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エストリア公爵

 装飾に派手さはなく、一言で言えばシンプルであるのだけれども、配置してある家具や絨毯、一つ一つの質が素人目にも高いことが見て取れる質実剛健そのものの室内。公爵邸を訪れた私たちが通された控室はそんな雰囲気の場所だった。

 アルバートとの邂逅を果たした私たちは、エズラ子爵の部下が取り付けた約束を乗っ取る形でエストリア公爵との面会に臨んでいた。


 そんなことが出来るのか? と聞かれればぶっちゃけ力ワザとだけ答えておこう。正直、私のことを切り捨てたエズラ子爵に対して思うところはあるし、そもそもアルバート捕獲のキーパーソンは命を張ったオルトにあるんだから、一ミリも心は痛んでない。


「ロニトリッセ様、御館様がお会いになられるそうです」


 ノックとともに入ってきたのは、まさに執事というイメージ通りのシルバーグレイの頭髪をした背筋の伸びた老紳士。

 今回の会談において私の出る幕はない。というよりも、出ることが出来ない。ロニー君が代表者で私は身の回りの世話をする侍従という役回りで控えている。というか、控室かどこかで待機するのかと思ったら一緒について行ってるけどいいのだろうか。


 執事について公爵邸を歩く。

 先ほどの控室もそうだけど、合理的だという公爵の性格が伺えるように執務室へと通される。客間でも応接室でもなく公爵様の執務室にである。

 仕事の合間に私たちに会うのに、移動する時間がもったいないとでも思っているのかもしれない。


「ご無沙汰しております。ロニトリッセ=イーレンハイツです。本日は貴重なお時間を頂き恐悦至極にございます」

「堅苦しい挨拶は不要だ。前にあったのはアレーンの感謝祭の時か?」

「覚えていてくださったのですね。あの時は父の後ろを付いて回っていただけでしたので、覚えてくださっているとは……」

「あの時も利発そうな子だとは思ったが、知性に磨きが掛かっているようだ」

「いえ、そんな」


 恐縮したように手をぶんぶんと左右に振ると、ロニー君は思わず後ろに控える私を振り返りそうになって慌てて止まった。公爵と机を挟んで座っているのはもちろんロニー君だけで、私はロニー君が座っているソファの後ろに立っている。

 なんで通されたんだろう。


「それで今日はアルバートを捉えたという話だったが、あのアルバートのことなのだよな」

「ええ、現国王であるノーブレン公爵を襲撃したとされるアルバートのことです」

「連れてきてはいないようだが」


 私に視線を向けると、肩をすくめてそんな風に口にする。

 っていうか、目が怖い。

 目だけじゃなくて顔も怖い。ロニー君から聞いていた通り、モノクロのメガネの眼光鋭いおじさまなんだけど、眉間にしわが寄っているせいか凄みが増している。


「本日お伺いしたのはエストリア公爵閣下にお願いしたいことがございますゆえ。そのため、アルバートをこの場に連れてくることはできませんでした」


 エズラ子爵との縁を切った関係上、見張りとしてオルトがついている。うっかり殺さないかが心配だけど、逃走されたら不味いのでロニー君についてきたのは私だけだ。


「連れてくれば手柄を横取りされるとでも思ったのか」

「いえ、そういうわけではありません。まずは話を聞いていただければと」

「だが、連れてきていなければアルバートの捕縛をどう信じろと。ノーブレンの所の追跡部隊が2年ものあいだ尻尾すら掴めなかった男だぞ」

「私には追跡する必要がありませんでしたので」

「どういうことだ」

「兄がアルバートを利用して僕の命を狙っていたからです」


 結構衝撃的なことを言ったはずなのに、エストリア公爵の表情に変化はない。やっぱり跡目争いで命のやり取りは驚くほどのことでもないってことなのだろう。


「ユーデンハイムの事件はご存じでしょうか」

「ゴレイクの討伐時に発生したゲナハドの襲撃だろう。我が領の領兵にも被害が出ている」

「あれはアルバートを使った私の暗殺が目的でした」

「暗殺。妖獣を意図的に差し向けたと。それが可能なのか」

「はい。閣下は王位の経験がおありですよね」

「ああ。それが何の関係がある」


 急な話題の転換にエストリア公爵が眉根を寄せた。現国王であるノーブレンの一つ前がポルトガ公爵、そして二つ前にエストリア公爵が国王を務めていた。


「現国王のノーブレン公爵閣下に確認を取っていただければわかることだと思いますが、アルバートはゲナハドが討伐された後、ゼロスを使役していました」

「ゼロスだと!! 5尾の化け物を使役していたというのか」

「ええ、事実です」

「だが、いや、待て、それが本当だとしてどうやって捕縛した。3尾とは次元が違うぞ」

「先ほど申し上げましたアルバートの見張りをしている男、エズラ子爵家の兵、それからとある組織の協力で行いました」

「とある組織、それはどんな組織だ。いや、待て、なぜノーブレンに確認すれば妖獣を使役していることがわかるといった。ノーブレンの追跡部隊は尻尾すら掴めなかったのだぞ」

