レムリアの街と靴屋
レムリアすごい。
ようやくちゃんとした街に到着したって感じ。
水不足の街はタウンで、こっちはシティってところかな。まあ、適当に言ってるんだけど。街の入り口には街と街を行き来するための馬車の停留所らしきものもあるし、街中を走る馬車もあるらしい。それだけ街が広いということだ。
「びっくりした。こんなに人がいるんだね」
「レムリアは国境も近いし、人の行き来が多いからな」
道幅も広く通りを歩いている人がとにかく多い。通り沿いには買い物客や、商人っぽい人達、それにオルトみたいに武器を携帯した人も歩いている。制服を着てないから兵士じゃないと思うけど、よくわからないのでオルトに聞いてみる。
「ねえ、あの人たちって」
「狩人か傭兵だろうな。狩人っていうのは、鬼獣を狩るのを専門にしている連中のことだ。傭兵はそうだな、行商人の護衛をしている連中を見ただろ。ああいう連中のことさ。まあ、線引きは曖昧なところだな、傭兵といっても護衛の仕事がないときに鬼獣を狩ったりするし逆もある」
「オルトもいまは狩人みたいなものなのよね」
「まあ、鬼獣の角を売って生活しているという意味じゃそうなるな。近いうちに狩人ギルドに顔を出すけどいいか。手持ちの角を売却しておきたい」
「いいわよ。鬼獣の角って狩人ギルドで買取りするの? てっきり国の機関が対応していると思ったんだけど」
「その認識で間違いはないさ。本来、国民を鬼獣から守るのは兵士の役目だから。ただ、兵士の数にだって限りはある。そんな中で出来るのは街を守り、商人や旅人が行き来できるように街道を巡回して被害をなくすことだ。でも、鬼獣の多くは森や人里離れたところに住んでいる。
根本を経つためには森に入る必要があるわけだ。そこに人員を避けない国は苦肉の策として、鬼獣の角を買い取る方策を打ち出した。だから、いまも角の買取りは国の予算が使われているし、役所の一部であることは間違いない」
「でも、ギルドっていうのは組合のことだよね。つまり狩人たちの寄り合いっていうか」
「元来の意味からするとそうなんだろうけど、狩人ギルドの場合は鬼獣対策課と言ったほうが正しくて、役所の出張所なんだ。狩人っていうのは一癖も二癖もある連中が多くてな。武器を携帯しているし普通の役所の中で業務を行うには無理が出てきたんだ。それで建物を別にするようにしたところ、いつの間に飲食ができるスペースができるようになって完全に狩人のたまり場になってしまったんだ。それで便宜上狩人ギルドって呼ばれている。まあ、危険な妖獣の情報やら、鬼獣の発生場所とか狩人同士の情報交換の場にもなってるから悪いことばかりじゃないんだけどな」
「そういうことね。ほかのギルドっていうのはどんなのがあるの」
「さっきも言った傭兵の集まる傭兵ギルドに商人ギルドや鍛冶ギルド、万屋ギルドっていうのもあるな」
「万屋?」
「いろんな仕事を紹介してくれるところさ。下水の掃除、街の清掃、街灯の点灯に消灯、手紙の配達、個人からの依頼とか誰にでもできる簡単な仕事からある程度技術の必要な職まで常雇用の道まで様々ある。例えばお屋敷での小間使いの募集なんてのも万屋ギルドを通して斡旋してくれる」
異世界にもハローワークはあったみたい。水不足の街は流石に規模が小さすぎたけども、あの街の人たちだってここまで来れたら生活する術はあったのかもしれない。それでもやっぱり護衛もなしに街道を抜けるのは厳しいんだろうけどね。実際私たちだって鬼獣に数度は遭遇しているから。
「誰でも仕事が貰えるの」
「じゃなきゃアイカを大きな町まで連れてくなんて言えないだろ。最初から常雇用は無理だから日雇いで信頼を得つつって感じになる。最初は苦労はするだろうけど、毎日の糧を得るくらいなら何とかなると思ったんだ」
「そっか。そこまで考えてくれてたのね」
もちろん、定住する気はないけどもいざとなれば本当にどうにかできるのかもしれない。話をしながら通りを歩き、一軒の宿屋を見つけた。これだけ大きな街なので宿屋の数も多い。それこそ門を抜けてから宿屋の看板を見たのは数えきれないほど。
それらを無視して歩いていたのは、オルトの話では外壁に近いところほど価格は安い反面、ぼろいそうだ。中心に行くほど高級宿になるので私たちが目指したのその中間くらい。
風呂付宿に関してはとりあえずいったん保留にしている。
へそくりをオルトに見つかりたくないからではない。ないったらないのだ。
「良さそうなところだな」
「うん。私も問題ないわよ」
部屋に通してもらったけど、宿代は300エードと水不足の街よりちょっと高いけど、朝食付きだし裏の井戸は使い放題(常識の範囲内)で、水浴びも出来るとのことだ。街の地下には下水施設もあるらしいのでトイレもそんなに酷くない。水不足の街は結構酷かった。
