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もう一つの追跡者

 首筋に打ち込まれた何かによって、二人の男は意識を刈り取られていた。そのまま崩れそうになるところを、オルトは抱きかかえるようにして支える。

 しかし、一人ならともかく二人というのは些か難しいところもあり、そんな不思議な光景に周囲の目が集まりそうになる。

 だが、何者かか視界を隠すように現れて、オルトから一人の身体を預り支えた。


「妙なとこで会うなー兄さん」


 薄ら笑いを身につけたルモント達である。


 エズラ子爵を監視していたのはカルトラッセの指示を受けた彼らだけではなかった。貴族街の屋敷の監視というのは、隠れる場所が限定的になるため、後続の監視者であるルモントたちが、いい場所を探そうとしていた時に他の監視者の存在を知ったのはただの偶然だった。 

 この日もいつも通りに監視を行っていたところ、見知った顔が監視対象の元を訪れ、もう一方の監視者が追跡を開始したためそのあとを追った。

 つまりは二重尾行だった。

 如何に腕の立つオルトでも、そこまで気がつくというのは無理だった。


「何の真似だ」

「ま、ま、ここじゃ目立つし、そっちに行きましょう」


 オルトが尾行者の背後を取るために使った路地へとルモントに言われるがまま入っていく。


「別の仕事ってのがこれか?」

「一緒におった時から思っとったけど、兄さんホンマにえげつないわ」

「秘密を知り過ぎたものは消そうってのか」

「くく、まあワシらのことようわからんからそう思うんも仕方ないけど、そんなことするはずないやろ。そもそも、いまだって助けとるやないか」

「じゃあ、どういうつもりだ」

「別に他意はあらへん。別の仕事の最中に兄さんを見つけたら、なんかトラブっとるみたいやったからな。それに兄さんこそ、なんでこないな場所におんねん。イーレンハイツに行ったんやないんかい」


 それを言うと、オルトは口をはっきりと引き結んだ。

 警戒。

 それを見てルモントは心の中で笑みを浮かべる。ホンマに腹芸の出来んやっちゃ、と。


「兄さん、なんや知っとるんやろ。また情報共有せぇへんか」

「断る」

「エズラ子爵家に入れるよう段取ってもええで」

「っ!?」


 ルモントにそんな伝手はない。所詮はただのブラフ。

 ただ、エズラ子爵家の前までいって引き返したという事実を見られていたとオルトは考えている。その上、ルモントの情報網を見るに、国の上層部か何かと繋がっている可能性は否定できなかった。つまり、オルトにとってルモントはそれくらいのことが出来る組織に属していると思っているということである。

 

「俺にも手はある」

「らしいな。どこぞに向かって歩いているみたいだが、それは確実なんか」

「……ああ」

「くく、兄さん、無理せんでええで」


 苦し紛れの反論もルモントには通じない。

 もはや主導権がどちらにあるのかは明確だった。


「こいつらの正体にも心当たりがあるんちゃうの」

「いや」


 オルトは即答する。

 彼らの尾行の起点がどこなのか。

 しかも、おそらくルモントたちも同じものを監視していた。そう考えると、監視対象は自分ではなくエズラ子爵ではないだろうかと。そんな風に考えてしまえば、エズラ子爵家に隠されているものの正体を知っているオルトにはもう一つの勢力の正体が容易に想像ができた。

 ロニトリッセを狙うもの。つまりはカルトラッセの手のものというのが一番シンプルな答えだった。

 だが、不明なのはルモントたちの狙い。


 ロニトリッセの潜伏先として監視しているとすると、つじつまが合わない。オルトはアルバートが現れる先としてロニトリッセの潜伏先であるエズラ子爵家を考えていたが、ゼロスに対して力不足だと言っていたルモントが、隊を二つに分けて行動する理由が当てはまらない。

 となれば、別件とは文字通り別件なのだろう。

 嫌な予感がする。

 何しろ今のエズラ子爵家は世に無いものを売り出しているのだ。オルトが知っているだけでも片栗粉というものがあるし、ロニトリッセともども匿ってもらう条件として、新たな商品開発を約束している。


