物乞い
レムリアの街について二日目の朝、私たちは人々の集まる朝市に来ていた。もちろん、アルバートの目撃情報がないかの調査である。朝市には街の人だけでなく、近隣の農村をはじめ各地方から行商人も集まってくるのだ。オルトは人相書きを手に街行く人や露店の売り子、行商人に尋ねまわっている。
「こういう人を見ませんでしたか」
「いや、見てないな。それより兄ちゃん。このリンゴを買わないか? 甘くてうまいぞ。今なら三個で銅貨2枚にしとくぜ」
「いえ、すみません。ありがとうございます」
とまあ、終始こんな調子で聞き込みは全然うまくいっていない。
「ずっと横で見てたけど、聞き込みへたくそだよね」
「えっ?」
すごく驚かれた。
何をそんなに驚くことがあるのだろうかと、逆にビックリする。マジで、どうやって今まで追跡してたんだろう。アンダートの森まで足跡を追えたということは情報を得ていたんだろうけど、類は友を呼ぶ的に親切な人が教えてくれたんだろうか。
「あのさ、今の果物屋のおじさん、人相書きを見てたと思う?」
「……ほとんど見てなかった」
「でしょうね。これだけ人がいっぱいいて、いまは稼ぎ時なんでしょ。そんな時に客でもない人の話なんて聞かないって。聞いてほしいならまずお客にならなきゃ」
「つまり、さっきの場合リンゴを買えと」
「端的に言うとね。もちろん、お金は無駄になるかもしれないけど、少なくとも話を聞いてもらわないと見つかるものも見つからないわよ」
偉そうに言っているけど、私だって聞き込みのスペシャリストではない。でも、物語の中じゃ、情報料を渡したりって定番でしょ。本当は横からさっとお金を出してリンゴを買ってもよかったけど、私って一文無しって設定だし……マジでそろそろ、本当のこと言うか、別に収入を得るかしないと不味いわね。
うーん。やっぱり、靴屋のお兄さんに布草履の編み方を売った方がよかったかな。オーダーメイドと交換じゃ安すぎたのかしら。それともマヨネーズ以外のレシピでも売ってみるかな。ただ、泊ってる宿でキッチン借りれないか聞いたけど、普通にダメだって言われたんだよね。
ラノベのようには上手くはいかないようだ。
朝市にはいろんな野菜に肉、調味料、香料とあらゆるものがそろっている。
異世界特有の見たことのないものも多々あるけど、大半は私の知っているものばかりである。となると、思いつくレシピは五万とあるけど、マヨネーズのように万人受けとなると中々難しい。
そもそも、私がこの世界で食べたことのあるものって極々僅かで、何があって何がないのかがわからない。まずはそこから調査しないとダメかもしれない。
「って、オルト、何してんの!!」
いつの間にかオルトの両手には果物やら野菜やら挙句の果てに生肉まで抱えられていた。
真面目かっ!!
「す、すまん。だが、アイカの言う通りにしてみたら、親身になって話を聞いてくれたから」
「そうだけどさ。それにしても限度があるでしょ。その肉とか野菜はどうするのよ。せめて果物とか、串焼きとかそのまま食べられるものにしなきゃ。それに馬鹿正直に買わなくても、情報料を渡すだけでもよかったんだけど……。いや、うん。私の言い方がわるかったのよね。はぁ、まあいいけどって、全然よくはないんだけど、それで収穫はあったの」
「いや、今のところ目撃情報はないな」
「だよね。そんな簡単に上手くはいかないか」
オルトのカッコいい部分しか見てなかったけど、もしかして残念属性持ってるのかな。真面目なのは大分理解してたけど、ここまでとは予想外だよ。
それにしても、野菜とかはどうしようか。宿でキッチン使えないのはさっきも言った通りだし、ああ、もう、オルトってば何考えてるのよ。野菜は無理すれば生でもイけるけど、肉って。いやマジで肉ってどうするのよ。大切なことだから二度いうけどね。肉はないわ……。
「どうか、お恵みを」
どうしたものかと考えながら歩いていると、みすぼらしい格好をした少年が街行く人に縋りつくように声を掛けていた。10歳くらいだろうか。髪は跳ねまくりでぼさぼさ、服はボロボロで、見えている身体のパーツは骨ばっていて肉があまりついていないようだ。薄汚れているせいか、近寄られるのも迷惑だと街行く人々は距離を取っているものも多い。
「オルト、さっきのリンゴあげてもいい?」
「ああ」
