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公爵会議(3)

 無駄に広い会議室にロニトリッセとカルトラッセの二人がメイドに案内されて入場する。長テーブルの左半分に公爵が固まっているので、対面に通された二人からはかなりの距離を感じる。

 しかし、公爵家当主たちの醸し出す雰囲気が彼らを大きく見せ、ロニトリッセは距離があっても圧を感じてわずかに身じろぎする。

 それに比べてカルトラッセは堂々たる様子で議場へと入場した。

 二人の違いをみて幾人かの公爵が、何かを確認するように頷いた。


「さて、二人が入ってきたところで改めて状況の確認をしよう。前イーレンハイツ公爵ボーレンハイトの死去に伴う公爵位の継承に関する決議のために呼んだわけだが、まずは彼の冥福を祈ろう…………。

 実に惜しい人を若くして亡くしたものだ。若い君たち二人の喪失感は計り知れない。特にロニトリッセは母君もすでに亡くなっているそうだな。

 残された兄弟二人が手を取り合ってイーレンハイツの発展に力を注げればいいと思うが、そうもいかない事情があるようじゃな」


 サウザンドレイクの言葉を神妙な顔つきで受け取る二人。カルトラッセは正面のサウザンドレイクを睨みつけるようにとらえ、ロニトリッセはちらりと兄の方に視線を動かした。

 そんな道があるのならと、その表情が語っている。甘いと思われても仕方がないが、それがロニトリッセなのだから仕方がない。


「ボーレンハイトはロニトリッセを後継者筆頭として指名しておる。それを踏まえて考えれば、ロニトリッセを次の公爵とするのが筋じゃろう。だが、まだ若い。14歳の少年にはたして領地経営ができるのか。という疑問は尽きない。

 伯爵領で同様の事例がないわけではないが、伯爵領と公爵領とでは領地の規模も違えば責任の大きさも異なる。

 イーレンハイツではおよそ300万の民の生活を守る義務がある。

 もちろん、領主一人で領地経営をしているわけではない。官僚と協力すれば問題はないかもしれない。だが、マランドン王国において公爵は王位継承権を持つ。それが持つ意味は理解できるだろう。

 マランドン王国の経営は各公爵がそれぞれの領地を治めることで成り立つ。だが、対外的な業務をこなせなければならないのだ。

 それゆえ後継者筆頭だからと公爵となることを安易に認めるわけにはいかない。

 では、どうするか。

 すでに成人しておるカルトラッセを摂政としたいところだが、カルトラッセ自身もまだ若いという点もあるが何よりロニトリッセからカルトラッセに命を狙われたという訴えが出ておる。ゆえに、この案は採用できぬ。

 では、カルトラッセを公爵とするのか。

 先ほどは若いといったが成人したのちカルトラッセはボーレンハイトの元でいくつもの施策を導いたという実績については我々も聞き及んでいる。

 それらの状況を踏まえさきほどまで議論を交わしていたが、最後に君たち二人から話を聞きたいと思う。まずはカルトラッセ」

「はい」


 並んでいた二人だが、カルトラッセは一歩前にでて明瞭な声で話を始める。


「サウザンドレイク公爵、並びにお集まりいただいた公爵様方我々のためにありがとうございます。先ほどのサウザンドレイク公爵閣下の発言ですが、2点修正をさせてください。

 まず1点目ですが、弟が私に命を狙われたようなことをおっしゃられましたが、そのような事実は一切ございません。何より、私には弟の命を狙う理由がないのです。

 それが2点目に繋がります。

 冒頭で父がロニトリッセを後継者筆頭に指名しているとありましたが、訂正させてください。もちろん、私も元々父上がそのような考えを持っていたことは理解しています。しかし、病に倒れた父は弟が成人前であることを理由に領地経営は無理だと判断しました。 

