ルモントたちとの別れ
誰かのくしゃみの音で目を覚ましたオルトは、思わず毛布を身体へと手繰り寄せた。首にマフラーを巻きつけ、頭にニット帽をかぶっていても寒さで顔が赤くなっていた。
すぐ近くに焚火はあれども屋外では空間全体が温まるわけもなく焚火に当たっていない部分は冬の冷気に曝されている。
ぶるるっと身体を震わせて、焚火の近くへと移動する。
「おはようさん」
「おはよう。はやいな」
オルトの目覚めに気がついたルモントがホットウィスキーを手に近くに腰をおろす。オルトも温かいもので身体を中から温めようと、水の精霊石から水を生み出した。
「まだ暗いがもう朝や。定期連絡がそろそろ来る頃やろうて」
「そろそろいい情報が入ってくれればうれしいが」
ノーブレンでの不意の遭遇からすでに数週間。定期的に流れてきていたアルバートの情報が入りにくくなっていた。いくら空渡りが出来るといっても、どこかの街に立ち寄れば、そこから情報は拾えるのだ。
ルモントの所属する組織の張った網がどれだけ広範囲に及ぶのか、オルトは追跡劇の中で嫌というほど理解していた。
そんな情報網をもってしても、ルモントの所に入ってきたのはイーアというノーブレンの南、中央都市との境界にある小さな村での目撃例のみ。以前は二つ、三つの情報を元に動いていたが、今回ばかりは他に頼るべき情報もなくその情報を頼りに動いていた。
「遭遇したことで警戒されたか」
「そうはいっても、全く街に近づかんいうんは無理やろ。南下したところで今は冬や。夏と違ごうて死ぬぞ」
こうして雪の降る中で野営していれば、それが如何に危険な行為かわかるというもの。オルトやルモントの一行は団体で行動しているために、交代で夜の見張りと、焚火の維持が可能だが一人では不可能だ。
一人の場合、比較的温かい昼間に睡眠をとって夜の間に動くという方法もあるがそれでも体力の消耗は避けられない。そして、冬の厄介なところは食料調達が難しいことである。
「ゼロスで温まってるのか」
「はっ、確かに獣と寄り添って寝れば一人よりマシかもしれんが、ほんま厄介なもん連れよってから」
「確かにな」
ルモントが言うのは単純な戦闘力だけの話ではない。そして暖が取れる云々でもない。遭遇した瞬間の様子からわかるように、まるで馬に騎乗するように妖獣に跨って移動をしていたという事実だ。
空渡りという反則行為を無視しても、単純に移動速度という点においてアルバートに叶わないのだ。
つまり、居所を掴めていたとしても、どこかに滞在してない限りは追いつける可能性が著しく低いのだ。
「ルモントさん」
どうしようもない現実を改めて認識していると、魔神教の中に混じったイレギュラー、精霊教徒の司教が声をかけてきた。
「連絡が入りました」
「分かった。すまんな」
「ああ、気にするな」
立ち上がって焚火から離れるルモントに何でもないとばかりに手を振ると、温まった白湯を口へと運んだ。
オルトは同じ目的を持って同行しているが部外者であることに変わりはない。それに通信の内容がアルバートに関わることだけとは限らないのだ。
「ここら辺が潮時か?」
情報が入らなければ、彼らと共に行動する理由がない。そして、オルトには彼らに話をしていないもののアルバートが現れるある場所に一つだけ心当たりがあった。
アルバートとロニトリッセの兄との間につながりがあれば、という前提はあるもののロニトリッセが再び襲われることもあり得るのだ。
アルバートが再び妖獣を手にしたからこそ生じた可能性。妖獣による事故を装えるというのは、リスクなく地位を築くためには最高の手札となる。
その可能性にオルトが気付いていながらすぐにルモントたちの元を離れなかったのは、流石に街中にいるところに妖獣を差し向けることはないだろうという予想と、ルモントたちの情報網が使えると判断していたからだ。
だが、それが通じないとなるとこの場所にこだわる理由は一つもなかった。
それに公爵会議の時期を考えれば、近いうちにロニトリッセやアイカはエズラ子爵とともにエストリア公爵の元へ訪れ、共に中央都市に向かうだろう。
もっとも、中央都市に向かうかどうかはエストリア公爵との交渉次第だが、アイカがいる限り交渉が失敗するとはオルトは考えていなかった。
「起きろ」
精霊通信を終えたルモントが戻ってくるなり声をあげた。
顔を見れば何らかの情報が入ったことが伺える。辺りは薄暗いながらもお互いの顔を認識できる程度には日が昇ってきていた。
眠気眼を擦りながら目を覚ましたものたちは毛虫のように焚火の近くへと這い寄っていく。
「ようやくアルバートの居所について情報が入った」
「「「おお」」」
そんなことだろうと期待はしていても、改めてはっきりと言われてルモントの部下たちも嬉しそうに声を出す。うっかり目標から離れるわけにもいかないため、情報がなければ動くこともできずに留まっているというのは精神的にも大きな疲労を覚えてしまう。
「が、ワシらは別件が入ってな。そっちには行かんことになった」
「行き先を口にしないってことは、俺には聞かせられないってことだよな」
「ああ、兄さんには悪いがここでお別れや」
「気にするな、俺もそろそろ別行動しようと考えていたんだ」
「ちょうどええいうことか」
「だが、少し意外だな。アルバートの情報は入ったんだろ。なぜ追わない。そもそも、そのための部隊じゃなかったのか」
「ワシらは組織の一員やからな。そういうこともある。それに5尾が相手じゃ分が悪かったんは前回の戦いの報告でしとるからな」
「それは、まあ、確かに」
「ああ、だが、情報が入ったんは嘘やない。イーレンハイツの領都に潜伏しとるそうや」
オルトはやはり戻ったのかと、その情報を聞いてますますロニトリッセが狙われる確度が上がったと認識する。
「驚かないんやな」
「セラントからイーアに入ったことを考えれば方向がまるで違うが、アイツが神出鬼没なのは今に始まったことじゃないだろ」
「……ま、そういうことにしとこうか」
腹芸の得意とは言えないオルトは誤魔化しきれたとは微塵も思っていない。それでも認めなければ真実は分からない。確度が100から80%に下がるというようにその程度の差でしかないが、相手が謎の集団である以上すべてをさらけ出すのは危険だと最低限の警戒を怠るつもりはなかった。
「そういうわけやから、まずは腹ごしらえにしよか。今日の当番は誰やー」
「今日は俺っす」
「早よ作らんかい。ワシは腹減って死にそうやがな」
オルトに向けていた鋭い眼光は消え去り、いつもの胡散臭い雰囲気を纏ったルモントが適当なところに腰をおろす。オルトはそんな様子の彼から視線を外すと、旅のルートについて考え始めた。