オルトも私が声を掛ける間でもなく少年の方に歩み寄っていた。両手のふさがっている彼の腕の中からリンゴを抜き取って少年の前に出した。
「どうぞ」
「いいんですか」
「もちろん」
「ありがとうございます」
少年は顔をぱぁっと輝かせると、深々と頭を下げてリンゴを宝物のように抱きしめた。
「お腹空いているんだよね。食べていいんだよ」
「その……院に持って帰っちゃダメですか。みんなもお腹空かせてるから」
その言葉に一瞬息が詰まった。
痩せてボロボロでお腹が空いて空いて堪らないだろうに、他人のことを考えているのだ。それも僅か10歳くらいの少年がである。院っていうのは孤児院の事だろう。
私は気がつくと巾着袋から小銀貨を数枚取り出していた。
「こ、こんなに!!」
「孤児院って何人くらいいるの? これで足りる」
「これだけあったらみんなお腹いっぱい食べれると思う、思います。ありがとうございます」
「こんなことしかできないけど、大丈夫? 野菜とか肉も持って帰る? オルト、いいよね」
「ああ。ちょっと待ってろ」
オルトはそういうと、露店に向かって駆け出していった。何しろ今のオルトは食材を両手に抱えているだけなのだ。それを持ちやすいようにするためにちょっと大きめの布を手に入れると、風呂敷のようにして包んであげた。
「これで持てるか」
「はい、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げると少年は人ごみにぶつからないようにしながら雑踏中に消えていった。
「意外だな。あんな風に素直に人に手を差し伸べるなんて」
なんだかとっても失礼なことを言われた気がするんだけど。
「私のことを何だと思っているのよ」
「いや、アイカは優しい人間だとは思うけど、対価を求めているというか……」
「子供にそんなものを求めるはずないでしょ。この間の街の人達は大人じゃない。大人だったら自分の行動に責任を取るべきだと思わない? でも子供に責任はないもの。少なくともあの子が孤児になったのが本人のせいってことはないでしょ」
「たしかに、病気か事故か親を失う子供というのも少なくはない。親戚が裕福であれば、養子という道もあるだろうけど、そう上手くはいかないのほうが多いな」
「ね、そういうことよ。私だってあの子にちょっとお金や食べ物をあげたからって何かが変わるわけでもないってことくらいわかってるのよ。根本を改善できたわけじゃないんだもん。でもさ、私が何もしなかったら、あの子は今日死んでいたかもしれない。明日への命を繋げることが出来たおかげで、もしかしたら明日裕福な大人があの子を養子に迎えてくれるかもしれない。そう考えたら無駄とも思えないんだよね」
「アイカ……」
オルトが目をキラキラさせている。
あ、ごめんなさい。そんな目で見られると、非常に困る。困るのよ。私は善人じゃないんだってば、正直野菜と肉を上手いこと処理できたなって思ってたりするし。全くの下心がなかったとは言えない。いや、ぶっちゃけ下心が大半でした。
「そ、そんなにいいもんじゃないわよ。情けは人の為ならずって私の世界にある言葉なんだけど、誰かに親切にしたら巡り巡って自分に帰ってくるって意味なんだけど。つまり、ここで親切にしたことで、アルバートの情報が集まるかもしれないじゃない。そう、これは私のためにやったのことなの」
「なんでそんなに言い繕おうとするんだよ。悪いことじゃないんだから」
オルトが呆れた顔で苦笑する。
そんな風に言われるとむず痒いのだ。いい事をするとアレルギーで出ちゃう体質なんだからしょうがないじゃない。
「ち、違うわ。これは、そう、精霊のお導きってやつよ」
「……」
やばっ、これは怒ってる!!
くっ、使いどころを間違えたか。教会で聞いて、今度使ってみようって密かに思っていたワードだったのに。オルトってば真面目だからね。もしかして敬虔な信徒なのかな。
「アイカ」
ああ、目が座ってるよ。声のトーンもいつもより低いし。
この目はオルトがソッチ系じゃないかと聞いた時と同じ目だ。
やばい。
「ところで、さっき少年に上げてた銀貨はどこで手に入れたんだ?」
「……」
ば、ばれてた!!
で、でも、孤児を助けるために使ったんだから許してくれるよね。
ね?
なんて希望が通じるはずもなく、私はオルトにこっぴどく絞られるのだった。




