単発SS 「クリスマスの絵本」
「あ、この本…」
そう言って女性が持ち上げたのは、深緑の一冊の絵本。整理していた荷物の奥底から発掘したものだ。
「懐かしい……、最後に読んだのはいつだったかな」
ペリ、ペリペリと小さな音を立てながら、長らく開かれることのなかったページに、仏間の蛍光灯の光が反射する。
絵本の中では、女性と同じ名前、同じ髪の幼い女の子が笑っていた。
初めてのクリスマスツリーに大はしゃぎする女の子に、つられて女性も微笑んだ。
初めてベッドに靴下を吊るす女の子は、期待に胸をふくらませてちょうちょ結び。つられて女性も幼い頃の思い出に胸を詰まらせた。
「初めてのプレゼントだったっけ」
最後のページが開かれる。紙が離れる音は、再会を喜ぶ福音のように女性の耳を震わせる。
『メリークリスマス』
ありふれた聖夜を祝う言葉。それは幼いあの日、自分に向けられた幸せを願う言葉でもあった。
「母さんの字だ」
この本を貰った時は、サンタさんからのメッセージだと大はしゃぎしたものだ。我がことながら無邪気な子供だったなと恥ずかしいような微笑ましいような。
絵本を閉じて、絵本を発掘した箱をさらに掘り返していく。
出てくるのは、あの頃のまま封じ込めた思い出たち。
これはあの時のもの、こっちはいくつの頃のもの……。
郷愁に胸を焦がしながら、優しげに微笑む母に見守られながら、女性は独り、穏やかな時間に浸った。