 病床で父が書いた遺言書がここにあります。どうぞお確かめください」


 カルトラッセは胸元から一通の封書を取り出すと、奥のテーブルまで歩いて行きサウザンドレイクへと恭しく献上する。

 突如として出てきた情報にロニトリッセは激しく動揺を見せる。

 サウザンドレイクは封書を開けると、中を一瞥し隣のノーブレンへと渡す。次、次に回し読みが完了したところでカルトラッセが口を開く。


「必要でしたら筆跡鑑定を行っていただければと思います。私はそこに書かれている通り、ロニトリッセと協力してイーレンハイツ領を盛り立てていきたいと考えております。皆様もご存じの通り、私は数年前から父について領地経営について学んでおります。自らいうものではありませんが、鉱山ワインや蝗害対策、街道整備など庶民の生活を守ることを中心とした政策を進めてまいりました。その結果については他領とは言え、お歴々ならご存じでしょう。私はこれからも庶民に寄り添っていきたいと考えております」


 よろしくお願いしますと、深々と頭を下げたカルトラッセはいままで一度として目を向けなかったロニトリッセの方に振り向いた。そして、柔和な笑みを見せる。


「サウザンドレイク公爵閣下も言っただろ。俺たちは二人きりの兄弟なんだ。手を取り合って行かないか?」


 そういって握手を求めるように手を伸ばす。

 数日前に夜の森で遭遇したときとは別人にしか思えない行動にロニトリッセはどうすることも出来ずに立ちすくむ。

 役者が違う。

 子供と大人というだけではない。

 確かにカルトラッセは自己保身のため、そしてロニトリッセから公爵位を奪うために画策し、犯罪にも手を染めている。しかし、すでに実績を上げていることからもわかる通り、政治手腕に優れていることは証明済みだ。

 兄でありながら生まれの所為で、後継者二位という立場に立たされながらも腐ることなく仕事をこなしてきたのだ。

 相手をしてきたのは人生経験豊富な大人たち。百戦錬磨の彼らと交渉を重ねることはカルトラッセを大いに成長させた。現時点における能力はロニトリッセを圧倒的に超える。


「はは、嫌われちゃったかな。昔のようにはいかないか」

「ちょ、やめてください」


 一向に握ってもらえなかった手を伸ばしてロニトリッセの頭を撫でてきたカルトラッセ、ロニトリッセはその手をはじくと一歩引いてむくれたように頬を膨らませる。そこだけ見ればじゃれ合う普通の兄弟にしか見えないほど、ロニトリッセの顔は嫌がっているというより、大人たちの前で子供扱いされて恥ずかしいという風だった。


「なるほど、この手紙は一考に値する。が、一応調べさせてもらう」

「もちろん構いません」


 その堂々たる姿を見ていれば、うそ偽りがあるとは思えない。ロニトリッセすらも半ば信じつつあった。聡明な父上なら死を前にして、遺言書の書き換えを行っても不思議ではないと。

 もっとも、ここにいるのも貴族の筆頭の者たち、言い方を変えれば魑魅魍魎の類。息を吸うように嘘を付ける連中である。

 だからこそ、堂々としているからといってロニトリッセのように信じるような愚か者はいない。


「さて、それではロニトリッセ。君の意見も聞かせてもらおうか」

「は、はい……」


 あっけに取られていたロニトリッセは慌ててたたずまいを直した。

 そして、もとより考えてきた言葉を口にする。


「僕には兄のような経験はありません。でも、ここ最近のことでわかったことがあります。それは僕が人に恵まれているということです。

 ルーデンハイムではゲナハドが暴れ出しました。その後、街に戻った後も命を狙われることがあったのですが、運よく人に助けられました。

 初めは僕が公爵の子供ということで近づいてきたのだと思いました。公子を救えばそれなりの報奨金は出るでしょう。ですが、だからと言って三尾の妖獣に立ち向かうなんて出来るはずもありません。

 その後も幾度も僕は助けられました。

 ほとんど接点の無かったエズラ子爵やこちらにいらっしゃいますエストリア公爵にはとてもお世話になったんです。

 僕自身はまだまだ学ぶこともあるでしょうが、周りの人に助けられながらであれば領地経営もできると思います。そもそも、組織のトップに求められることは人を動かす力です。自ら動く必要はないと考えています。

 僕に人を動かす力があるかはわかりません。

 ですが、いま僕には二人の信頼できる人が一緒にいてくれています。彼らと共により良い領地を作るために働きたいと考えています」

 

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