#04 獣人の親子
第1章ソフィア共和国連邦編始まります!
————とまぁ、うちの娘が海辺で倒れていたお前さんのことを見つけて小屋に連れて帰ったってわけだ」
「エレに感謝しろよ、坊主」
囲炉裏を挟んだ向こう側に座ってもなお僕よりも頭一つ、二つ分ほど座高の高い金髪に色黒、猫目の碧眼の大男は言う。囲炉裏の上ではことこと沸々と鍋の中、見慣れない野菜や魚の白身のように見える何かがごった煮されている。されど、その香りがまた空腹を訴える身体に響く。……そう言えば起きてからまだ何も口にしてなかったんだな。
「本当にお世話になったようで、ありがとうございました」
「この子にも気を失っている間、付いていてくれたみたいで。えっと……エレちゃん、ありがとうね」
「ん……良きにはからえ」
僕は目前の大男に丁重に感謝を伝えて頭を下げた。それから側に座る……いや膝上にいまだ居座り続ける小さな看護士に最大限の感謝として獣耳をもふる。……あれ、なんだ、今一瞬背筋がゾワっとしたぞ?
「ほ、ほほう。小僧……いつの間にそんなエレと仲良くなったんだ……んん?(俺だって最近は撫でさせてくれやしないのにこの野郎)」
呼び方が坊主から小僧にランクダウンした。
なんだろうか。目前の大男からとてつもない殺気――というか嫉妬と憎悪に塗れた視線を感じる。背後に控える憤怒の修羅像を全く隠そうともしていない。あれ……僕もう一回死ぬのかな。
あまりの殺気にそろそろ意識を手放そうかと無意識に準備していた詩空。そこに膝上から助け舟が出される。そして無慈悲の鉄槌をこの幼女、淡々と振り下ろす。
「父さん、めっ」
「早くその鬱陶しいのやめないと父さんのこと嫌いになるから」
《父さんのこと嫌いになるから》
一撃必殺の精神魔法がアトラスの心を穿つ。
効果は絶大だ!
「え、エレちゃん?! 」
「ちょ、おっさん白くなってる!カサカサしてるよ!」
「あれ? ……気絶してないかこれ?!」
「…………大丈夫。いつもの事だから」
「それよりもまだお兄さんの名前聞いてない。教えて?」
父親を半ば活動停止に追いやった幼女は、そんな事実瑣末なことと切り捨てる。詩空は幼女に僅かな物恐ろしさを感じた。
「お兄さん」
幼女が上目遣いで口元に微笑を浮かべる。慣れているよ、この子。幼女とはいえ、女の子。末恐ろしいなぁ。
「……ふぅ。そうだね、自己紹介がまだだったね」
「僕の名前は……
ふと、自分の名前をどう伝えようか詩空は迷う。
日本のラノベ、中でも異世界ものにはテンプレと呼ばれる厄介な事象が付きまとうのは定番中の定番だろう。その中でも、名前。一般的に苗字、姓を持っているのは、こういった世界では貴族と呼ばれる身分に相当するものが持つ。それが常識だろう……とテンプレ的にはそう思わずにはいられない。
さて、どうしたものか。
…………やはり、ここは厄介ごとのタネを自分からまきにいきたくはない。
シア。僕のことはシアって呼んでくれ、エレちゃん」
「ん……わかった。シア兄さん……シア兄」
「うん、シア兄だよー」
「ん……ふふっ」
なんだか妹ができた気分だ。日本にいた時は一人っ子だったから新鮮だ。
……それにしても、どうして僕は彼女たちの言葉を理解できているのだろうか。朧げでよく覚えていないけれどあれのせいなのは検討はついている。
エレを膝上に乗せて戯れながら少しずつ記憶の断片を手繰り寄せる――――
◆
――――白波のざわめきが近くで感じる。磯の香りを近くで感じる。皮膚に張り付く砂利の凸凹や熱さを感じる。そして――誰かが僕のことを優しく揺するのを近くで感じる――――
そうか……どうやら僕は生き延びたのか。偶然か必然か、神の悪戯か、女神の憐情か、それとも……母さんに叩き返されたのか……最後の近い気がする。
「……っ」
長らく炎天下の砂浜に打ち上げられていたせいか。唇がかさついている。ひどい渇きを感じる。
中々声を紡げないが、きっと目の前にいるだろう、誰かに助けを求めなければ。
うっすら瞳を開けようとする。ああ、逆光で全然見えないや。そんなことよりも……
「た、助けて…………」
なんとか言えた。これで今いる場所がどこだか分からないが、助けを呼んでくれるはずだ。
…………? なんだろうか。
態度や仕草から困惑するような雰囲気が伝わってくる。
ま、まさか。ここ日本じゃなくて外国なのか……。そ、それは予想外だぞ。だって僕まともなレベルの英会話できないし! ちょ、何か、書くもの。書くものください!! Help me!!!
「◆◆◆◆――――――
???!!!
