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もしも夢が叶うなら

第6話「里帰り」(仮題)

作者: 夢乃 リボン

前回のあらすじ


主人公は海に行った。

 私は帰って来た。あの六畳一間の部屋では無く、今風に言うとツーエルディーケーの家にだ。

 バスでちょっとした遠出をした帰りに、もういっそのこと実家に帰ってしまおうと公共の交通機関を駆使して片道約三時間半の和風建築の家に来た。我ながら何という行動力だろうと不思議に思う。


「ただいまぁあ!」


 玄関口の引き戸を開けて、大声で挨拶。靴を脱いで揃えていると、後ろから衣擦れの音がした。


「あらぁ、ひろちゃん、お帰り。」

「ただいまおばあちゃん。はい、これお土産。おばあちゃんの好きな羊羹買ってきた!」


 自慢気に白い紙袋を掲げると、お婆ちゃんはにっこりと笑って受け取ってくれた。


「あらあら、わざわざありがとね。」

「ふふん、いいってことよ。」


 お婆ちゃんは思い出したように、「そうだ」と手を打った。


「ちょうど今日、隣の山田さんからびわ貰ったのよぉ。ひろちゃん、食べてく?」

「食べる食べる!」

「今用意するわねぇ。座敷で座って待ってて。」


 お婆ちゃんに言われた通り、私は座敷に上がって真ん中に置かれた卓袱台の前の座布団に正座した。


「のどかだ。」


 座敷に繋がる縁側の障子は開け放たれており、金魚の居る池に、そこに水を流す鹿威し(ししおどし)が見える。

 時々その鹿威しの竹が打たれる独特な音色が聞こえるのだが、その小気味の良い音が私は小さい頃から好きだった。

 ちょうどその音が聞こえて来た時、横から黄色くて丸い果物が載った皿が卓袱台に置かれた。


「はい、お待ちどうさま。」

「ありがとう、おばあちゃん! 頂きます。」

「召し上がれ。」


 お婆ちゃんはいつも琵琶を剥いて出してくれる。橙に近い黄色い果実はとても柔らかく、瑞々しい。果肉に包まれた種が結構大きいのが難点だ。種を外してから食べるか、口に含んで種を吐き出すか人によって分かれるが、私はかじって種を残す派だ。


「美味しぃ?」


 勿論、答えはイエスだ。私はお婆ちゃんの問いかけに大きく頷く。冷蔵庫で冷やされていたのか、甘みが少し増しているように感じた。

 酸っぱさはほぼ無いが、少々渋味があるので好き嫌いが分かれるこの果物だが、お隣さんのご好意で、私は小さい頃からよく食べている。


「ご馳走様でした。」


 焦げ茶色の種だけになった皿を眺めながら、私はその皿を片付けようとしているお婆ちゃんに声をかけた。


「私、今日ここに泊まってくつもりなんだけど、いい?」


 お婆ちゃんは目を丸くして驚いていた。


「じゃあ布団を出しておかないとだねぇ。」

「場所わかるから自分でやるよ。あと、その片付けもね。」


 お皿を載せたお盆をお婆ちゃんからひょいと取り上げ、台所へ向かう。


「気が効くわねぇ。ひろちゃん、ありがとね。」

「どういたしまして。」


 これくらいは当然でしょう、と呟いた。後ろに付いてくるお婆ちゃんに聞こえないくらいの小さな声で。

 蛇口をひねると冷たい水が流れ出る。地下水をくみ上げているので水温は一定だ。なので冬は少し温かく感じる。

 洗剤を染み込ませたスポンジで洗った皿に付いた泡を流し、軽く水気を飛ばして水切りカゴにを立てかけた。


「ひろちゃん、夕ご飯何食べたい?」


 隣で棚の上にお盆を仕舞っていたお婆ちゃんが、棚の下に置いてあるジャガイモを手に取りながら思案していた。

 私はもうジャガイモという存在がインプットされてしまったので、


「肉じゃがかな?」


 ジャガイモを使った料理しか思いつかなかった。


「そうね。そうしましょう。」

「私手伝うよ、切るところだけ。」

「助かるわぁ。味見もしてくれるともっと助かるのだけれど?」


 お茶目に問いかけるお婆ちゃんは可愛いと思う。私は笑顔になった。


「もちろん、喜んで。」


 材料は、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、それにこんにゃくと豚肉。家によっては普通の板こんにゃくを千切ったものを入れるが、うちでは糸こんにゃくだ。

