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イーレンハイツ領

「新領主の話を聞きまして?」

「まだ14歳なんでしょう。大丈夫なのかしら」

「なんでも、領主になってすぐにお兄様を処刑なさったとか」

「ええ!? カルトラッセ様をですか。私の従兄弟が鉱山都市にいるんだけど、カルトラッセ様の施策のおかげで閉山の時に家族も路頭に迷わなくなったってすごく感謝していたのよ」

「そうよね、とても優秀な方だったと聞いてるわ。それに――」


 隣の席から聞こえてくる噂話を耳にしながらオルトの握っていたフォークがミシリと音を立てた。


「わかってたことだけど、風当たりが強いね」

「ああ、だからこそ俺たちが支えてやる必要がある」


 公爵会議の後、私はルパートと共にアルバートの資料を賢人会に提出してすぐにお役御免となった。私も研究に参加したいといったけど、それは許されなかったし強制的にアルバートも引き渡された。

 あそこまで行ったら口先八兆でどうにかできることもなく、しぶしぶ従うことになった。ただ、エストリア公爵やサウザンドレイク公爵が悪いようにはしないと約束してくれたので、あとは信じて待つだけだ。


「そろそろ戻るか」

「ええ、ロニー君も待ってるだろうし」

「おい!」

「いいのよ。こんなところで本名を言う方が不味いんだから」


 イーレンハイツ公爵を愛称呼びしたのを咎めるオルトにそう返した。ロニー君とオルト、そして私にカンちゃんを加えてイーレンハイツの領都へとやってきた私たちは新領主となったロニー君を支えるためにともに働いている。


「ロニトリッセ様、ただいま戻りました」

「アイカさ~ん」

「どうされました」

「もう、ここにはほかに人がいないんですから、そんなに他人行儀にしないで下さいよ」


 イーレンハイツの邸宅、その執務室で仕事をしていたロニー君。だいぶ背が伸びてきたけど、まだ成長途中の彼が大きな椅子に座ると借りてきた猫みたいでなんだか可愛らしい。


「けじめです。扉の前には兵も立っているのですから」

「聞こえるわけないじゃないですか。というか、普通のトーンの声が漏れたらそれはそれで問題です」

「そうですか」

「そうです」

「うーん。じゃあ、しょうがないですね。で、何があったの」


 私は一瞬で表情を崩すと、デスクの前にある応接ソファへと腰を下ろした。ロニー君も反対側へと移動してくる。


「何があったってわけじゃないですけど、仕事が多すぎます」

「まあ、しょうがないよね。貴族一杯粛清しちゃったし」

「しちゃったしじゃないですよ」


 ロニー君には味方が少ない。

 エズラ子爵のところから助けの手紙を出した時の反応で味方に付く貴族の選別を済ませていた。いまロニー君の周りにいるのは母方の実家を中心とした伯爵たちで固められている。

 そしてさっきのレストランで噂されていたように兄のカルトラッセは少し前に処刑された。それには及ばずユーデンハイム伯爵など明確な敵対行為を起こした伯爵家が三つ潰された。

 その三家につながる貴族も多く、領都の議会運営に必要な人間が圧倒的に足りていないのだ。そのしわ寄せが領主にかかってきている。


「寝れてないの?」

「ですね。昨日は1時間くらいは休みましたけど、しんどいです」


 14歳にして目の下に隈を作って働く姿は何とも痛ましい。せっかくの美形がやつれつつあるのだ。けど、帝王学何て習っていない私が仕事の手伝いなんかできるはずもなく、ただこうやって愚痴を聞いてあげるくらいしかできないのだ。


「でも、いつまでも頼ってられないんですよね」

「いつかは帰るから?」

「いえ、それもありますけど、なんか変な噂が流れているみたいなんですよ」

「噂」


 そんなものがロニー君のもとへ流れていることに驚いた。オルトと街で食事をしていたのも新領主就任したことの街の反応を見るという目的がある。噂話を集めるのは私の仕事のようなもので、その私が知らない噂があるというのが不思議だった。


「僕の政策の裏側に黒髪黒目の悪魔みたいな女がいるって」

「何それ。今の私は茶髪茶目なんだけど」

「そもそも、悪魔じゃないですからね」

「それが噂」

「いえ、その悪魔みたいな女に唆されてカルトラッセや有力貴族を処刑させたとかなんとか。新領主は悪魔に操られているとか」

「……まだ、カルトラッセ側の人たちがいるってことかな」

「たぶん、兄上の母君です」

「あー」


 連座で処刑する話も上がっていた。でも、ロニー君が温情を掛けたのだ。一応は前領主の第二夫人ということで幽閉しているため自由はないのだが、その状態でも動かせる人間が少しはいるらしい。


「どこの馬の骨とも分からない女が領主の執務室に出入りして密談しているとなれば仕方ないのかな」

「でも、処刑を決めたのは僕です。アイカさんは政策には一切かかわってませんよ」

「この場合、事実何てどうでもいいのよ」

「僕が何ていわれてもいいんです。血も涙もない冷酷領主って言われたってかまいません。でも、アイカさんのことを悪く言うなんて……、みんな知らないんですよ。アイカさんの知識のお蔭で生活が豊かになるっていうのに」


 私はいくつかの地球の知識をロニー君に伝えている。実現に向けた研究所も設立されているけど、成果はまだ上がっていない。でも、その成果は冷酷非道な領主の印象を変えるために必要になってくる。


「でも、それはロニー君のアイデアってことにしないとダメって言ったでしょ」

「わかってますよ。わかってますけど……」

「いいのよ。私はどうせいなくなるんだから。何て呼ばれても」

「もう、そんなこと言わないでくださいよ」


 私がいつ帰れるのか、むしろ帰れるかどうかも分からない。でも、そういうつもりでいてもらわないと困る。

 だって、ここは居心地が良すぎるから。

 自分に言い聞かせてないとダメになる。


「ロニトリッセ様、来客です」


 扉がノックされた。

 私は素早くソファから立ち上がり、壁際に控える。「どうぞ」と、ロニー君が応答してドアが開くと、領兵服に着替えたオルトが立っていた。正式にロニー君の護衛兵となったオルトだけど、軍服姿もカッコいい。


「王城からの使者がお見えになっております。お会いしますか」

「わかりました。黄鷺の間へ案内をお願いします」

「かしこまりました」

「アイカも、一緒に」

「私も?」

「例の件だそうです」


 例の件、それはつまり召喚術の解析の件ということ。


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