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追放

 地面に棒で円が描かれる。

 その中央にロニー君と、テッドが向かい合う。

 ゴロンダロンというのは簡単に言うと、スモウとかレスリングとかそんな格闘技のようなものである。この世界には剣や槍といった武器が割と身近にあるけども、それを使うと相手が死傷する可能性があるため生まれた素手のみの格闘技らしい。


 孤児院の子供たちがやっているのを見たことはあるけども、じゃれ合いの延長戦にしか見えず格闘技と呼んでいいのか定かではないけど、一応ルールが定められているので格闘技なんだろう。


「いい? 相手が戦意を喪失したら終了だからね。やり過ぎようとしたら止めるから。危険な行為も禁止だよ」

「うん」

「はい」


 元気よく返事するテッドと向かい合うロニー君もどうやらやる気らしい。私は審判的ポジションにいるけど、実のところルールはよくわかってない。

 にらみ合う二人の前で伸ばしていた手を振り上げ、それとともに号令を出す。


「始め!!」


 合図とともにまっさきにテッドが動き出す。

 ロニー君の肩近く、伸ばされた手はひらりと交わされ、ロニー君はテッドを中心に円を描きながら回り込む。つかんで投げ技に持ち込みたいのかも。


 「くそっ」


 まさか避けられるとは思わなかったのか、小さな声を出すとさらに果敢に攻め立てる。しかし、右に左にツッコんでくるテッドを、ロニー君は闘牛士のようにひらりひらりと躱し続ける。


 孤児院というアウェーな状況にもかかわらず、子供たちの声援はどちらにも掛けられている。テッドは12歳以下という中ではリーダー格で、他の子たちから信頼されるお兄ちゃんである。だから、彼を応援する声は大きい。


 けれども、どうやらロニー君はその甘いマスクで女の子たちを虜にしていたらしい。黄色い声援が同じくらい上がっていた。

 うん。

 ロニー君の将来が不安になってきた。

 もしかしてテッドが突っかかってきた理由はそれもあるんだろうか。


 とはいえ、この戦い正直テッドには分が悪いのだ。

 見た目スマートな印象があるから格闘技とか出来ないように見えるけど、そもそもロニー君は貴族だ。

 それも高位の。

 幼いころから貴族の嗜みとして剣術を学んでいるロニー君と、孤児院の仲間とじゃれ合ったりゴロンダロンで遊んでいるだけのテッドではバックグランドが違い過ぎる。


 何とか腕かどこかを掴んで投げ技か関節技を決めたいと思っているテッドの執拗な攻撃を躱し続けていたロニー君が足払いを掛けて転ばせるとそのまま上に覆いかぶさってきた。すぐに脱出しようとするテッドだけど、素早くロニー君は彼の手足を動かないようにホールドする。


「そこまで」


 私の声に抑え込みを解いて立ち上がるロニー君と、それほどの時間を掛けることなく付いてしまった勝負に悔しそうに顔を曇らせるテッドは逆に立ち上がれないでいた。


 すばやく息を整えると、ロニー君はテッドに近づきすっと手を差し出した。その紳士的な様子に再び女の子たちからの嬌声が上がる。


「ちっ」


 その手を弾いてテッドが立ち上がる。

 うん。これはもう仲直りの道はないわ。互いの健闘をたたえ合って仲良くなるみたいなマンガ的王道ストーリーは生まれないらしい。現実は厳しい。

 私は立ち上がったテッドに近付いて膝についた泥を払った。


「大丈夫。 テッドもそんなに落ち込まなくてもいいと思うよ。そもそもテッドは11歳でしょ。ロニー君のほうが年上なんだから」

「っ、でも」


 私がそう言っても悔しそうな顔は変わらない。1歳の年の差といっても、この年代の1年の成長率は大きいし、孤児院で栄養状態の良くなかったテッドは同じ年齢だとしても体格で負けているのだ。二重の意味で不利な戦いだったのだから負けてもしょうがないと思う。

 そんな状況で頑張ったテッドをねぎらおうと頭をよしよしと撫でていると、今度はぷいっと顔を背けて走り出してしまった。


「あ、ちょっと」

「アイカさん……」


 宙を切った手を戻した私の名を呼んだロニー君が首を左右に振った。今はそっとしておけって事かな。男の子の気持ちはわからないけど、どんな理由があっても負けは負けということなのかもしれない。


