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アルバートの目的

 たっぷりと脂ののった雪リスの煮込みスープ。

 油が浮かんでいるが見た目に反してさっぱりとしている。スプーンで一すくい口に運んだオルトは懐かしい味わいに瞼を閉じた。


「美味い」


 雪の振り始めたこの季節、冬眠する前に餌をたべて丸々と太った雪リスで作られる数々の料理はマランドン王国の北部に位置するノーブレンでは一般的な家庭の味だった。オルトにとってもなじみ深い懐かしい味と言える。


「故郷の味は久しぶりなんか」

「まあな」


 向かいの席に座ったルモントは雪リスの丸焼きを齧りながらエールを流し込んでいた。

 ノーブレンに入って5日、アルバートの目撃情報のあった街の一つ手前の村にさきほどたどり着いたところだった。人数が多いために十分な宿の部屋は無かったが食事くらいは温かい場所でと全員で村唯一の食堂に入っていた。


「アルバートと同郷なんやて」

「俺のことも調べのか」

「悪う思わんとってくれ。やっこさんに仲間はおらんいう話やけど警戒せんわけには行かんからな」

「気にしてないさ」


 肩をすくめたオルトはスープにパンをディップして口に運ぶ。気にするはずもない。なにしろ、オルトも裏のありそうなルモントに対して完全には心を開いているわけではないのだから。


「一つ面白い話を聞いた」


 あらかた食事が済んだころルモントが声のトーンを下げていった。周りにいたルモントの連れの酔いが回った頃合いを見計らったのはここからの話が余り大っぴらにできないからだろうと、オルトも気を引き締めて耳を傾けた。


「アルバートがいるとされるセラントの街の近くにエイレンという森があるんやが、そこには昔から妖獣が住んでるという噂があるそうや」

「噂」

「ああ、別に街に現れて悪さするわけやないからノーブレンでも本腰を入れて討伐隊を組んだりはしとらんらしい」

「だろうな。俺も聞いたことがない」


 ノーブレン軍に所属していた以上、妖獣の情報は自ずと入ってきていた。最近でなく昔からというのなら猶の事である。軍人として討伐に派遣されたことも何度かあるし、他の隊が派遣されたとしても噂話くらい入ってきても可笑しくはないのだ。


「狩人ギルドで賞金もかけられ、名のある狩人がエイレンに向かったらしいが帰ってきたものは一人もいないとか」

「それも噂なんだろ。何が言いたいんだ」

「アルバートは妖獣を連れていたって話や」

「だからそいつは――」


 俺が殺した。とは口にできなかった。ルモントが何を言いたいのか理解したからだ。オルトの気付きにルモントが嬉しそうに口を弧を描く。


「妖獣を従える術があるんやろうな」

「召喚術にはそもそもそういう力があるって話だよな。召喚した獣を従えさせることができると。だが使役できない化け物を召喚したから世界がこうなったって話なわけだし、召喚術をつかえるアルバートならそういう方法を知っていても不思議じゃないと」

「せや。だからアルバートはセラントに滞在しとるんやないか」

「どこにいるかもわからない妖獣を見つけるのは容易くない。噂とはいえ場所が分かっているなら向かわない手はないってことか」

「兄さんは知らんかったらしいが、ノーブレン出身のアルバートが知っていても不思議やないからな」


 オルトの頭の中でいくつものピースが一つになった。

 なぜ、転移という移動方法を持っていながら、ゲナハドと戦った地のすぐ近くの林で空渡りを行わなかったのか。

 なぜ、何日もクレレシアの群生地に滞在していたのか。

 転移の準備もしていたということは、追手が掛かるという可能性は考慮していたのだ。そうまでしてあの場所でやらなければならなかったことは何なのか。

 あのとき持っていた瓶は何なのか。

 そして、アイカと一緒にクレレシアの群生地を見つけたきっかけは何だったのか。


「このメンバーで妖獣とやり合えるのか」

「訓練は積んどる」


 嫌な答えだとオルトは思った。

 そもそも妖獣は鬼獣の突然変異だと考えられているもののその生態は謎が多く、数は著しく少ない。妖獣と何度となく戦闘経験のあるオルトが珍しいほうで、一度以上の戦闘を経験をしているものは軍人でも少ないのだ。

 破壊の力を与えられた魔神教徒とは言え、宗教団体である彼らに妖獣の討伐を要請されることはない。もしも妖獣が出たら国に訴えるのが常だ。


「連中には言わないのか」


 酒が回り赤ら顔で陽気に喋っている連れを見回してオルトは尋ねた。予測していない敵を前に足がすくんで全滅という状況は避けたいからだ。


「エイレンの森に出る妖獣は五尾って噂や」


 ガタンと音を立ててオルトは思わず腰を浮かせた。

 妖獣は尾が増えるごとに脅威度が増す。

 二尾なら小隊もあれば十分であるし、オルトに至っては一対一でも負けることはない。だが、三尾を討つなら中隊を必要とし、四尾ともなれば大隊をぶつけても損耗を覚悟しなければならない。

 そして五尾には連隊が必要と言われている。

 4人の兵で班が組織され、班が5つで小隊となる。小隊4つで中隊、中隊5つで大隊、そして大隊3つで連隊となる。つまりマランドン王国の軍隊組織で言えば連隊とは1200人規模の兵で構成されている。


 もちろん、一匹の獣を討伐するのに1200人の軍を引き連れていくのは現実的ではないし、オルトがノーブレン軍時代に五尾と戦った時は精鋭100人と高火力の兵器を準備し戦場も有利となる地形を選択し、そこへ敵を誘い込んだのだ。


 それだけの準備をしなければ対処できない化け物を引き連れた男を討つのにたったの10人でどうにかできるのか。

 魔神教徒の持つ火力は一般的な兵を遥かに上回る。しかし、それで十分かと問われれば無理だと答えるだろう。


「それでも黙っているよりは――」

「マシかもしれんな」


 ルモントが口を引き結ぶ。オルトはワインに口につけ考え込んだ。何でこそこそするように話をされたのか理解した。


 五尾が相手ともなれば逃げたくなるものがいても無理はないと。

 敵を目の前に硬直されるのも困るが、戦場に立つ前から戦線離脱を許してしまえば討伐できる可能性が下がってしまう。命が晒されている状況なら敵を前に奮い立つ可能性だってゼロではないのだから、その可能性にかけてみるのも悪くはないのかもしれない。

 だが――。


 出会ったときにぶつかり合ったとはいえ、こうしてともに旅をしていれば僅かな時間とはいえ情は移る。彼らが死ぬかもしれないというのは許しがたいことだ。オルトも小隊の隊長として部下を率いた経験がある。

 自分ならどうするかと、考えて答えを口にする。

 

「言うべきだと思う」

「せやな。兄さんの意見は胸に刻んどくわ」

「お前っ!」


 立ち上がったオルトがルモントの胸倉を掴み上げたが、彼の目を見てすぐに手を離した。たった数日の付き合いの自分よりも、ルモントの方が付き合いは長いのだ。軽いような言葉を吐きながらも、その目の奥に見える感情の強さに二の句が継げなかった。


「悪い」

「気にするな」


 オルトは妙な渇きを覚えてグラスに手を伸ばし、それが空であることに気がつくと店員を呼んで追加を注文した。越権行為になるだろうが言うべきか、考えても正解のわからない問いに向き合うにはいささかアルコールが足りなかった。

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