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ドンちゃんを考察してみる

 ガラス瓶を指ではじくと甲高い音がキッチンに響き渡った。

 直径十センチの円筒形で高さは20センチくらいだろうか。弾かれたガラス瓶はテーブルの上でほんの少し傾くと、小さな音を立てて元に戻った。

 

「暇だからって空っぽの瓶を相手に何してるんですか」

「ちょっとした実験」


 ロニー君による塩水から水を抜く実験は上手くいったのだけれども、問題はその先だった。グリセリンを含んだ液体から塩水が抜けなかったのだ。


「実験ってなんです?」

「こっちは気にしないで。それより集中だよ集中」

「気になりますって」


 完全にロニー君の手が止まって、私の手元に目が注がれる。


「それ何をしているんですか。逆さまに置いた瓶をさっきから弾いたり揺らしたりぐるぐるしたり。でも、元の向きにはしないですよね」

「よく見てるね……。っていうか、完全に集中してなかったわね」

「だって、これ。上手くいくんですか」


 ロニー君が指さすのは小分けにされた廃液である。

 塩水から水だけを取り出すことはできるし、塩水だけを操ることもできるのに、廃液から塩水だけを抜くことができないのだ。

 さっきから何度もトライしているが、上手くいかないもんだから集中が続かないんだと思う。


「出来る!! 自分を信じて」

「さっきからそればっかりじゃないですか。そんなことより何してるか教えてくださいよ。気になって集中できません。何か中にいるんですか。何も見えませんけど」

「集中してないわりに鋭い」


 ロニー君からしたらこれは空っぽの瓶だ。

 でも、違う。


「そのまま見てて」


 私は体内のマナに意識を集中して外に流した。特に精霊術を使うわけでなくてもマナを出すことは出来る。それができなきゃ精霊石は使えないわけだし、純粋なマナとでもいうんだろうか。


「これって……」

「見えた?」

「はい」


 ロニー君には見えなくても、私には終始見えていた物――ドンちゃんが、私のマナを受けて誰の目にも見える形に顕現する。狭い瓶の中をあっちにフラフラ、こっちにフラフラと困ったように動き回っている。

 妖精って瓶から出れないんだね。これって大発見だよ。


「ドンちゃんを閉じ込めてみたの」

「そ、そんなことできたんですね」

「いや、暇だったからちょっと」

「え、いま、暇だったからって言いました? 僕が一生懸命やってるのに、暇だったからっていいましたよね。やっぱり遊んでたんですじゃないですか」


 あ、やばっ、ついうっかり本音がこぼれちゃってた。だって、水の精霊術は私には使えないしグリセリンを取り出せないことには先に進まないんだもん。


「ち、違うのよ。そりゃあロニー君のお蔭でアルバートから情報を聞き出さなくても良くなったかもしれないでしょ。でも、アルバートに会う可能性だってあるんだし、この問題も先延ばしにはできないじゃない」

「それはそうですけど、いま明らかに「暇だったから」って言いましたよね」

「ロニー君。聞いて」

「言いましたよね」


 ロニー君の素敵な目が鋭く吊り上がってる。


「ごめんなさい」

「いいんですけど、それでどうなんですか」

「どうなんだろうね。正直、触れることが出来ないわけじゃないからさ、握りつぶそうとしたら色々やったんだよね。でも、全然効果がなかった」

「え、ちょ、そんなことしようとしてたんですか。でも、もしもドンちゃんが無くなったら言葉が通じなくなるかもしれないんですよね」


 ロニー君が驚きつつ指摘したように、私だってその可能性を考えなかったわけじゃない。でも、最近はこの世界の言葉もいくらかは理解している。最悪、身振り手振りと覚えてる単語だけで何とかなると思う。

 地元で仕事をしていた時に、日本語も英語もほとんど喋れない外国人が来たことあったけどノリでどうにかなったしね。


「その辺もわからないんだよね。だってさ、いま、こういう風にドンちゃん閉じ込めていても言葉は通じてるわけでしょ。直接的に何かしているとも思えないんだよね。でも、そうなると閉じ込めていてもアルバートの命令を聞くかもしれないって思う」

「じゃあ、意味がないってことですか」

「わからない。そもそも、ドンちゃんが何なのかわからないんだよね。こういう生物って他にないんでしょ。そもそも生き物かどうかも怪しいけど」

「そうですね。聞いたことないですね」


 子供とはいえ公子であるロニー君の元に集まる知識は、この国の平民とは次元が違う。それでも知らないのだから、やっぱり一般的なものではないと思う。


「だよね。やっぱり、精霊教とかに話を聞いた方がいいのかな」

「小さいころから司祭に精霊のお話を伺ったことはありますけど、こんな風に実体化するとは聞いたことないです。もしも、ドンちゃんが精霊教がいうところの精霊の一種なら過去にも記録はあると思います」

「それは私も同意見。そもそもの体系が違うんだと思う」


 瓶の中のドングリのような”何か”は精霊ではないけども、生き物を超越した何かであるのは間違いない。握りつぶそうとしたときは、身体が手の形につぶれてそのまま元に戻ったし、水に沈めても死ななかった。針を刺そうとしてもナイフで切ろうとしても刃が通らない。

 マナを流すと他者にも見える形に顕現するのならと、マナを放出しながら同じことをやったけど一緒だった。


 でも、物理的には存在しているのだ。だからこうして瓶から出れず困っている。わたわたしている様子は小動物のようで愛らしい。


「確かにこうしてるとドンちゃんは無垢で可愛いんだけどね。でも、私の自由を奪うかもしれない何かなの」


 ドンちゃんに恨みがあるわけじゃない。でも、アルバートが「オルトを殺せ」と言ったとき、ドンちゃんから延びた糸が私の体に入り込んで操った事実は消せない。そうである以上、私は躊躇しない。


「ドンちゃんの正体が何であれ、その存在を認めることなんて出来ないよ」

「アイカさん……」


 あー、もう。ちょっとしんみりしちゃったじゃん。そういうのは求めてないんだってば。


「さてと、じゃあ気分転換できたことだし、やり方を変えてみましょうか」

「はい?」

「いきなり挑戦するんじゃなくてさ、塩と砂糖を混ぜたものから塩水取り出してみようか」

「え、え、え、え、あの?」

「だから、廃液から塩水取り出すのが難しいみたいだから、砂糖と塩を溶かした水から塩水だけを取り出してみましょうって」

「言い方変えただけで同じこと言ってますよね。そういう事じゃなくて話の展開について行けないんですけど」

「もう、ロニー君もオルトと一緒で頭が堅すぎなんだよね。だから、上手くいくものもうまくいかないんだよ。柔らかくしないとね」


 常識で固められた大人よりも子供のロニー君の方が可能性は高いと思ったし、第一段階は成功している。でも、やっぱりロニー君は基本が真面目なのだ。凝り固まった頭を解き解すいい方法はないだろうかとキッチンの中を見回しているとあるものを発見した。

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