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裏切りの代償

 緊張を強いられた兵士とのひと悶着を経て、街の外を走ってしばらくたったころ馬車が止まった。同じ馬車の面々は私たちが何者か気になってるようだけど、聞くに聞けないそんな顔で視線をちらちらと向けていた。


「休憩にしては早いわよね。何かあったのかしら」

「そんなことはいいですから、もう着替えていいですよね」

「だめよ。まだ気を抜くのは早いわ」

「絶対本気で言ってませんよね。目が笑ってますよ」


 ロニー君もといリッセちゃんの苦情を右から左に流していると、馬車の戸が叩かれた。


「旦那様がお呼びだ」

「私たちですよね」

「ああ」

「しょうがない。降りますか」


 馬車を降りていくと、そこはすでに森の中だった。子爵と再開した草原を通り超えて、私たちが野営をしようと考えていた森のようだ。

 ロニー君の恰好を見てエズラ子爵が小さく噴き出した。


「まだ、その格好だったのだな」

「そうなんですよね。私は街を出たところで着替えたらって言ったのに、いや、もうしばらくはって」

「ちょ、堂々と嘘を付かないでくださいよ。僕は何度も着替えたいって言ったじゃないです。だいたい二度と女装はしないって言ったのに」

「二度とということは以前にも?」

「そうなんですよ。結構好きみたいで」

「そ、そうなのか。まあ、趣味は人それぞ――」

「納得しないでください。アイカさんが嘘ついているだけですから、ああもう、そういうことなら着替えてきます」

「いや、まずはさっきの件の後始末をしよう」

「えっ」


 着替えに馬車に戻ろうとしていたロニー君が間抜けな声を上げる。後始末といえばトークスのことだろう。言われた本人の顔が激しくひきつった。


「トークスを捉えよ」

「だ、旦那様!!」


 トークスの悲鳴が森に響き渡る。

 けれども、子爵の騎士たちは命令に忠実に従いトークスへと剣を突きつける。


「説明する必要はないよな」


 その言葉は私たちに向けられていたけども、同時にトークスへの確認でもあった。私は頷きで応える。子爵は当然、その場でトークスの裏切りに気付いていたのだ。トークスに残された道は本当のことを声高に叫ぶべきだったのだ。

 でも、保身が頭によぎったんだと思う。

 私やロニー君を引き渡せば裏切りは証明されてしまう。エズラ子爵を私という犯罪者から守るという建前があったとしても、子爵から処分を受ける可能性はあるだろう。エズラ子爵家を大きくさせる事の出来る人間を裏切ったのだから。

 どんな処分でも受け入れるという強い意思はそこにはなかったのだ。ただ、邪魔な私を排除できればいいという安易なもの。だから、バレてない可能性にかけてみたかったんだろう。


「選択を誤ったな」

 

 その通りだと私も思う。


「旦那様、これは何かの間違いです」

「見苦しい。俺が貴様の裏切に気付かぬとでも思ったか」


 力強い怒声にトークスの身がすくむ。

 どうせならエズラ子爵からルーデンハイム伯爵に乗り換えるくらいのことを想定していれば良かったのだ。エズラ子爵に気付かれる可能性がある時点で、残る道は途絶えていたんだから。


