孤児院再生計画(3)
「店の人に育てやすいのを聞いて買ってきたんだけど、これでよかったか」
出来る男オルトが私のうっかりを的確にフォローしてくれる。しかも、細かいところへの気配りも完璧だ。
腐葉土を頼んだけど入れるものがなかったからと、麻袋を買うついでに種も買ってきてくれたそうだ。うん、流石は私のオルトだね。
「ありがとう」
「本当にありがとうございます。何から何まですみません」
「そんなに頭を下げなくても」
「そうですよ。私たちは好きでやってますから。それじゃあ、オルトが買ってきてくれた種をまくわよ」
作った畝に種を等間隔に撒いていく。
芋類、根菜、葉物野菜と列ごとに種類を替えて種を撒き終わったところで、ここからが私の出番である。
「これだけでも、多分育つと思うけどもう一つ手を加えましょうかね」
「何をするんですか?」
「ふっふっふ、何を隠そう私は土の加護持ちなのよ。この畑に私の力のすべてを注いであげるわ」
オルトからマナの使い方は聞いている。
感覚的にわかっているんだけど、洗礼を受けた後に精霊石にマナを注いで水の抽出は実験済みだ。そして加護による精霊術に関しては、イメージをしながらマナを注ぐだけでいいらしい。
オルトは火を操ったけど、大きくしたいと思いながらマナを注げば大きくなるし、弱めたいと思いながらマナを注ぐと小さくなるらしい。
土の加護持ちの場合、土が元気になるようにイメージをすればいいということだけど、私が思うに土の加護持ちが作用するのは土の中の微生物に対してだ。
だから、もっとピンポイントに微生物に対象を絞りながらマナを注ぐことにする。その方がおそらく無駄なくマナを使えるはずだからだ。
私は畑の中央に跪いて、目を閉じ地面に手を触れさせた。
意識を集中させると体の中にあるマナが掌を通して、大地に流れていくのがわかる。流れていく力に明確なイメージを植え付けていく。
オルトが森から取ってきてくれた腐葉土、その中にいるであろう微生物たちが活発に動き出して枯葉や枯れ枝、蟲の死骸を分解してしていく様を。大きく成長することを祈りながら子供たちが畑に撒いた種が周りの養分を命一杯取り込んでいく様を。
私の持つマナが小さな畑に広がっていく。
洗礼の際に感じたように私の中のエネルギーの塊のようなものは黄色い光を持っている。それが流れ込んだ土が仄かに輝いているような感覚が返ってくる。
目を閉じていながらもそれがわかるのだ。
不思議な感覚を覚えながらも力の限りマナを注いでいると、急に周囲が騒がしくなった。
「お姉ちゃん、あれ何?」
「うひょひょうー」
「ふよよよ」
子供のテンションがおかしい!!
そう思って目を開けると、子供たちが謎のダンスを踊ってた。
「は?」
踊っている子供たちの視線の先を見てみると、同じ踊りを踊っているちっこいのがいた。
「何あれ」
オルトを見ると首をぶんぶん振っている。
私の目が可笑しくなっていないなら、畑の中でドングリが踊っていた。
いや、ドングリじゃないよ。
ドングリは踊らないからね。
帽子をかぶったドングリみたいな胴体に、針金みたいな手足を生やした謎の生き物? が踊っているのだ。
子供たちはドングリの踊りを真似しながらノリノリでダンシングしてるけど、この状況がまずもって理解できないんですが。
「えっと、これって何かな。私ってば土の精霊を呼び出したのかな?」
「違うと思うが……」
オルトは肯定も否定もできないという感じで、シスターも目をぱちくりとしている。洗礼を受けた精霊教会にあった像は女神像とでもいうような美しい女性を象ったものだった。あれはただのイメージとかではなく、教会の最高位の精霊術の使い手である枢機卿が精霊の実体化に成功したことがあるらしい。
つまり、私たちの目の前で踊っているちんちくりんな生物とは似ても似つかない。
「じゃあ、何なの」
そう言われても答えようがないのだろう。
オルトは首を傾げるばかり。私が異世界人ということも影響しているのだろうか。土の加護を受けたつもりだったけど本当は違うとか? だって、「貴女には土の加護がある」と司祭が明言したわけじゃないのだ。「そう思うならそうでしょう」と判断をゆだねられていた。
私が感じた大自然と大地のエネルギー。
それだからこそ、土の加護なのだと思ったけど錯覚だったとか。
仮にそうだとしても、このちんちくりんは火・水・風の三つとも一致しない。
「あれー、お姉ちゃん。消えちゃったよ」
「どこ行ったのー」
私が考え込んでいると、ダンスをやめた子供たちが不思議そうに言った。オルトやシスターと視線で言葉を交わしてみるけど、二人ともちんちくりんは認識してないらしい。だけど、私の目にはちんくちりんは健在だった。