何語ですか?!もしかして相当マイナーな辺境の外国に流れ着いたのか…………
途方に暮れかけたそのとき、脳裏におかしなイメージなのかメッセージなのかその両方の側面をもった何かが次々と雪崩れ込む。
『System……wake up. ……optimize environment to adjust to master』
『——はじめまして、マスター』
『私はマスターの祝福能力に属する【System】の一部機能、【SubSystem】管理者補佐です』
『現在、マスターの体内魔素均衡活動低下に伴い能力行使は困難であると判断します』
『代替処置として、補佐システムが一部管理者権限を有効化し、能力を行使します』
『……行使可能性テスト成功……アクセス承認』
『【System】>【Support】>【Analysis】より【言語解析】起動……………成功』
『並行し、〈世界の記憶〉への一時的アクセス試行……〈世界〉より拒否を確認』
『強制干渉開始…………………………成功。表層記憶へ経路構築……成功』
『両プロセスより小規模量子演繹実行……完了』
『言語解析の結果、【共和国語】であると判明。有益性を認め、【System】>【Support】>【Language】下に収納します』
『――以上で代替処置を終了……【System】履歴保存を確認。……管理権限をマスターに返上……完了』
『これにて【System】は一時的に休眠活動に移行します』
…………はっ。瞬くような時間の中、溢れ返りごった返し続けた膨大な情報の波がピタリと止む。……今のはなんだったんだ……?
――――――、もう大丈夫だから」
んんんんん?! おぉぉぉ、わかるわかるぞ!!!聞いたこともなかった外国語?が今では慣れ親しんだ日本語のごとく、クリアにはっきりと明瞭に認識できる。え、なにこの不思議感覚。
あ……これで助かると思ったら気が抜けてしまったようだ。徐々にまた意識が遠のいていくのを感じる。でも、これだけは伝えなきゃいけないな。
「………………り……がとう」
ちゃんと……伝わってるとい……い……な……………………。
◆
あれは……【System】と呼ばれる何かは確かに能力がどうの、魔法?魔素がどうのって宣っていた。だが、しかし……ここはどうも自分がいた世界とは根本的に違うのだろう。獣耳がもふれる異世界だ、魔法や能力があったっておかしくない!と思うしかない。
何も知らない世界に放り出されるってこんな感じなのか。よく異世界モノのラノベ主人公は現実を容易く受け入れやっていけるな。主人公どもに感心するよ、まったく。いや、あれか。作中語られない苦労話ってのがあったのかもしれない。
……………落ち着け、大丈夫だ。何もまだ始まってすらないのだ。これからなんとか情報を、この世界についての情報を集めて何とか生き抜くのだ。
――――――――――シア兄、ねぇ、シア兄?」
ふと声がする方へ意識を向ける。そこには、頰を膨らませむくれたジト目の獣耳幼女が上目遣いで口をへの字に曲げていた。どのくらい回想していたのか、彼女を見ればまた放ったらかしにしていたのは間違いないのだけれど。
「ごめん、ごめん、エレ。ちょっとエレやそこのおっさんに助けられたときのことを思い出していてさ」
「ん……そうだったの?」
「そうだよ。あれはエレだったんだね、『もう大丈夫』って声をかけてくれたの」
「ん、ふふっ」
エレは嬉しそうに微笑んだ。ぶっちゃけ、エレなことしか思い出せていないけど。
そうして思い出したかのようにエレは今まで放って触れてこなかったことについて答える。
「シア兄、おっさんじゃなくてアトラス」
「父さんの名前はアトラスっていうの」
「父さん、いつまでそうしているつもり?早くおきて」
……僕も今の今まですっかり大男、アトラスのことを放っていたことに気づく。仕方ないよね、ずっと視界の端でモノクロ然とした存在感しか感じられなかったんだもの。
その状況を作り出した元凶、もとい悪魔的幼女は大男をしれっと蹴り起こす。
「はっ!え、エレ!!!俺の可愛いエレを奪おうとするやつはどこだ!!!」
「父さん、エレここにいるよ」
「!!!!! おぉぉぉうぅぅぅ、えれぇぇぇぇえぇぇ」
「嫁になんていかないでくれぇぇぇぇぇえぇぇ」
「ずっと父さんt「………やっぱり煩い」
大男がまた殺気を放ちはじめたかと思うと、今度は泣き出し、また幼女に足蹴にされ、……あれ、おっさん喜んでね?
リアル百面相にしばし傍観の立場から眺め続けるのだった。
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………………………
…………………
…………
――そろそろ空腹に耐えられず両者へ声をかけようとする。
「いやぁ、すまなかったな坊主。エレにことになると俺はちっと冷静にはなれなくてな、ガハハハハハ!!!!!」
まともに戻った……ように窺える大男、アトラスはそう笑いながらこちらに近づきどっかりと腰を下ろす。
「いや、エレのお気に入りの『お兄さん』じゃ仕方ねぇもんな(いいか、エレに手出してみろ、容赦せんぞ)」
違った。全然、全く、清々しさを感じるほど根に持ってらっしゃる。殺気を副声音にのみ載せる器用な真似ができるぐらいに。
「んしょっ………父さんは親バカだから仕方ない」
……エレさん、この状況であなたよく僕の胡座下に腰掛けられますね。お隣のおっさんから僕に対してだけピンポイントに殺気を放つ器用なことしているような気がするのですが。
「さぁ、夜はまだまだこれからだ。じっくり俺と会話しようや」
…………異世界最初の1日はまだ当分続くようだ。
拝読ありがとうございました!
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