「流石に街道付近で血を流すわけにはいかんな。奥につれていけ」

「ど、どうか、お考え直しを!!」


 腰から力の抜けたようで立つこともままならないトークスを兵士が両脇から抱えて森の奥へと連れていく。


「エズラ子爵様、本気ですか」


 ロニー君の声が振るえている。


「当然だ。エズラ家に富をもたらす二人を殺そうとしたんだ。許す理由がどこにある」

「そういう割には、私たちが兵士たちに見つかった時はすんなり引き渡すつもりでしたよね」

「当たり前だ。髪の色を変えていて気付かなかったといえばそれで済む話だ。恩があるからといって、我が身を危険にさらしてまで守る必要があるわけないだろ」


 うわー。

 もう、うわーっていうしかないわ。

 それが貴族だって言ってしまえばそれまでだろうけど、ドライ過ぎない? そんな普通に恩人を切り捨てられる? 貴族って人間じゃないよね。

 マジで人間不信になりそう。


「アイカさん」

「あー、子爵様の考えには素直に肯けないけど、さすがにトークスの命乞いをするつもりはないわよ」

「で、でも」

「うーん。前にもいったけど、そういう優しさってロニー君の美徳だと思う。私は好きだよ。そういうところ。でもさ、これから自分がしようとしてることちゃんと理解してる?」

「そ、それは……」


 他の人間が聞いてる可能性もあるから肝心なことは口にはしない。でも、私が言いたいことは伝わってるからいいよね。

 お兄さんを糾弾するということは、イコール命を奪うことに他ならないのだ。それが出来ないのならこのまま平民にでもなって生きるしかない。でも、ロニー君は反対の道を選んだのだ。

 それは自分の命を狙ったことや父親の死との関連を露わにしたいとかいう単純な思いかもしれないけども、その先がどうなるのかわからないロニー君じゃない。

 だったら、そんな甘えたことをいつまでも口にしちゃいけない。


「アイカさんは平気なんですか」

「私たちを引き渡そうとしたってことは、殺そうとしたってことなんだよ」

「それはわかってます。でも」


 私が日本という平和な国で生きていたことを知っているロニー君には不思議でならないのかもしれない。たしかに普通の日本人だったら私みたいに裏切り者なら死んでもいいなんて考えはできないかもしれない。

 たぶん、私は生贄にされたときに、肉体的に殺されることはなかったけども心の一部は喰われてしまったんだと思う。いまの私には裏切り者を許すという選択はない。


「私も思うところがないわけじゃないよ。正直、子爵がトークスさんのことをもっと大切にしていれば、私のことを排除しようなんて考えには至らなかったと思うし」

「俺が悪いとでも」

「だって私たちが話をするとき、トークスさんを下がらせていたでしょ。ただの平民と内緒話をされてたんじゃ面白くないと思うよ。あの人も一応貴族だったりするんだよね」

「男爵家の三男だから、正確には貴族ではないがな。そもそも、俺たちの間の話はそうそうに口にできるものではないだろう」

「でも、側近として信用しているならロニー君のこと教えてもよかったかもしれない。話してれば避けられたと思うから」

「……」


 森がざわめいた。

 風もないのに木々が揺れたのは鳥が羽ばたき動物が何かをきっかけに移動したからだと思う。子爵は一度森の奥を見て、それから私たちに向き直った。

 

「さて、そろそろ出発だろう。二人はこっちの馬車に移るといい。レムリアまでの道中、そっちの馬車ではきついだろう」

「だってよ。ロニー君、着替えてきたら」

「……はい」


 納得してないって顔をしながら、ロニー君が元の馬車に戻っていく。お兄さんとのことを思えば、こういう貴族の在り方を身につけにといけないと思う反面、このままでいてほしいとも思う。


「いいか、お前たち。今日見たこと聞いたことを詮索することは許されん。詮索した結果がどうなるのか、お前たちにもわかったであるだろう。これからエズラ子爵家は大きく躍進する。我々とともにある限り、お前たちには子や孫の代まで安寧が約束されるだろう」


 エズラ子爵の声が森に響き、それは使用人たちの心に突き刺さる。

 ひっそりと処分するんじゃなくて、こんな風にトークスさんを扱ったのは見せしめの意味があったんだろう。これを目にすれば裏切り者はもう出ないと思う。

 ロニー君が着替えを終えて戻ってくると、森の奥から兵士たちも戻ってきた。そこにはもちろんトークスさんの姿はどこにもなかった。

100話を迎えました。

拙作にお付き合いくださいありがとうございます。


記念すべき100話が暗い話になってしまいました。

が、これからもよろしくお願いします。


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