もう。
なんで、オルトはこんな風に即答できるんだろう。
貴族に意見することの意味は私以上に理解しているだろうに。
アルバートの追跡の旅に影響が出るかもしれないのに。
なんで、そんな風に言えるんだろう。
私の何をそんなに信じているんだろう。
子供たちと目が合った事で、神父と子爵が後ろを振り返ってしまった。
神父が忌々しそうに舌打ちし、子爵は私を見て何か考え事をするように視線を斜め上に逸らした。もはや逃げ道はない。
まあ、子供たちと目が合った時点でこうなることは想像ついていた。
だから、私は一歩前に子爵たちの方へと足を伸ばした。