孤児院にて
「あ、お姉ちゃんだ」
ミーシャが真っ先に気がついて声を上げると、他の孤児たちも次々に私に向かって駆け出してきた。いつもは真っ先に駆け寄ってくるテッドは、駆け出した足を一度止めるとゆっくりと歩きながら鋭い目をしていた。睨みつけるような視線の先にあるのは私ではなく横にいるロニー君らしい。
「なんかあの子に睨まれてません?」
「みたいだね」
「みたいだねって、そんな他人事みたいに」
「まあいいじゃない――みんな元気にしてた?」
「「「「はーい」」」」
ロニー君の苦情を無視して、私に飛びついてくる子供たちを抱えながら話しかけると元気な声が帰ってくる。
「今日はお友達を一人連れてきたんだけど、一緒に遊んでくれる?」
「「「「はーい」」」」
「え、いや、ちょっと、アイカさん、僕はそんなつもりじゃ……」
慌てふためくロニー君を前に押し出すと、子供たちがわらわらと寄ってたかってロニー君を庭の方に引っ張ってく。孤児院を一度見学してみたいという話だったから連れてきたのだけど、とてもいい洗礼を受けているようだ。
集団が立ち去っても残っていたテッドはさっきまでの鋭い視線を霧散させて、もじもじと手遊びをしながら私の方をちらちらと見上げてくる。
「どうしたの。何か話?」
「あの、いや、その……」
うーん。本当はロニー君のことを聞きたいんだろうけど、素直になれないようだ。
「向こうでみんなと遊んでてくれる? 私はシスターたちと少しだけお話してから行くから」
「は、はい」
頭を撫でながらそういうと、テッドがハニカミながら頷いて走っていく。
中庭の方でワイワイやっている子供たちを見ながら口元が緩むのを止められなかった。
ロニー君がどういう子か説明するのがいいのかもしれないけど、なんとなくこのままの方が面白そうだと私の勘が告げている。
もちろん、笑みがこぼれる理由はそういう事ではなくて、子供たちの元気な姿が見られたからだ。
馬車を利用して安全に行き来ができるからといって、頻繁に来られるわけではないからみんなに会うのも二週間ぶりだったりする。
みんな笑顔に溢れて溌溂としていて、初めて孤児院に来た時の頬がこけたがりがりの子たちはどこにもなかった。
それもこれも子爵がきっちりと私との約束を守ってくれた証左だった。
「アイカさん、おひさしぶりです」
「ええ、お久しぶりです」
ゆっくりと近付いてきたのは孤児院を任されているシスターである。クズ神父が逮捕された後、魔神教のテコ入れはあったもののいまだにこの場所に新たな神父は赴任してきていなかった。
それでいいのか魔神教、と思わないでもないが、元々信者も少ないというのはあるため問題もないらしく、シスターの話では一度視察には来たらしいけどそれっきりだそうだ。
「そうだ。だいぶ寒くなってきたんで、今日はスープを持ってきたんですよ」
「いつもすみません――ルーナさん、ちょっといいですか」
「はい」
シスターが呼びかけた女性が、作業中の手を止めて近付いてくる。その女性に馬車に鍋があることを伝えて、キッチンへと運んでもらう。
神父のいない代わりに孤児院ではシスター以外に二人の女性スタッフが働いていた。シスターというわけではなく一般人で、子爵が布バッグを作るために雇い入れている。そのため、厳密にはシスターの部下というわけではないけども、この場所における先輩後輩のような関係ができているのだろう。
「どうですか、最近は」
「変わりなく順調ですよ。これもみんなアイカさんのお蔭です」
「そんなことないって」
「いえいえ」
と、来るたびに同じような会話をしているけども、実際のところ子爵のおかげで経営は赤字を脱している。畑での自給自足の効果もあるけども、メインは布バッグの収益があるということだ。私のちょっとしたアイデアをきちんと商売できる形にまで昇華させた点が子爵の――あるいはメルベさんの功績だ。