ちんちくりんも踊るのはやめたようで、一呼吸するとテトテト私に向かって歩いてきた。地面に手をついていたからか、そこから私の体によじ登ると腕をさかのぼって右肩に到達すると満足したのか足をプランと投げ出して座り込んだ。
いやいやいや、そこ貴方の定位置じゃないですよ。
なんで縁側に座り込んだおじいちゃんみたいな感じで落ち着いちゃってるんですか。
ドングリみたいにのっぺりとしてるのに表情すら見えてくる。湯呑から温かいお茶を飲んだあとみたいに、ぷはぁっと息をはいてるんじゃないわよ。
「えっと、見えてないよね」
「見えてないって……まさか、まだいるのか」
「いるというか、私の肩に座ってますが……」
「まじか」
「うん。これどうしよう」
「……すまん。ちょっとよくわからん。教会に相談してみるか」
「ええぇ。それはいいわ。そんなことしたら、私のこと、聖女様とかいって精霊教にスカウトされるでしょ」
「それはない」
そんなに力強く否定しなくてもいいんだけど。
「ないとは思うんだがな。並外れたマナがあれば、洗礼を受けたときに声をかけられるはずなんだ」
「そういうものなの。ってことは私のマナって普通レベルってこと」
「この畑にあと何回マナを流せる」
「んー、あと一回はイケると思う?」
感覚的なものだけど、それくらいは何となくわかる。そろそろ異世界召喚特典のチート級の何かがあってもいいと思ったけど違ったらしい。
「多い方だと思うけど、特別すごいというほどでもない」
「そっか。じゃあ、ますますこれは意味不明だね。あの、シスター、もし畑に変なこと起きたら言ってくださいね。とりあえず明日もここに来るつもりですけど」
「これだけのことしてくれただけで十分ですよ。何が起きても気にしません」
「そう。まあ、そう言ってくれると嬉しいけど、みんなも今日ここで見たこと人に言っちゃダメだからね」
「えー、何でダメなの」
「お姉ちゃんがここに遊びに来れなくなっちゃうかも知れないよ」
「それは嫌だ」
「じゃあ、さっきのは私たちの秘密だよ」
「「「わかったー」」」
とりあえず今日のところはこれで十分だと思う。
畑は一日二日でどうにかなるものじゃないし、もう日が暮れてきている。経営の厳しい孤児院では夜に明かりを取るのは難しいだろうから、バッグの作り方指導は明日で十分だ。
さてと、折角だし夕食を一緒に取ろうかなと思ったら、シスターに止められてしまった。
「じゃあ、私たちは帰りますね」
「本当にありがとうございます」
「じゃあね、みんな。また明日」
「「「ばいばーい」」」
子供たちに手を振って孤児院を後にする。
私とオルトが食べ物を買ってくることはできるけど、あんまり子供たちに贅沢をさせたくないそうだ。昨日の夜は、テッドが持って帰ったお肉で少しばかり贅沢な夕食になっていたし、今日のお昼も私たちが串焼きを買ってきている。そんなことを毎日続けてしまうと、元の粗食に戻った時が大変だという。
そう言われてしまうと、私たちも引くしかなかった。
旅を続ける私たちがずっと関わり続けるのは無理な話で、出来るからと何でもかんでもしてしまうのは間違いなのだということだ。シスターが止めてくれなかったら独りよがりに施しをしていい気になっていたのかもしれない。
「アイカは本当にすごいな」
「へ? いきなり何言ってるの」
孤児院からの帰り道、唐突にオルトがそんなことを言い始めた。
「俺は困っている人がいたら助けたいとは思う。でも、俺ができることはたかが知れてる。それに引き換え、アイカは根本から替えようとするだろ。ただ、優しいだけじゃないんだ」
「ちょ、ちょっと待って。勝手に私を美化しないでよ。そもそも私は優しくなんかないからね」
「いや俺はわかってる」
「わかってないわよ」
「別に照れることないだろ。いいことしてるんだから堂々としてればいいさ」
「いやいやいや」
耳まで顔が赤くなっているのがわかる。
オルトってば、なんでそんな話を真顔で言えるの?
「違うよ。違うからね。孤児院に手を出してるのは、あれだよ。あの神父がムカついたからっていうのが大前提だけど、孤児院の子たちと仲良くしたらキッチン借りれないかなってそう思っただけだから。ほら、レシピをレストランに売る計画を話したでしょ。でも、宿のキッチンは貸してもらえなかったし、そうなるとどこか別の場所を探さないといけないじゃない。ああいう風にしてあげれば、喜んでキッチンを貸して貰えるかなって。私ってばめちゃめちゃ下心あるんだからね」
「素直になれよ」
止めて!!
真顔で私のこと褒めないで!!
心臓が、心臓が痛い。
あ、日本に帰ってきました。