 ここまでは定番だが、うちの肉じゃがには更にとあるものを入れる。

 ジャガイモは手の平サイズのものを八等分にし、玉ねぎはくし切りに。ニンジンは乱切りで適当な大きさに切る。豚の薄切り肉は五センチ長さに切り分けた。


「おばあちゃん、切り終わったよ。」

「はぁい。ありがとね。」


 鍋に油を敷き、温まったら摩り下ろしておいたニンニクを軽く炒める。匂いが出たらすぐさま豚肉を投入し、全体的に色が変わるまで焼いていく。

 焼き色が付かないうちに、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモそして、


「これも入れなくちゃね?」

「我が家の、と言えばこれだよね。」


 お婆ちゃん自家製の干し椎茸を冷凍のまま投入し、軽く炒めたら、出汁と水を一対一くらいで流し、ヒタヒタにする。

 火加減は弱めで、じっくりコトコト。アクを取りつつ、ジャガイモの火の通り具合を見る。

 味付けは砂糖、酒、醤油、みりんの順で入れ、砂糖とみりんはだいたい一対三の割合にする。


「どう?」


 お婆ちゃんが小皿に少し取った煮汁を2人で舐めてみる。


「うん、美味しい。でも、ちょっと濃いかも?」

「そう? じゃあ少しお水を足しましょうか。」


 落し蓋をして煮詰め、煮汁が三分の一くらいでニンジンが柔らかくなっていたら完成だ。


「いい香り。」

「あともう何品か作っちゃいましょうか。何がいいかしらね?」

「うぅん、、、ポテトサラダ?」


 ジャガイモから離れられなかった。



 デジタルテレビに流れるバラエティー番組を見ながらお茶受けのカリントウを頂戴する。


「お母さんとお父さんもうすぐかな?」


 壁に掛けられた鳩時計を見ると時刻は6時半を指していた。

 ボウルに入れてジャガイモを潰していたお婆ちゃんも時計を確認する。


「そうねぇ。もう帰ってくるんじゃないかしら?」


 噂をすればなんとやら、カラカラと玄関の引き戸を開ける音が聞こえた。それと大きなクシャミが一つ。


「ただいま帰りましたぁ。」

「ただいまぁ。」


 お母さんの声に少し遅れてお父さんの鼻声も聞こえた。

 私は障子を開けて二人を出迎える。


「おかえり!」

「あら、ひろちゃん帰ってたの? お帰りなさい。」

「おかえり、ひろな。帰ってくるなら前もって連絡してくれよぉ。休み取るのにさぁ。」

「今日思いついたから。」


 やれやれと首を振るお父さんに、いたずらっぽく笑ってみせる。


「もうこんな時間だし、今日泊まってくんでしょ?」

「うん、そうするつもり。一泊だけだから荷物持って来てないよ。ここに置いてったもので足りるよね?」

「そうね、無かったら私のを貸すから大丈夫よ。」


 両親と話し込んでいると、お婆ちゃんも顔を出した。


「ななちゃん、こうさん、お帰りなさい。早くしないと折角のご飯が冷めちゃうわぁ。今日はひろちゃんが手伝ってくれたのよぉ。」

「それは大変だ、急ぐよ母さん。」


 お父さんはドタバタと二階の自室に荷物を片付けに行った。


「ひろちゃん、お手伝いしてたのね。偉いわ。」

「切っただけだけどね。」


 お母さんが手放して褒めてくれるので、照れてしまった。


「私も荷物置いたらすぐ来るわね。」


 そう言ってお母さんも二階に上がって行った。


「おばあちゃん、配膳手伝う!」





 夕食はとても楽しく会話が弾んだ。やっぱり実家は良いなと思った。





「電気消すよぉ。」


 お父さんが蛍光灯のスイッチの紐に手を掛けた。


「はぁい。」

「いいよぉ。」

「おやすみなさい。」


 お父さん、お母さん、私、お婆ちゃんの順で川の字に敷いた布団。家族一緒に寝たいという私の要望を、みんな快く受け入れてくれた。

 おやすみなさいと呟いて布団に潜る。

 まぶたに透けていた光も消え、視界を暗闇が支配した。


『夢の時間の始まりね。』


 家族のものじゃない、誰かが楽しそうに笑う声が聞こえた。

第7話「家を見守る者」(仮題)に続く。

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