パートのような人を雇い入れていることから分かる通り、結構な売り上げがあるのだ。この街が国境近く交易地という関係もあるようだけど、行商人が買い上げていろいろな都市に運ばれているらしい。
「あのーお取込み中にすみません。この部分なんですが……」
「ああ、ここはですね」
パートのもう一人の女性、ニネットさんはシスターに話しかけたと思うのだけど、私が彼女の質問に答える。
最初に布バッグを教えたときのデザインは一つきりだったけども、子爵とともにこの街に戻ってきてから孤児院を訪ねたときに新たなデザインを提供している。シスターに伝授しているといっても、新たな編み方を一度で覚えるのは大変だ。
そんなわけで時々こうして孤児院へ来てはそのあたりのフォローをしている。
孤児院の子たちに会いに来ているのがメインなので、いくつかアドバイスを終えた私は子供たちがいる庭の方へと足を運んだ。
すると、そこではロニー君とテッドがにらみ合っていた。
「で、なんでにらみ合ってるの」
「睨んでません」「睨んでねーよ」
「うん。いつの間にか仲良くなったみたいね」
「「どこがですか」」
「ほーら、息ぴったり」
「「……」」
テッド少年はどうやら私にホの字らしい。自分で言っててちょっと恥ずかしいけども、所詮相手は子供なのだからどうということもない。そんな彼からすると、私の横についてきたロニー君が気になるようだ。年齢的に近いというのもあるのだろう。
大人っぽい発言や賢さからついつい忘れがちになるけども、ロニー君も12歳の子供なのだ。
「お前はだれだよ。アイカお姉ちゃんの後ろを金魚の糞みたいにくっついてきやがって」
「…っ!?」
金魚の糞、そんな暴言を言われたのは人生で初めてじゃないだろうか。ロニー君が余りの衝撃に固まってしまった。かく云う私もテッドの言葉遣いの悪さにビックリだ。
最初の大人しくていい子いい子の仮面は何度か顔を出すうちに少しずつ外れていたのだけれども、さっきのハニカんでる姿から想像できないほど強い調子で話すところは初めて見た。
「落ち着いてテッド。この子はね一緒に子爵様のところでお世話になっているんだけど、弟みたいなものよ。」
「オトウト?」
私の言葉に強く反応したのは、テッドではなくロニー君だった。あれ、私の弟だと不満だったのか。
ちょっと、お姉さんショックだ。
「みたいなものでしょ」
本当のことを言うわけにはいかないんだからしょうがない。という、私の心の声は届いているのかいないのかロニー君の肩ががつんと落ちている。その逆にテッドの口元が弧を描く。
「ちゃんと自己紹介しないから誤解を受けるのよ」
「誤解じゃないと思うんですが。まあ、いいですよ――僕はロニーです。よろしく」
「っ!」
気を取り直したロニー君が改めて名前を名乗って、テッドの前にすっと手を出したけども彼はその手を取ることはなかった。それどころか、
「お高く留まってんじゃねぇよ」
「ええっ」
ぱちんと弾かれた手を見つめてロニー君が呟く。ロニー君は別にお高く留まっているつもりはないのだろう。ただ、平民を装ったところで所作の所々に生まれの高貴さは隠しようがなくにじみ出ている。
握手のために出された手も、上から差し出されたようにテッドが感じたんだと思う。そもそも、ロニー君の言葉遣いは丁寧だし、それが逆にこの辺の子供らしくなく受け入れがたいんだろう。というか、平民に握手という挨拶はない。
「ロニー君は言葉が堅いからね。まあまあ、とにかく仲良くね。そうだ「鬼ごっこ」でもやろうか」
道具がいらない遊びとして私が教えたのだけど、結構評判はいい。
「いや、ゴロンダロンだ。ゴロンダロンで勝負しろ」
私の折角の提案に他のみんなが乗ろうとしていたのに、テッドはそんなことを言ってビシっと指をロニー君に突きつけた。




