追跡者
「アルバーーートーーーー」
山に木霊するほどの絶叫がオルトの口から迸る。腕が伸び、何かを捕まえようとしたのか空をつかむ。
「かーっ、起き抜けにうるせぇやつやな」
「くっ」
目覚めたオルトが痛みに顔をしかめて、痛みの元へと手を添わせれば、アイカに受けたのとは別の治療の痕跡があった。
包帯の具合を確かめ、ようやくオルトの目が「うるせぇ」といった男へと向かう。
「あんたたちは?」
身体を起こせば、周囲には複数の男たちがいたが、見たこともない顔である。
ただ、着ている服装で所属に想像がついた。
「魔神教か」
「ほとんどはな」
おどけるように口にする男の衣装は黒で統一されているものため、司祭か司教か聖職につくものとわかる。そのほかは黒を基調としている軽装ですべてが黒というわけではない。
狩人や傭兵と呼ばれる人々のように武装もしておらず、異様ともいえるが所属が魔神教であれば魔術とよばれる力を行使できるためそれほど不思議ではない。近接職という盾役のない魔神教徒のみで構成された集団というのも珍しいのだが。
さらに集団を異質足らしめているのは、精霊教の司教が好んで身につける真白の服を着た髪の長い男が混ざっていることだ。耳につけたピアスから、おそらく風の精霊使いなのだろうとオルトは想像する。
一緒に行動するとは思えない組み合わせである。
とわいえ、助けてくれた集団の背景をいきなり聞くのは礼儀知らずだろうと、オルトは姿勢を正して頭を下げる。
「助けてくれてみたいだな。ありがとう。それで、何がどうなったんだ」
「なんや、覚えとらんのか?」
そう言われてオルトは考える。
変わった言葉遣いをする男がこの集団のリーダーだろうと当りを付ける。30代くらいで一番年嵩とは思えなかったが、ほかの人間は周囲の警戒に当たっているものと食事の準備をしているものとに別れており、男に対話を任せているようだった。
「そういえば……」
と、オルトが思い出すのはアルバートとの死闘の記憶。
ゲナハド戦後の激突では、オルトに分があった。元々二人の力量はほとんどおなじだったが、片目を失ったアルバートには死角があり、遠近感も損なわれている状態では大きな差が生まれていた。しかし、オルトが怪我を負っていれば話は変わる。
アイカに刺された傷が開いたオルトは逆に追い詰められ殺される寸前だったのだ。
「助けられたのか」
「思い出したんやな」
「ああ」
あと一歩というところで、魔神教の集団が現れアルバートが手を引いた。それが無ければ死んでいたかもしれない。そう思うし、その存在に感謝もする。だが、オルトには一つ疑問が残った。
「どうしてこの場所に?」
街道沿いでもなく、仮にここがクレレシアの群生地と知っていても時季外れに採取に来るとは思えない。そんな場所にわざわざ足を運ぶものがいるのか。当然の疑問だった。
「兄さんと同じや」
「同じ?」
「わしらの狙いもアルバート。あの男や」
「……ノーブレンの追跡部隊なのか?」
「そんな風に見えるか?」
「いや」
見えないから疑問なのだ。ノーブレン公爵の追跡部隊についてオルトも何も知らされていないが、少なくとも魔神教を使っているとは考えにくい。公爵家に魔神教を動かす力などない。帝国であれば魔術を扱う魔術部隊もあると聞くが、軍属であったオルトはノーブレンにそういう部隊があるという話は聞いたことがない。
そうなるとアルバートを組織立てて追跡するものの存在がノーブレン以外にあるということになるが、オルトには見当もつかなかった。まさか、世界の裏側に賢人会議などというものがあるとは知らないのだから。
「何が目的だ」
「だから一緒や。わしらもアイツの命を狙ってる。兄さんが気絶した後に追いかけたが、残念ながら逃げられてな。こんな森の奥でアルバートと死闘を演じとる兄さんがなんの関係もないとは思えんからな。なんや知っとりそうな兄さんの目が覚めるのを待っとんたんや」
「知ってることなんか何もないぞ」
「どうやってアルバートを見つけた?」
「同じことを聞きたいな。こんな森の中までどうやって追跡した?」
相手が何者か分からないオルトは治療をしてくれたという感謝の気持ちはあっても警戒心を持って応じた。それに対して男は口もとを歪める。
「そいつは秘密さ」
「そうか」
これ以上の追及は無意味だとオルトも口を閉じる。だったらこれ以上ここに用はないと、立ち上がり森へと目を向ける。
「アルバートはどっちに行った?」
「無駄や。一対一で破れたんやろうが。それにワシの部下が追跡して見失っとる。でもなきゃ、こんなところで悠長に食事の用意なんぞするかいな」
「それでも、もしかしたら何か見つけられるかもしれん」
「なんや、わしの部下より自分の方が優秀や言いたいんか?」
「あ?」
剣呑な雰囲気に当てられ、オルトの返事も思わず強いものになる。別にオルトは彼の部下を馬鹿にしたつもりはない。ただ、ここまではアルバートの足跡をたどることが出来たという事実がある。
森の中に消えたとはいえ、その痕跡が見つけられるかもとというのがオルトの素直な気持ちだった。雨にかき消されたわずかな痕跡を追跡出来たのだし、立ち去って数分なら何とかなるだろうと。
「もう一ぺん言うてみぃや?」
「何の話だ」
「兄さんの方がワシの部下より優秀やと言いたいんかと聞いとるんや?」
男の眉が吊り上がる。
怒りを真正面から受けてオルトは言葉を失った。そもそも彼らのことをまるで知らないのだ。知らなければ追跡能力に関しても未知数である。同じように花畑にたどり着いたことを考えれば、その方法は不明でも同程度の追跡能力があると言えるが、偶然という可能性だってあるのだ。
そもそも秘密と言われてしまえば知りようがないのだから。
「そういう意味じゃ――」
否定しようとしたところで遅かった。男は一団を引き連れ東に西へと走り回りようやく見つけたアルバートに逃げられ腹を立てていたのだ。
唯一の手掛かりらしきオルトに治療を施してみれば、部下を馬鹿にするような発言が飛び出してきた。
「怪我の治療をしてもらった恩をあだで返しやがって」
「何を言って――」
「へスター!! こいつをやれ!」
入れ替わるようにへスターと呼ばれた男が前に出る。
「ちょっと、待て」
オルトが言っても止まることなく、へスターが行動を開始する。オルトから見て、へスターは多少身体を鍛えているが武人として見れば強者には見えない。だが、彼らは魔神教徒であり剣士ではない。
魔神教徒を相手にひとまず攻撃を受けるというのは悪手だ。敵対の意思はなかったが、自衛のためと気持ちを切り替えるとマナを集中させ始めるへスターにオルトは一瞬で詰め寄った。魔術を使われる前に無力化する。それを見た他の連中が目の色を変えた。