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高々次元世界への観測と干渉に付いての考察

 星明りに打ち消すほどの大きな月が煌々と輝いている。

 焚火の明かりを必要としなくても、お互いの顔が確認できるほどに明るい。二つある月が両方とも満月となる双月の夜。


「やっこさんは、毎日街の外に足を運んでいるらしい」

「毎日?」


 誂えたように転がっていた丸太に腰かけ、焚火に当たっているオルトの元にルモントが酒を片手に近付いてきた。

 夜はかなり気温が低くなり、朝になれば霜が降りることもしばしば。それもそのはず、ルモントと出会ったイーレンハイツとエストリアの領境からだいぶ離れノーブレンに入っていた。


「けど何をしとるんかはさっぱりや。出かけるときも戻るときも荷物は変わらんそうや」

「誰かに会ってるとか」

「かもしれんな」


 オルトの近くに腰を落とし話を続ける。

 焚火であぶった鳥の燻製肉をルモントに渡して、代わりに乳白色の酒を受け取った。帝国産の酒で仄かな甘味と酸味があり、温めて飲んでも美味しいとルモントが用意したものだ。


「にしても兄さんの持っとった人相書のお蔭でこうして確実に情報が集められとるんはデカいな。戦闘力目当てに手を組んだが成果はそれ以上や」

「こっちのセリフだ。ここまで素早く情報が入ってくるとは思ってもみなかった」


 手を組んですぐにアイカの書いてくれた人相書をルモントに提供した。それを本部に送るとすぐに組織中に複製をバラまいたらしい。


「けど、空渡りを使ったのは一度きりか……」

「使うには何らかの制約があるんやろうな」


 クレレシアの群生地の側から空渡りで転移したアルバートを次に発見したのはイーレンハイツ領内のルブレンという街だった。ルーデンハイムから西に4日ほどの場所であり、直線距離にしてみればそれほど離れてもいない。

 それ以降の足取りはノーブレンに向かって一直線に進んでいたので、追跡は難しくはなかった。


「あの紋様だけじゃないってことか」

「それだけで発動できるやったらもっと頻発しとるやろうな」

「そもそも空渡りってなんなんだ。精霊の力でも女神の力でも、魔神の力でもないよな」


 アイカが言っていた疑問をルモントにぶつけてみた。自分以上の知識を持っている彼ならもしかしたらと考えてのことだ。


「わしも詳しいことを知っとるわけやないが、空渡りも界渡りもただの技術っちゅう話や。誰かの力を借りてるわけやない」

「界渡り?」

「ああ、その説明がまだやったな。ええか――」


 ルモントが声を絞った。

 近くに彼の一行もいるが、二人からはそれなりに距離が開いている。リーダーであるルモント以外はアルバートの罪についても詳しくは知らないとオルトは説明を受けていた。

 そのため数週間にわたって一緒にいるオルトも詳しい話を聞く機会は少なかった。


「まず、そうやな。ここに点を穿つとするやろ」


 ルモントか近くの小枝を拾い上げて、地面に点を書いた。ただの小さな黒い丸。


「これを0次元と呼ぶ。そして点の横に点を描く。さらにその隣に点を描く。それを繰り返せば線になる。これを1次元と呼ぶ」


 地面に一本の線が生まれる。

 オルトは何の話をされているのか疑問に思いながら口を挟まずに話に耳を傾けた。


「で、次や。今度はこの線の横に線を書いて書いて書いてって続けていけば面になる」

「それが二次元」

「そうや。呑み込みが早いな」

「次からは絵に書くのが難しいんやが、この面が幾重にも重なると立体、つまりは三次元や。これがワシらの生きとる世界やな。で、ここからが本題になるんやが、ちょっと待ってな」


 ルモントが立ち上がり他の連中が焚火を囲っているところに向かうと一枚の紙を手に戻ってくる。焚火の明かりに照らされたのはこの辺りの地図だ。


「ワシらが今おるんはこの辺や」

「そうだな」


 街の名前と街道の名称、山や川の大まかな位置関係がわかるだけの簡易的なものだが、旅をするには十分すぎるアイテム。とはいえ、国防の観点より普通に出回っているものでもないのだが。


