精霊術の成果
シスターや孤児院の子たちにバッグの編み方をレクチャーするために、朝食を取った後は孤児院に向かうことにした。オルトは聞き込みに行くと今日は一人。いや、ドンちゃんがいるので一人とは言えないのだけど。
ドンちゃんっていうのは、私の肩に乗っている土の精霊? の事である。
ドングリみたいだからドンちゃん。まあ、我ながら安易だとは思うけど、他にぴったりな名前が浮かばなかったのだ。
ドンちゃんは、何ていうか基本的に私の肩に座っているんだけど、時々はウロチョロと動いているらしい。といっても、基本的に私から離れることはないみたい。
畑の上での一幕以外では、視えているのも私だけなので実体があるのか不明だけど重さはほとんど感じない。そんなわけで意識していなければドンちゃんがどこにいるのか私もわからなかったりする。
もう一つ分かったことは、ドンちゃんとちょっとだけ意志の疎通ができるのだ。頭に上っていることがあったんだけど、どいてーって言ったら普通に動いてくれた。そのあとも、ちょっと実験してみたら私の言葉を理解しているらしい。
まあ、だからどうしたって話なんだけどね。
っていうか、そもそもドンちゃんが何なのかがわからないし。
そんなことを考えていると、孤児院にたどり着いていた。
「おはよー、遊びに来たよ」
孤児院に入って私が声を掛けると、すごい勢いでテッドが走ってきて私の手を力強く引っ張った。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!! こっちこっち!!」
「ちょっと、どうしたの」
「いいから、早く」
昨日見つけたときはボロボロだったテッドがすごく元気になっていることに驚くと同時に嬉しく思う。テッドに引っ張られるままついて行くと、畑の前に子供たちとシスターが集まっていた。
「どうしたんですか」
「アイカさん、見てくださいよ」
みんなが見つめている畑に目を向ければ小さな芽がにょきにょきと顔を出していた。それも一つ、二つというわけではない。昨日、種を植えたほとんどの場所から新緑の若葉が芽吹いていたのだ。
「え?」
「本当にありがとうございます。すべてアイカさんのお蔭です。土の精霊石も、土の加護持ちでもどうすることもできなかった畑だったのに……本当に本当にありがとうございます。子供たちの口に入るまでには時間はかかると思いますけど、こんな風に育てることができるようになれば、いまよりまともなご飯を食べさせてあげられると思います」
「「「お姉ちゃん、ありがとう」」」
私の手をとってぶんぶんと振りながら、シスターが感謝の言葉を述べ、子供たちも口々にありがとうと口にする。でも、私はその言葉を聞きながら、滅茶苦茶戸惑っていた。
ありえない!!
家庭菜園レベルだけど農業の経験はあるのだ。
苗を使うこともあるけど、種から育てたこともある。
農家さんほどのプロフェッショナルな経験値があるとは微塵も言えないけども、これだけは断言できる。たった一日で種から芽が出るはずがない。すべての植物の発芽期間は知らないけども早すぎる。
それが土の加護持ちの精霊術の効果ということなのだろうか。
芽の出方にバラツキがあるので、元々の発芽速度を一律二倍とか三倍にしたとかそういう話なのかもしれない。だけど、そんなことってあるのかな。
ファンタジーな世界に正面からツッコミを入れてもしょうがないのかもしれないけど、この世界の精霊術ってそこまですごいイメージがないんだよね。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「あ、ああ、ごめんね。ちょっと吃驚してた。まさか、こんなに早く芽が出るとは思わなかったから」
「そうなの」
「う、うぅん」
曖昧に笑ってごまかす。
もしかしたら土の加護について勘違いしているかもしれない。土を元気にすると聞いて、微生物に影響を与えると思ったけど、本当は種にも直接的に働きかけているのかもしれない。
ん?
それはそうか。
微生物に作用するのなら、種に作用しても不思議ではないのか。だって、どっちも生き物である。ということは、もしかしたら人間とか他の生き物に対しても有効ってことか。
「お姉ちゃん?」
「ああ、ごめん。また考え事してたみたいね。うん、畑は順調みたいだから、昨日のバッグづくりの続きをしましょうか。シスターも時間は大丈夫ですか」
「ええ。もちろん。アイカさんがいらっしゃると思ったので、洗濯や片づけは済ませてますから」
「もしかして、急がせちゃったのかな」
「そんなことないですよ。子供たちも楽しみにしていたようで、張り切ってお手伝いしてくれましたから」
そんな風に言われると照れくさくはあるけども嬉しく思う。
「じゃあ、みんな今日はバッグを作るわよ」
「「「はーい」」」
私たちはみんなで作業がしやすいように食堂へと移動する。移動しながら話を聞いてみると、神父はあれから教会にも顔を出していないらしい。なんとなく不気味な感じがするけど、私たちのやっていることに干渉しないのならそれに越したことはない。
「でも、教会に神父がいなくて問題ないんですか」
「礼拝のある休日にはいていただかないと困りますけど、普段はそこまで困ることはありません。元々、神父様は寄付金を集めるために会合に出られたり、外出されていることが多いですから。信徒が来られても大抵のことでしたら私の方で対応できますから」
「そういうものなのね」
それが魔神教の正しい姿かわからないけども、いないほうがいいので良しとしよう。
「お姉ちゃん、こんな感じいいの」
「そうそう、そういう感じで続けてくれる。あと、ここはもう少し……」
昨日と同じように作業を分業化させて効率よく、孤児院のみんなでバッグづくりができるようにシステム化していく。シスターには一連の作業のすべてを覚えてもらうとして、12歳以下の子供達でもバッグが作れるようにするのだ。
子供たちにとっては遊んでいるような気分なのか、やらされている感の子供がいないこともいい。みんなやる気に満ちたキラキラした顔で作業に没頭している。
「後はここに持ち手を付けると完成ですよ」
「はぁー。こうして形になってくると、感慨深いものがありますね」
「でしょ。だから私もモノづくりって好きなんだよね。作り方は大丈夫そうですか」
「はい。基本となる作り方はわかったので、もういくつか作ってみれば一人でも出来そうな気がします」
「よかった。それじゃあ最後の仕上げは、ここをこうして……」
と、シスターに最後の説明をしてバッグを完成させた。
それを胸に抱いて感無量の表情のシスターを見るとこっちまで胸が熱くなる。でも、本当の仕上げはここからだ。
「シスター、これを売りに行きましょう」
「え?」
目を大きくさせてシスターが私の顔と手元のバッグの間を視線で往復する。
「初めて作ったものだからね。記念にこのまま置いておくっていうのもいいかもしれないけど、私がしたいことはさ、孤児院のみんなで少しでもいいからお金を稼いでご飯を食べるってことなんだよね。それがお金に変わると子供たちの喜びも一入だと思うの」
もちろん、いま手元にあるバッグは私が作ったものと子供たちが紐を作ってシスターが編み込んだ二つしかないし、商売と呼ぶには在庫が少な過ぎだと思う。売れない可能性だってあるけども、売れたなら子供たちの励みにもなると思うのだ。
頑張ればおかずが一品増えると分かれば、やる気も出てくるんじゃないかと思う。
テッドを始めとして、ここにいる子供たちは素直で真面目な子ばかりだけど、神父がテッドのことを泥棒を働いたと疑ったのは、そもそも孤児院にそういう子がいたからだと思う。
食べるものに困ればそういう事をしてしまうのは哀しいけれどもどうしようもないことなのだ。だから、そんなことをさせないためにも真っ当にお金を得る方法と喜びを知ってほしいと思う。




