クズ神父
私のお願いにシスターは「わかりました」と背中を見せて事務所っぽいところへと向かおうとする。しかし、それを神父が許すはずもない。
「待ちなさい。なんでこんな連中の言うことを聞く。そんなものを部外者に見せてはならんだろ」
「それはそうですが、見せて困るものでもないですし」
「いやいや、ダメに決まっている。これだから孤児上がりは――」
「見られて困るものがないなら、別にいいじゃない」
私が挑発するようにいうと、神父はにやりと口元をゆがめた。
「なるほど、そういうことか。私が金庫にお金をいれてないと文句を付けたいのだろうが、昨日は忙しくて入金を済ませておらんかったわ」
「そ、じゃあ、私の寄付金はいまも持っているのよね。見せてもらってもいいかしら」
「なんでそんなことをする必要がある」
「ちょっと、確認したいだけよ。あるんでしょ。まさか使ったわけじゃないよね」
実際には使っているということを私たちは知っている。
魔神教の神父っていうのははっきり言って目立つ。禿だからってわけじゃなく、黒い制服が他に類を見ないからだ。この街は教会もあるし、定着しているんだろうけども魔神教に対する風当たりが強いことは変わらない。それはつまり彼らの動向は筒抜けと思っていいのだ。それを知らぬのは本人ばかり。
昨日の足取りを追いかけるのなんてぶっちゃけ楽勝だった。神父がよく行くお店っていうのは、近所の住民ならみんな知っているのだから。
「昨日の夜はインセブオにいってたらしいわね」
「なぜ、それを? いや、それがどうかしたのか。あの店は昔からよく利用している」
「昨日は奮発してレノグ魚のベリーソース掛けを食べたらしいじゃない」
「そ、それがなんだ。たまに贅沢をしたところで貴様らに責められる覚えはない。ああ、そうか。私がそこで寄付金を使い込んだと言いたいんだな。バカバカしい。ちょっと待ってろ」
そういって、神父が奥に引っ込むと私に向かって小銀貨を叩きつけてきた。
「これで満足か」
「ひーふーみー、確かに枚数は合ってるわね。でも、おかしいわね? これは私がテッドにあげた小銀貨とは違うんだけど」
「は? 何を言ってる」
「いやあ、随分小汚い硬貨だなぁと思って」
「そんなのは当たり前だろう。程度の違いこそあれ、銀貨は使っていれば黒ずむものだ」
でしょうね。
銀の硫化反応だっけ。温泉なんかに入ると一瞬で真っ黒になるから温泉にシルバーアクセは禁物っていうのは常識だよね。硫黄分と結びつくらしいから手汗なんかも黒ずみの原因になる。
「まあ、普通はそうなんだろうけどさ」
と、私は自分の巾着袋を取り出すとその中身をぶちまけた。新品同様とは言わないけども、神父の出した小銀貨とは比較にならないくらいにきれいな小銀貨ばかりである。
「な、なんなのだそれは!!」
「見てわかる通り、私って几帳面だから、銀貨が黒ずまないようにいつも手入れをしているのよね。だからさ、テッドに上げた分も当然、きれいな硬貨だったはずなんだけど、寄付金を使い込んでないなら持っているはずよね。さて、どこに行ったのかしら」
神父の禿頭に脂汗でテラテラしている。
いい感じに狼狽しているね。
ぶっちゃけると、これはブラフだ。昨日の時点で私の巾着袋の中の銀貨は滅茶苦茶汚れていた。それをここに来るまでに磨き上げて一芝居うったに過ぎない。こっちの世界の石鹸に重曹が含まれているらしいことがわかっていたので、重曹そのものを探してみたのだ。そして見つけた。
本当はアルミホイルがあると、もっとピカピカにできるのだけど重曹だけでも多少は銀貨の黒ずみは取ることができる。念のためレモンのクエン酸も足してみた。
「ち、ちがう。これは、いや、そうだ。思い出したぞ。昨日の支払いの時に間違ってその銀貨で支払ってしまったのだ。そうだ。ああ、確かにキラキラした銀貨を使った覚えがある」
「孤児院の運営資金で支払いをしたの」
「そんなわけがなかろう。だが、財布を分けているわけではないからな。つい、うっかり。別に問題はないだろ。こうして寄付された銀貨と同じ額はあるわけだし」
「まあ、そうね。じゃあ、私がテッドに渡したキラキラした銀貨は昨日の支払いで使ったからないと」
「ああ、そうだ。珍しくきれいな硬貨だったからよく覚えている」
「それは不思議な話ね」
「何がだ」
「だって、テッドにあげたのは黒ずんだ銀貨だったのに。磨く前だったからね」
「なっ、なっ、なっ、な!!」
禿頭がゆでだこのように真っ赤になっている。ここまでくればもう一押しか。
「あはははは。キラキラした銀貨なんてなかったはずなのに、あったとかいうし、ぷふっ、あはっ、あはははっ、しかも使ったからありませんって。なによ、それ。私を悶死させたいの」
「くぬぬぬぬぅ。貴様!! 私を愚弄するのか1!」
「人を馬鹿にしてるのは貴方の方でしょうが」
私は準備していた一つの書類を神父に向かって突きつけた。
「な、なぜ、それが、ここに? まさか……」
狼狽した神父は視線を泳がせると最後にシスターのところで目を止めた。そんなものが手に入るとしたらシスターしかないのだ。流石の馬鹿でもようやく自分の置かれた状況に気がついたらしい。
「文字が読めないシスターになら見られても平気だと思ったのかしら。シスターが買い物に行くときにお金を抜いているんでしょ」
「そ、そ、そ、そ、それは……」
思わず後ずさる神父。
子供からお金を巻き上げて殴るようなクズが、悪事をそれしかしていないはずはないと思って調べてみたのだ。シスターを説得して出納帳を見せてもらうと、すぐにおかしなことに気がついた。
私も文字が読めないからオルトに数字と入出金の内容を読み上げてもらった時に、買い物のときに金庫から持ち出されたことになっている金額と、シスターが手にした金額に差異があることがわかったのだ。証拠はないけど寄付金だって寄付された額と、記載内容が一致しているかどうかも怪しいものだ。
抜いている金額は微々たるものだけど、それが正常化するだけでも子供たちの食生活は多少は改善すると思う。
「アンタみたいなクズが神父だっていうから、魔神教が肩身の狭い思いをするんでしょうね」
「だ、黙れ、黙れ!! わたしをニーグス派の連中などとと一緒にするな!!」
「あら、それはごめんなさい。ニーグス派に失礼だったかしら」
「ふ、ふざけ――ぐふぁ」
怒り心頭、叫びながら私につかみかかろうとしたところでオルトの拳が突き刺さった。神父の体は宙を舞い、壁に激突する。
うっわ。痛そう。
オルトもかなり怒りを溜め込んでいたみたいね。
無理もない。
テッドの受けた仕打ちを考えれば、私だって最低でも同じことをしてやりたいと思った。だけど、神父がこの孤児院での最高責任者である以上、殴って終わりってわけにはいかない。クズを改心させれるなんて微塵も思ってないけど、少しでも行動を抑制させるためには、神父の行動が筒抜けであると認識させる必要があった。
悪事はバレるのだとわからせなきゃいけなかった。
「き、貴様、神父である私にこんなことをしてタダで済むと思うなよ」
口から流れる血を拭いながら、負け犬が吼えて孤児院を出ていった。