「で、アルバートがいるっちゅうセラントの街がここや」


 地図上で見れば人差し指ほどの距離しか離れていないが、歩けばまだ1週間以上の距離がある。


「空渡り言うんは、この二か所を繋げることを言う」

「どういうことだ」

「こうすれば距離はゼロや。一瞬で移動ができる」


 そういってルモントが地図を半分に畳んだ。それを見たオルトは呆れたように口をぽかんと開けた。たしかに地図上の二点は畳んだことでくっつく形になったが、感想としては「だからどうした」それに尽きる。


「それがどうしたって言いたそうやな」

「あ、ああ」

「まあ、言いたいことはわかる。紙ならこうして折りたたむこともできるが、俺たちの生きているこの世界をこんな風に畳めるはずがない。そう思うんやろ」

「無理だよな。だいたい畳まれたらそこにいる俺たちはどうなる」

「それはワシらが三次元の世界に生きとるからや。三次元の世界に生きとるワシらは、こうして二次元の紙を畳むことは出来るやろ。それと同じことが四次元の世界からなら可能ちゅう話や」

「……意味が分からん」

「まあ、ワシかて正確に理解しとるやけやない。ただ、そういう理論があるっちゅう話や」


 オルトは二つに折られた地図を見ながら、ルモントの言ったことを脳内で想像してみる。しかし、どうしても二つに畳まれた瞬間に紙と違って山や街がつぶれ、人々もぺしゃんこになるイメージしかわかなかった。


「『高々次元世界への観測と干渉に付いての考察』ってことか」

「やっぱり頭の回転は悪ないな。やっこさんが盗んだ禁書のうちの一つがそれや。内容はわからんが、三次元の世界に生きるワシらが四次元の世界に干渉する方法があるっちゅうことやろうな。まあ、とりあえず理解できんでもいいから続きを聞きな」


 ルモントが手に持っている酒に口をつけると「あかん、冷えてもうたわ」といってゴブレットを火の近くに置いた。


「で、四次元の世界で三次元の世界を畳んで二点間の距離をゼロにする。これが空渡りなわけやが、界渡りはさらに一つ上の次元の話になる。

 三次元の世界が無数に集まった四次元世界。その四次元世界を畳めばどうなるか。世界と世界を繋げることが可能になる。それによって異界から鬼獣をこの世界に連れてこれたってことや。まあ、結界の外の化け物も同じようにして連れてきてしまったわけやがな」

「……ちょっとまて」

「ん、どうした」

「それは一方通行なのか。いまの話なら相互に行き来ができるんじゃないのか。そもそもアルバートは俺たちの世界を畳んで距離をゼロにして向こう側に移動しているんだよな」

「おそらく可能なんやろうな。なんや兄さん、別の世界にでも行ってみたいんか?」


 アイカが元に戻るための方法。

 まさか、それがこんな場所でヒントをもらえるとは思えなかっただけにオルトは驚愕に固まった。

 召喚術の対極にある送還術。そういう方法があるかもしれないと考えていたが、話は全くことなる。術式が一つしかないのなら、アルバートから方法を聞き出せば彼女を元の世界に返せるかもしれない。


「まあ、ワシかてそういう術式がかつては在ったいう事を知っとるだけや。ほんとかどうかまでは知らん」

「いや、それで十分だ」


 あとはアルバートから世界を繋ぐ方法を聞き出せばいい。巻き込んでしまったアイカを元の世界に戻すという、筵の中の針を探すような微かな手掛かりが初めて見えた瞬間だった。


「お、温まったわ」


 湯気の立ち上るゴブレットを手にしてルモントがアツアツのお酒に息を吹きかけながら喉に流し込む。その光景を見ながらオルトの中には早くこの吉報をアイカに伝えたいという思いが湧き、今頃どうしているだろうかと、アイカが見ているかもしれない星空を見上げたのだった。

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