「うーん。今日はこの後、料理長に呼ばれてるしあんまり時間がないんだけどな」

「次の機会でいいじゃないですか。とにかく今はそっとしてあげた方がいいと思います。特にアイカさんに何か言われるのはつらいんじゃないかと」

「そういうものなの」

「そういうものです」


 ロニー君の対応も冷たいように思うけど、ロニー君がそういうのならそうなんだろう。男の子の気持ちはよくわからない。

 それから小一時間ほど他の孤児院の子供たちと遊んでいたけども、その間にテッドが戻ってくることはなかった。


 私とロニー君は再び馬車に揺られて屋敷に戻った。もちろん、鍋はきれいにして屋台のおじさんに返してから。


「ロニー君もキッチンの方に顔を出す?」

「はい。今日は何を作るんです?」

「寒いからねスープ系がいいかなって考えているんだよね。コンソメスープなんかいいかなって黄金色の透き通るスープで見た目もきれいだし、って、でもシンプル過ぎるかな。基本は具材入れないからね。まあ、いろいろ入れてもいいけど……うーん、どういうよう。デミグラスソースに挑戦するのもありかな。ソースとしての使い道も幅広いし、ビーフシチューにもできるし――」

「アイカさん」


 大きな声とともに私の身体が引っ張られて何事かと思って振り返ると、ロニー君が私の服を掴んでいた。


「吃驚した。どうしたの」

「どうしたのじゃないですよ。さっきからエリンさんが呼んでますよ」

「あれっ」


 振り返るとすぐ近くにメイドのエリンさんが、少し呆れたような顔でこちらを見ていた。が、すぐにいつも通り姿勢を正して改めて「おかえりなさいませ」と挨拶をする。


「アイカ様、旦那様がお呼びです。戻り次第、顔を出すようにと仰せつかっております」

「すぐに」

「はい。さきほど他の方が、旦那様のほうへアイカ様の御帰宅をご報告に向かわれたので今すぐで問題ありません」

「何があったんだろ」

「それからロニー様もご一緒にとのことです」


 その言葉に思わず息をのむ。

 子爵からの呼び出しを受けることは稀にあるし、その時にロニー君は基本的に付いてきていた。けれども、わざわざ一緒に来るようにと指示を受けるのは初めてのことだ。ロニー君の実家がらみで何かあったのだろうか。そんな嫌な予感が私たちの間に流れる。


「行こうか」

「はい」


 緊張に身体が強張るのを感じると、自然と私とロニー君はお互いの手を取っていた。エリンさんの後をついて、子爵の執務室へと向かう道がいつもより長く感じられ、空気が重たく思えた。


 重厚なドアが開き中へと案内された私とロニー君をいつものようにソファへと座るように指示すると、書き物を止め一枚の羊皮紙を手に子爵が単刀直入に切り出した。


「アイカ、お前が第一級の犯罪者として指名手配になった」


 驚きもあまり言葉を失う私に対して、子爵にさきほどの羊皮紙を見るように促され目を落とす。すべての言葉と文字を覚えているわけじゃないけども、そこには私の名前と身体的特徴が書かれている事が辛うじて分かった。


「お前には感謝している。が、これ以上ここに置いておくことは出来ん。せめてもの礼に多少の金を用意した」

「そ、それはアイカさんに出ていけってことですか!!」


 まだ、事実だけを淡々と並べる子爵に理解が追い付かない私の代わりにロニー君が立ち上がり大きな声を出す。けれども激しい怒声を子爵は軽く聞き流す。


「もちろん、俺にはアイカを突き出すという選択肢もあった。一級の犯罪者の捕縛ともなれば、それなりに評価されることだろう」

「見逃してやるだけ、有難く思えとでも」

「そういうことだ」

「そんな。アイカさんのお蔭で子爵家がどれだ――」

「ロニー君。ありがとう」


 ロニー君を止めて、私も立ち上がった。

 孤児院の一件で子爵を甘い人間だと思ったのは勘違いだ。ルーデンハイムの近くの森で何があったのか忘れたわけじゃない。子爵家に害をなすと思えば、あっさりと人を切り捨てることができるそんな人なのだ。

 彼の言う通り突き出されないだけマシなんだろう。

 だけど、だからといって、こんなあっさりと切り捨てられて「はい、そうですか」というほど私は大人しい女じゃない。


「わかりました。すぐに荷物をまとめて出ていきます。いままでお世話になりました」


 私は最高の笑顔で子爵に頭を下げたのだった。



拙作にお付き合いありがとうございます。

この話で第4章は終了になります。

次回から第5章に入り、その次が最終章となる予定です。


ただ、最近休みがちだったのもそうですが、あまり執筆が進んでおらず第五章も半分ほどしかできておりません。

そのため、しばらく休載したいと思います。

必ず戻ってきますので、今後もよろしくお願いします。


第五章では主人公が出てきません。アイカさんが指名手配されるに至った裏側や、アルバートを追いかけていったオルトの話をメインに進んでいく予定です。

アイカさんの活躍を待っている方は待っていてください。


それでは、引き続き拙作をよろしくお願いします。

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