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トリートメントづくりの一歩目

 石鹸工場でグリセリンを貰ってきた。

 といっても、純粋なグリセリンって訳じゃない。油脂を分離して石鹸を作ると、残ったものはゴミとして処分しているそうだ。

 その工場だけの話なのか、一般的な石鹸作りでそういう扱いなのかはわからないけども、分けてほしいといっても、「そんなゴミどうするんだ」と不思議そうな顔をされただけですんなり譲ってもらうことができた。


「これからそのグリセリンが取れるんですか」

「そう。まあ、上手くいくかはわからないんだけどね」


 鍋に入った液体を見下ろしながら苦笑いで応える。

 グリセリンは透明な液体のはずなのになんか濁っているというかゴミが浮いている。これを見てトリートメントとか化粧品として使いたいとは私も思わない。


「ロニー君、そっちから大きな鍋を取ってもらっていい」

「これですか」

「そうそれ」


 厩舎から移動した私たちは第二キッチンに移動した。第二キッチン。つまり、子爵のお屋敷にはキッチンが二つ以上あるのだ。意味が分からないけど、キッチンがもう一つあったので作業場所として使わせてもらっている。

 ロニー君が出した鍋に蓋をするようにして布をかぶせる。


「そしたら、こっちの鍋を持つよ。せーので持ち上げたら中の液体をこっちの鍋にいれるから」

「はい。せーの」


 声を掛け合って貰ってきた鍋を二人で抱えて、新しい鍋に中身を移し替える。ドバーァッと液体が流れて、布を通り抜けて下の鍋に流れ込む。鍋の大きさが違うので半分ほど注いだところで、鍋を下ろしてみれば布の表面にはいろんなものが付いている。

 そう、私がやりたかったのは単純な濾過だ。


「結構きれいになってますね」

「うん。さっきのままだったらどうしようかと思ったよ」


 数回繰り返して布を除いてみればそれだけで目に見える不純物が無くなってきれいな液体に変わっている。もっとも、これさえも純粋なグリセリンとは言えない。


「ロニー君さ、ちょっと水を汲んできてもらえる」

「えっと、どれくらいですか」

「とりあえず桶いっぱいでいいけど……ロニー君って井戸の使い方わかる?」

「使えますよ。もう!」


 うーん、定期的にロニー君を揶揄うのって止めらえれないよね。背中越しにもぷりぷりしているのがよくわかる。でも、貴族だしもしかしたらって思ったんだよね。


「さてと」


 ロニー君が井戸に水汲みに行っている間に私の方で仕込むことがある。調味料っぽい入れ物があるけど、どれがどれかわからないからちょっと手に取って味で確認だ。そしてコップをいくつか用意して選別した調味料を入れておく。


「戻りました」

「ありがとう」


 ロニー君が桶いっぱいの水を持って戻ってきたので、おたまで掬ってさっきのコップに入れた調味料を溶かしてみる。


「何をしてるんですか?」

「ふっふっふ。さっき濾過した液体があるでしょ」

「はい」

「でも、あの液体にはいろんなものが混ざっているの」


 手元にあるのは石鹸作りで出たゴミである。つまりいろんなものが混ざっているはずなのだ。細かいところまではわからないけど、灰汁を使っていたのは間違いないので、水もたっぷり含んでいるし、塩が混ざっている。


 工場の人の話だと灰汁と油脂を混ぜた後に、塩を加えてほっとくと上の方に石鹸成分が堪るらしくて、上澄みをとって下を処分しているらしい。

 というわけで、手元にある液体には水と塩とグリセリンが混ざってる。煮詰めれば水分は飛ぶと思うけど、塩は取り除けない。


「ここからがロニー君の出番なの」

「僕ですか?」

「そ。ロニー君が精霊術で水を作るときどういう水かってイメージしてる?」

「水のイメージですか。特に何も考えてませんよ。だって水は水ですよね」

「ううん。水は一種類じゃないよ」


 純粋な水というとH2Oなわけで、これは精霊石から取り出すことができる。でも、ユリウスでの事件では裏で精霊術士が地中の水を無理矢理くみ上げていたと思われるけども、その時の水はいろんなミネラル成分を含んだ水だった。