「何が目的でエズラ子爵を監視していた」

「くく、兄さん、腹芸は得意やないけど、ほんま頭の回転だけは悪ぅないわ」

「つまり、エズラ子爵の監視は事実というわけか」

「そういうこっちゃな」

「お前らの目的を教えろ。そうすればこいつらの目的を教えてやる。それなら等価交換だろ」

「いやいや、油断も隙もないのー。それやと兄さんの目的だけが抜けとるんと違うか」

「だが、いいのか。お前らはこいつらに手を出したんだ。目的がわかってないなら、こいつらに手を出した意味も分からないだろう。何が起きると思う?」


 オルトの挑発的な物言いに、ルモントの薄ら笑いが引っ込んだ。もちろん、エズラ子爵を監視しているものがいると気付いた時点で、その背景は探っていた。

 だが、監視者の存在を偶然知ることは出来たものの、それ以上に関してはようと知れなかったのだ。そんな状況下で手を出せばどうなるのか想像できないルモントではない。それでもなおオルトに恩を売ることに意味があると判断してのことだったが、静観するんが正解やったかの、と自問する。


「そこらへんは別に心配しとらんわ。ワシらの後ろに誰がついとるんか、兄さんもだいたい想像はついとるやろ」

「相変わらずはっきり口にはしないんだな。本当は全部出まかせなんじゃないのか」

「言うてもわからんから言わんだけや。だが、まあ、せやな。兄さんの提案に乗ってやるわ。うちらの目的はエズラ子爵家の客人や。黒髪黒目の珍しい客人がおるらしい」

「……っ」


 やはりそうなのかと、オルトの表情がわずかに強張る。

 その可能性を考えなかったわけではない。新製品をいくつも生み出すエズラ子爵邸を商人やほかの貴族が監視の目を向ける。発案者の引き抜きなど考えられることは多いが、アルバートの追跡を行うようなルモントの所属する謎の組織と、新商品の発案者とのつながりが見えない。

 しかし、背景を知るオルトには一つの共通点が浮かび上がる。それは、追跡の対象が召喚したものと召喚されたものということ。


「兄さん、ホンマに何なん? その子のことも知っとるんかい」

「何の話だ」


 動揺を隠そうとオルトの声が堅くなる。


「そんなことより情報交換だったな。おそらくこいつらはカルトラッセ=イーレンハイツの手の者だ。カルトラッセ様の狙いは継承権第一位のロニトリッセ様の身柄の確保だと思う。監視していたのはエズラ子爵邸にいるのを知っていたのか。調査中だったのかそこまではわからんが――」

「くく、いつになくよくしゃべるのー」

「情報を伝えているだけだ。調査中だったとしたら、他の貴族家にも監視者がいるのかもしれない。だが、エズラ子爵家につけた監視者からの情報が途絶えたら、そこに何かあると考えるだろうな」

「せやな。実際おるんやろうし。だが、ええんか。そんな情報を漏らしてしもて」

「構わん。お前らの目的はイーレンハイツ公爵家のお家騒動とは別だろ。ここまで話せば俺がここにいる理由もわかっただろ」

「アルバートがここを襲う可能性があるってことやな」

「そうだ。貴族家の特定はまだだったかもしれないが、こいつらを襲ったことで確定情報として伝わるだろう」

「くく、腹芸の得意やないと思とった兄さんに上手いこと動かされとるいうわけやな。やが、これはちと上に伝えた方がよさそうやな」

「ああ、こいつらの処理も任せた」

「ちょ、おい、兄さん」


 すっとオルトは姿を消した。ルモントならエズラ子爵家に入る伝手を持っている可能性もあったが、そうすればアイカのことを追及される可能性も否定できなかった。彼らの目的が分からない以上、急いでその事実を伝える必要がある。

 オルトは必死に足を走らせた。


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