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本当の歴史

 アルバートの反応を見て、私は口を動かすのをやめた。

 沈黙が流れる。狭いクローゼットの中で聞こえてくるのは私たちの息づかいだけで、それがかえって沈黙を重くした。


「……貴様と同じだ」

「どういう意味」


 ようやく口にした答えに私は疑問符を浮かべる。


「故郷。俺もそこに帰りたいだけだ」

「あんたも召喚されて来たってこと?」


 オルトと合流した後に彼が孤児だという話は耳にしていた。しかも、ある日突然オルトの故郷に現れたらしい。オルトの故郷は辺鄙なところにあるらしいから、それはとても不自然な話だったと聞く。けれども、アルバートは首を横に振った。


「違う。俺はこの世界の人間だ。ただ、この大陸の人間ではない」

「……は」

「そ、そんなの、ありえません!」


 私よりも先にオルトとロニー君が大きく反応を見せた。およそ800年前に召喚された化け物から逃れた人々がたどり着いたのがこの大陸という話だ。聖女の結界で守られているこの大陸以外に人類の生活圏は存在しないというのが共通認識なんだろう。


「結界の外側に住んでいたってこと?」

「ああ」

「そんな……結界の外には化け物がいるんですよ。生きていくことが出来ないから僕たちの祖先はこの大陸に渡ってきたって」

「そうかもしれないけど、だからと言って外の世界が滅亡したとは限らないと思うよ。ううん。寧ろあり得ないよ」


 だって、世界は広いのだ。

 病原菌の流行(パンデミック)でも、現代のように飛行機で自由に行き来が出来なければ世界中に蔓延させるのは不可能だ。

 中世にペストが広まったのだって結局は西ヨーロッパと地域は限定的だ。

 私が召喚されたこの世界、惑星は地球より小さいと思う。街から街への移動時間で、この国や大陸の大きさは推測できるけど、おそらくオーストラリアの半分くらいだろうと思う。それが世界の2割だとしたらかなり小さい。


 人々を絶望させるのほどの化け物だというのだから、100mオーバーの高層ビルくらいはあるかもしれないけど、それでも惑星を一周しながら殺戮を続けていくにも限界があるんじゃないだろうか。

 かといって、身体が1kmもあるような化け物だと、逆に人間が小さすぎて全滅はしない気がするのだ。寧ろ餌不足ですぐに餓死しそうな気がする。

 

「少なくとも結界を張った時に、取り残された人々はいたんだよね」

「そう……ですね。世界中の人々を避難させるのは無理があると思います」

「そもそも《《避難》》に至らなかった人たちも多かったんじゃないかな」

「どういうことだ」

「だって、全人類に危険を知らせるなんて不可能でしょ。避難をしたのは本当に一部。その時の権力者とその周囲の人々だけだったんじゃないかと思う」

「そんな……」


 テレビもラジオもない世界で、限定的な精霊通信だけでは情報共有する術はなかったと思う。日本に巨大怪獣が現れて避難を始めたからってブラジルの人は知る由もないだろう。


「まあ、そこは推測でしかないし、話しても仕方がないから置いておくとして、私が言いたいのは化け物が召喚されたとしてもこの大陸の外でも人々は普通に生きてきたんじゃないかってこと。違うかしら」

「全然違うな。そもそも、お前らは根本から間違えている」

「どういうことです」

「俺はこの大陸に飛ばされた後、孤児院に入った。そこで教えられた歴史に愕然としたよ。制御不能の化け物が召喚された? 一体何の話をしているんだってな」

「化け物なんかいなかったってこと。でも、それじゃあ、この大陸に避難をしたり、結界で守る必要もないんじゃないですか」

「つまり、脅威とされているものがそもそも違うと」

「そういうことだ。化け物の召喚、というのも大きくは間違っているわけじゃない。少しだけ、本当の歴史を教えてやろう――」


 そういって口元を歪ませたアルバートがぽつりぽつりと語り始めた――。


――およそ1500年ほど昔、人々が精霊とともに文明を大きく発展させていたころ、人類は上位次元への干渉技術の発見に至った。

 それは長距離間の移動を可能にし、異なる世界と世界を繋ぐことすら現実のものとした。文明が十分に発展して病死や事故死といった寿命以外の死が減り、平均寿命が延びてくると、人々は子供を多く生む必要が少なくなり出生率は低下していったという。

 それが齎すのは人口減少による労働力不足。

 その時、目をつけたのが異世界から労働力を連れてくることだった。

 初めは単純な労働力として鬼獣と分類される獣が異世界から連れて来られた。しかし、鬼獣は知能が低い上に気性の荒い種類が多く戦争の道具としてはともかく使役するには十分とは言えなかった。

 

 そして次に選ばれたのは、また異なる世界に住んでいた尻尾を複数持つ不思議な力を持つ妖獣たちだった。

 妖獣は寿命が長く、知能が高かった。

 教えた人間の言語を操れるほどに。

 故に、労働力としては最適だった。

 指示をはっきりと理解させることが出来るために、複雑な仕事を任せることが出来たのだから。

 一部の者たちからは知能の高さに警鐘を鳴らすものもいた。しかし、それに対する答えは召喚獣を操る技術への信頼だった。

 

 ムルグロア。犯罪奴隷に言うことを利かせるために発展していた精霊を用いた奴隷術。

 その技術により妖獣は安全にコントロールされていた。

 だが、いくら縛りがあっても心まで完全に支配されているわけではない。妖獣は人類への反抗の機会を虎視眈々と狙っていたのだ。

 綻びは些細なものだったという。妖獣同士が子を成した場合、ムルグロアの縛りは子までは及ばない。人と違う外見をしている妖獣の妊娠をはっきりと判断できなかったのだろう。

 人に知られることなく出産し、少しずつムルグロアの支配下に無い妖獣が徐々にその数を増やし、人々がその存在に気がついた時、もはや人間の手に負える事態を超えていた。

 そこからは長きにわたる戦乱の時代に突入したという。

 人間に匹敵する知恵を有し、人を遥かに超える膂力。加えて特殊な力を持つ妖獣たち。戦況は少しずつだが、着実に悪化の一途をたどったという。

 

 海を大きく隔てたこの大陸は、無人で奴隷としての妖獣の存在もなかった。妖獣に飛行能力はなく、この大陸の安全性は担保されていた。それでも一抹の不安はあったのだろう。万が一にも妖獣が渡ってこないようにと結界術が展開された。


 時の為政者を中心に大陸への脱出は行われ、残された人々は妖獣との闘いの日々を継続させられた。劣勢の戦いとは言え、この大陸に施された結界ほどではなくとも結界術を駆使しながら少しずつ安全圏を拡張しながら人々の領域を創り上げていった。


――俺たちはその子孫ってわけだ」

「ちょっと待ってくれ。じゃあ、なぜこの大陸に妖獣がいる」

「そうですよ。鬼獣が繁殖して自由になった話と妖獣が入れ替わっているというのはわかりましたが」

「大陸を覆う結界には綻びがある。それゆえに、稀にこの大陸外にいる妖獣が落ちてくるんだ。不思議に思わなかったか、なぜ妖獣の子供はいないかと。なぜ彼らはいつも単体で存在しているのか?」

「それは……」

「え、まって、もしかしてあんたもそれで」

 

 私の気付きにアルバートは頷きを返した。


「10歳のころ、俺はその綻びを通ってこの大陸に来た」


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