私の基準もぬるくなった気がするけど、十分じゃないだろうか。
「よし、なら部屋はここでいいとして、まだ日が高いし靴屋にでも行ってみるか? それとも今日は一日ゆっくり過ごすか」
「大丈夫よ。折角の新しい町だもん。ちょっと歩きてみたいから」
私たちは部屋で荷ほどき、軽く旅の汚れを落として通りに戻ってきた。流石にこれだけ大きな町になると靴屋とかもいっぱいあるようなので、それらがある方へと向かって歩き出す。
道を歩いていてすれ違う人は様々だ。
ファンタジーの定番、エルフやドワーフ、獣人っていうのはいないっぽいけど髪の毛の色が出鱈目である。ピンクとか緑の髪の毛って色素どうなってるんだって話だ。
この世界って鬼獣と妖獣とかいるし、精霊術とか魔術とかファンタジーしているけど、食べ物とか身の回りにあるものって極々馴染みのあるものばかりで、生贄の村も水不足の街もわりと普通だった。
だけど、この街は結構ファンタジーしてる。
「靴屋っぽいけど中覗いてみるか」
「もちろん」
通りをキョロキョロお上りさんみたいに見ていたらオルトが靴屋を発見してくれたので中にはいってみる。
「いらっしゃい」
低音を響かせて店主が顔を上げる。
まだ若い、といっても30代くらいのお兄さんが作業中の手を止めて値踏みするようにオルトと私のことを見てきた。ここも工房を併設しているみたいだけど、靴が専門のようで革だけでなく布製の靴も置いているようだった。ここなら安価なものが手に入るかもしれない。
「おおおおおおおおおお」
棚に並べられている靴でも見てみようかとしていると、店主が轟く様な声を上げながら私に向かって突進してきた。すっとオルトが間に入るが、店主はかまわず土下座するような低い姿勢で突っ込んでくる。
「おい。何してんだ」
「それはこっちのセリフだ。邪魔をするなよ、あんちゃん。これは何だ? おい。それをもっと近くで見せてくれ」
ぐいぐいと力づくで押しのけようとするが、オルトは力が強いので鉄壁の守りを見せてくれる。それでも諦めきれず、足の間から腕を私の足に向かって手を伸ばそうとする執念に私はドン引きだ。どうやら店主は私の履いている布草履が気になるみたい。なるほど、これは好機かもしれない。
「ちょっと落ち着いてください。条件によっては見せてあげますから」
「条件。何でも言ってくれ。この店が欲しいならくれてやるぞ」
お兄さん、それは言い過ぎだって。でも、そこまで喰いつくのかこの靴に。だったら、私の提示する条件は一つだけだ。
「靴を作ってくれませんか」
「そ、そんなことでいいのか?」
「ええ、只で。それも超特級でお願いしたいんですけど、何日あれば作れます?」
「10日。いや、七日あれば仕上げて見せる。だ、だから、早くそれを!!」
おう、意外と悪くない。水不足の街じゃ中古品の手直しですら三日と言われたっけ。革靴作るのにどのくらいの日数が掛かるかは知らないけども、これは結構早いんじゃないだろうか。
「ちょっと待て」
「なんか問題なの。七日は長すぎる? もしかしてそんなに長くは滞在できないとか」
「いや、それは問題ない。ただ、この男の様子からしてその靴は金になるんだろう。だったら鍛冶ギルドに持っていった方がいい」
「ん? なんで、そこで鍛冶ギルドが出てくるの」
「おいおいおい、あんちゃん。余計なことをいうんじゃねえよ」
「鍛冶ギルドには特許制度がある。新しい技術を管理しているんだ。その靴に使われている技術を登録することで、勝手に真似することができなくなる。その技術を使う場合には使用料を払う必要があるんだ」
屋敷でのお風呂でも驚いたけど、本当にこの世界は思った以上に文明レベルは進んでいる。しかし、技術の監視は鍛冶ギルドなのか。ちょっと意外。それよりも、問題は別のところにある。
「でもさ、誰かが真似をしたとして、それを誰が監視するの」
「それは本人がやることになるな。使用料を払わずに技術が無断で盗用されたことを鍛冶ギルドに訴えれば、罰金その他が課せられてアイカの元に使用料が支払われることになる」
「そうなると、旅をしている私たちには難しくないかしら。わかっていると思うけど、ここに定住するつもりはないんだし、いまお金に変えられるならその方がいいと思うわ」
「そうだろ、そうだろ。な、よし、さあ、それを見せてくれ」
「それは……そうだな。アイカがそれでいいなら。でも、もしも靴代がなくてって思ってるなら」
「そんなんじゃないわよ。じゃあ、お兄さん。この靴は見せるし、作り方も教えてあげる。だから、その前に私の靴について話をしましょう」
私はそういって靴屋の主人とタダで作ってもらう靴について話し合うのだった。