「ですから、閣下にご確認したのです。王位の経験があるのですかと」

「―――っ!」


 言葉を詰まらせた公爵が額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。公爵の頭で何かが動いた。

 

「共闘した組織のメンバーは魔神教を中心としたメンバーでありながら、精霊教もともに行動していました。さらに国中の最新情報が入ってくるほどの組織力も備えていたそうです」

「ノーブレンに確認すればそれらもわかるという事か」

「はい。アルバートをこちらが押さえている証拠になるかと存じます」

「――わかった。後程確認するとして、話を聞こう。確認するまでもないが、要件は公爵会議への参加だな」

「……」

「驚くようなことではないだろう。今度の公爵会議の議題はイーレンハイツの後継者の承認、カルトラッセ=イーレンハイツが公爵を継ぐ話になっているところへ第一位継承権を持つものが訪ねてきたんだからな。それもアルバートの捕縛という土産を持って」

「それでは」


 こんな簡単に希望が叶っていいのかと、疑問に思いながらも目を輝かせたロニー君が前のめりに喰いつく。しかし、それとは対照的にエストリア公爵はソファに深々と座りなおした。


「アルバートの逮捕は確かに功績となり得るだろう。だが、私が君を公爵会議に連れていくメリットとはなり得ないだろう。それもとアルバート逮捕の功績を私に譲ると」

「そうですね。それもありだと考えていました。」


 エストリア公爵の拒絶とも言える言葉にロニー君は慌てることなく頷きを返した。ここまでは想定内だからだ。


「アルバートを捕まえた理由の一つは、さきほど申し上げた通り話を聞いてもらうため。そして、もう一つはアルバートと兄上カルトラッセにつながりがあるからにほかなりません」

「続けろ」

「兄は私を殺すためにアルバートを利用しました。国王を手に掛けようとした反逆者をです。そんな人間を公爵としても良いのでしょうか」

「いいんじゃないのか」

「え?」

「古今東西、王家や貴族家での跡目争いの例は五万とあるだろう」

「で、ですが、兄は犯罪者を使ったのですよ。それだけじゃありません。そのせいでユーデンハイムでは多くの人が命を落とすことになったのです」

「確かに一般人を巻き込んだのは許しがたいし、親、兄弟、家族を手に掛けるなんてのはもってのほかだ」

「だったら――」

「だが、それだけで悪とは言い切れんだろ。親類縁者の悉くを殺しつくしたロンバルジア=ポルトガ公爵が何と呼ばれているか歴史の授業で習わなかったか」

「……慈愛の名君」


 ロニー君は言葉を絞り出すようにして応える。ちょっとその歴史の授業受けてみたいんですが。


「そうだ。彼の治世は今なお語り継がれておるし、彼以上に領民から愛された公爵はほかにはおるまい」

「しかし、それは、それ以前のポルトガ公爵が酷かったからこそではありませんか」

「だが、家族を殺した事実は変わるまい。一級犯罪者と共謀というのは確かにやり過ぎかもしれんが、それでもカルトラッセには君以上にイーレンハイツを上手く統治できる自信があるのかもしれん。事実、伝え聞く彼の才は公爵を継ぐのにふさわしいと思うがね」

「で、ですが、少なくとも継承権は私の方が上です」

「それは事実だろう。だが、君はまだ未成年で、彼は成人している。君が成人するまでは彼が公爵位を代行するという手もあるわけだ」

「待ってください。確かに私はまだ13ですが、ルーデンハイムの儀式で成人の資格を得ています」

「確かにな。だが、ルーデンハイムでの指揮は最後までやり切ったわけではあるまい。そもそも、あれはイーレンハイツ領内だけの取り決めだ。マランドン王国すべてで通用する話じゃない」


「それは、そうですか…」


 悲しそうな声を出しながらも、ロニー君はガバリと顔を上げてエストリア公爵の目を真っ向から見返した。跡目争いOKの公爵閣下の発言には正直引くけども、これもぎりぎり想定の範囲内だ。


「公爵会議で私を推していただけるのでしたら対価としてユーデンハイムを閣下に割譲いたします」

「なに!?」


 これが私たちの考えていた切り札だった。

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