 つまり、精霊術で操っているのは純粋な水というわけではない。


「ロニー君。この水を精霊術で持ち上げてくれる」

「これですか」

「そう。できる」

「できますけど……じゃあ、やってみますね」


 私が用意したコップにロニー君が手をかざして意識を集中させると、水がコップから浮き上がってくる。初めて見る光景じゃないけど、不思議で幻想的な光景だと思う。透明なビニールや風船に入っているかのように膜があるように形作った水の塊が無重力のように宙にふよふよと浮かぶ。


「元に戻していいよ」

「はい?」


 不思議そうに首を傾げながら、私に言われるままに水をコップに戻したロニー君に私は水の味を確かめてと言った。


「味ですか……うへぇ、しょっぱ、これ塩だ」

「そう。これは塩水なんだよ。ロニー君がいま精霊術で操ったのは水じゃなくて塩水なの。これをまず頭に入れておいてね」

「……はい」


 よほど塩水が濃かったのか、しかめっ面をしながらも、何を言っているのかわからないと不思議そうな顔をする。でも、いまの実験はかなり重要な意味を持っている。水の精霊術が操るのは水だけじゃない。水に何かが溶けていても一緒に操ることができるのだ。


「で、次にこっちのコップの水を飲んでみて」

「もう、変なものは飲ませないでくださいよ……あ、これは普通の水ですよね」


 コップに口を付けたロニー君が答えた通り、桶から移しただけの普通の水だ。


「そう、それが水なの。ここからが重要だからよく聞いてね。さっきロニー君が精霊術で操った塩水だけど、いま飲んだ水だけを意識して同じことをしてほしいの。操るのは塩水じゃなくて、水だけだからね」

「いやいやいや、そんなことできるはず――」

「出来るよ」


 否定しようとするロニー君の言葉にかぶせる様にして力強く言い切った。


「精霊術はイメージの力なの。きちんと精霊にロニー君が持っているイメージを伝えることができればそれは出来る。考えてみてよ。本当に精霊術が誰がやっても同じものなら、私が使う精霊術で怪我の治療が出来るはずがない。そう思わない?」

「そ、それはそうですが」

「いままでの常識を壊すものだから一発で上手くいくとは思わないわ。でも、出来るって信じてやれば必ずできるから。コップの水を飲んで感じた味があるでしょ。それをしっかりとイメージしながら、コップから取り出すように精霊に伝えるの」


 ロニー君の両肩に手を置いて、目線を合わせて自信を植え付ける。私は精霊術の研究者ってわけでもないし、言葉でいうほど信じているわけじゃない。でも、半信半疑のロニー君の前でそんな気配は微塵も見せない。

 見せればロニー君は信じられなくなる。


「そうですね。水の精霊術でそんなことが出来るかどうか正直信じられませんが、アイカさんのことは信じられます。だから、信じてやってみます」

「うん。あんまり気張り過ぎないようにね」

「はい」


 ロニー君が目を閉じ意識を集中してコップに手を添える。

 さっきのようにすぐに水が宙に浮くことはない。たぶん、飲んだ水の味を元にイメージを固めているのだ。その様子を見ながら私は祈る。

 出来れば一発で成功してほしいと思う。

 上手くいけなければやっぱり出来ないんだって気持ちが固まってしまうから。

 

 水がふわりと浮かび上がった。

 ロニー君が目を開け、水球に目を向ける。ガラスのコップと違って木製のそれは水球が邪魔をしてコップの底は見えない。

 ロニー君が頷くのを見て、私はすぐ近くに空のコップを持ってくる。それを見てふわふわと水球が宙を漂い、隣のコップに注ぎ込まれた。

 元々塩水の入っていたコップを覗くと、そこには白い物質がこびりついていた。

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