朗報
「アルバートからの連絡は何だった」
「ロニトリッセ様の死体を確認いたしました。ただ……」
「くくっ、くっくっく」
ようやく、ようやく耳に入った朗報にカルトラッセは破顔する。
あまりの喜びに部下の続けた「ただ…」という部分を聞き逃してしまうほどに大きな声で笑い出した。
公爵会議での公爵位の承継の承認など基本的に建前で、出席すれば確実に認められるのだが、ロニトリッセの生存が一抹の不安だったのだ。
下級貴族とは言え、繋がりすらなかったはずのエストリア公領のエズラ子爵家に匿われるなどカルトラッセの予想外の行動をしてきた弟である。
それなりに優秀であることもわかっていたし、そもそも正妻の子である以上継承順位も上だった。
エズラ子爵を足掛かりにエストリア公爵に渡りをつけて、公爵会議に乗り込んでくる可能性を否定しきれなかった。
可能性がゼロでない以上は手を打つ。それくらいの慎重さは公爵になるのであれば最低限必要な素養だった。
「ん、お前はいま何かを続けようとしなかったか?」
「そ、それが……」
「なんだ。アルバートが要求額を上げてきたか」
「い、いえ、そもそもアルバートの要求はカルトラッセ様が王を得たときの王都図書館への立ち入り許可。それは依然変わりません」
「ではなんだ」
「死体は確認したのですが、アルバートが連れていたのは五尾の妖獣です。そのため遺体の損傷が激しく……」
「まさか判別がつかなかったと」
「い、いえ、着ている衣類からも貴族であることは間違いなく、それに公爵家の紋章の入ったナイフを所持しておりましたので十中八九ご本人には間違いありません」
「だが、確証はないと」
「申し訳ありません」
平身低頭してカルトラッセの部下は謝意を表明する。それに対してカルトラッセは大きく鼻を鳴らせるだけだ。
公爵会議は三日後に迫っておりカルトラッセはすでに王都入りをしている。護衛の兵は連れてきているが、まさか王都に師団を連れてこれるはずもない。もしかしたら王都に潜伏しているかもしれないロニトリッセを人海戦術であぶり出すような時間も人的資源もここにはない。
そもそも、王都でそんなことをしようものならカルトラッセの立場を悪くするだけだ。
「私が確認するしかないか」
一人ごちる。
決して仲の悪い兄弟だったわけではない。小さいころに遊んでやったことは数えきれないくらいにあるため、カルトラッセの従者よりもロニトリッセの容姿に詳しいのは当然のこと。
例え顔がつぶれていても判断できる自信があった。
そもそもカルトラッセは特段に弟のことを嫌っているわけではない。
ただ、愛してるわけでもないし、自分が公爵になるのに邪魔だっただけだ。
「アルバートとはどこであった」
「南門を出てすぐのカンケラスの森です」
「さすがに遺体を街中に運び込むことはできないか」
遺体を運び込むには最低でも荷車が必要になる。
しかし、門を潜るときに中身を改められないはずもない。地方都市ではなく王都なのだ。門番によって積み荷は、箱の中を含めて徹底的に確認される。
公爵家の紋章の入った馬車なら素通りもできるだろうが、今回カルトラッセはイーレンハイツの公都から王都までは列車を利用して移動してきたため、王都内の移動をするための専用馬車が一台のみ。そんな馬車にロニトリッセ=イーレンハイツを遺体の状態で、それも損傷の激しいものを乗せることは不可能ではないが、心情的にはしたくない。
「仕方ないな。だが、かといって公爵家の馬車でのこのこと出ていくわけにもいくまい。偽装用の馬車を用意しろ」
「わざわざ向かわれるのですか」
「確証はないと言ったのはお前ではないか」
「し、しかし……」
「お前が見たのがロニトリッセだと自信を持って言えるのか。もしも、それが見間違いだと判明したときには責任をとると」
「も、申し訳ありません。すぐに準備いたします」
まあ、万に一つも失敗の可能性はないだろうと、カルトラッセは考えている。ユーデンハイムの時ですら、ほぼほぼ成功していたのだ。その時、連れていたのは三尾のゲナハド。
そして今回は五尾を従えているのだ。
ロニトリッセの護衛はあの時点で全員死んでいる。新たに雇い入れていたとしても数も質も比べるまでもなく劣るだろう。そして前回のように周囲に別の領兵や狩人がいるわけでもない。
そう考えると会敵していれば万が一どころか、億が一も生存はあり得ないだろう。
それでも確認は大切だとカルトラッセは考えている。
小さなミスが足元を掬う。それを理解しているからこそ、多少の危険を冒してでも自らが確認するしかないと判断したのだ。
「カルトラッセ様。準備が整いました」
戻ってきた部下とともに、カルトラッセは夜の王都を出ていった。
――。
王都の南門は森と近いところにある。
といっても、もちろん門を出てすぐに樹木が乱立しているというわけではないが、少なくとも森の入り口が遠目に見えている。
月明りで辛うじて街道であることを判別できる程度の薄闇の中を一台の馬車が走っていく。御者台に乗っているのも普通の御者ではなく戦いに身を置くもの特有の目をした戦士。中にはカルトラッセを中心に鎧こそしていないが歴戦の勇士たちが乗り込んでいた。
普通であれば貴族と平民が同乗することはあり得ないが状況が状況である。カルトラッセは自分を守る兵たちに同乗を許可していた。
馬車を走らせること半刻ほどだろうか、南門を出たときには遠くにしか見えなかったカンケラスの森の深い闇が大きく広がっていた。
さすがにここからは光がなければどうにもならないため、御者を務める兵はカンテラを灯した。
ぼんやりとした明かりが馬車の周囲に広がり、辛うじて馬の足元が見えるようになる。森の中の街道も最低限二台の馬車がすれ違う程度の幅はあるため、馬車は何とか薄暗い森の中を進んでいく。
「気味が悪いな。あとどれくらいだ」
「森に入ってそれほどは掛かりませんでした。アルバートは王都には入れないので、近くで野営をしているはずです。この寒さで火の一つも焚いてないことはないはずです」
部下のその言葉を証明するように、馬車の進む先に焚火らしき明かりが見えてきた。それは街道からみて右手の方にあるらしいことが分かったため、馬車を止めると部下の一人がカンテラを片手に明かりへと向かって行った。
すぐに部下はアルバートを伴い戻ってきた。




