#03 プロローグ3
大変遅くなりました。すみません。
今回で序章は完結となります。
次話から物語が徐々に動き始めます。
引き続き本作をよろしくお願いします!
『古びた手記 320頁』
——ユグドラシル大陸は地球と同等の大きさを持つ惑星の赤道直下に位置するオーストラリア大陸ほどの陸地である。大陸中心にそびえ立つ最古で最初の世界樹〈始祖樹〉から発せられる純粋な無色魔素の影響で年中恵まれた気候にある。また、その恩恵と相まって〈魔法〉の存在が、生活水準を地球の西洋の頃より幾分ましな程度、しかし周辺国家より進んだ暮らしを人々は享受していた——
『ガイア旅行記——著シンドバット 第5章 ユグドラシル大陸』
——ユグドラシル大陸全土に広がるソフィア共和国連邦、そう呼ばれる大陸唯一の国家が創世建国より今なお存続している。創世の四大英雄、神々とともに邪神から〈世界〉の滅亡を阻止した伝説の英雄が一人、〈賢者〉ソフィア=ローレライが建国したと伝承より伝えられてきた——
『ソフィア共和国連邦 建国宣言原書——序章 賢者ソフィア』
——邪神消滅後、四大英雄たちはそれぞれの道を進んでいったが、彼女は世俗を離れその当時不毛の地であった〈始祖樹〉が存在する〈名も無き大陸〉に隠遁した——
『研究題目《創世》——帝国魔法学院 史学者ロッセル=ガウフォード』
——〈始祖樹〉は邪神との戦闘の余波により魔素創成活動の90%を停止したとされている。しかし、何のきっかけであったのか邪神消滅のち突如として活動を再開させた。それは〈賢者〉ソフィア=ローレライが隠遁後と奇しくも時期があっていたため彼女の功績であったのではないかと推察する——
◆
ソフィア共和国連邦、その始まりは〈賢者〉ソフィアに救われ、人柄に惹かれ、集った四種族の者たち——森人族、獣人族、剛窟族、竜人族——から現在の多種族国家に至る。また、彼女自身は人族と森人族の混血児であった。
しかし、幾数年何百年の時を経て、ソフィア共和国連邦のありようは当時とは異なっていた。ユグドラシル大陸とは別陸地、世界最大陸地であるグランディア大陸の周辺国家、その世界情勢が大きく起因する。
〈世界〉には三強と称される大国家——神聖ミヤノ王国、ガイア教国、フォルテ帝国——とその周辺に点在する諸国郡がグランディア大陸で全土にひしめき合っている。三強各国は創世初期、四大英雄うち〈賢者〉を除いた三者、〈勇者〉ジン=ミヤノ、〈教皇〉エーフィリア=グレゴリオ、〈武神〉フォルテによって建国された。その中でもフォルテ帝国、〈武神〉の再来と称される現皇帝ルーク=フォルテは近年周辺国家に侵攻、呑み込み、版図拡大の姿勢を益々強めていた。
そうした時代の最中であろうが、ソフィア共和国連邦は中立の姿勢を頑として崩さない。数百年に渡り、どのような人種であろうが、過去がどうであろうが、戦火から逃げ延びようとする人々であろうが、自国に快く歓迎し保護するよう賢者ソフィアの教えを建国より従ってきたからだ。このような経緯からソフィア共和国連邦は難民の受け皿となり様々な種族の拠り所として今もなお機能している。
◆
——創世歴2,534年 初夏の候。
ソフィア共和国連邦、獣人領北西部に位置する城塞都市ラピス。そこより数十キロ離れた先、ゲルトラ海洋に面したエールス海岸。ゲルトラ海洋を挟んだ先には三強が一角、フォルテ帝国にあたる。——その海辺に二つの陰がさしていた。
大柄な体格、精悍な面構え、大剣を背負う腰巻一丁の獣人の男、アトラスが口を開く。
「ガハハハハハ!!!!! 今日は大物が手に入ったな、エレ。こりゃギルドの報酬に色をつけてもらわなきゃな」
アトラスは肩に担いだ『シーサーペント』の成体——冒険者ギルドS級指定魔獣——を揺らしながら、隣を歩く小さな人影、獣人の幼女エレーヌに上機嫌で声をかける。
「……父さん、声が大きい、煩い。近いんだから、大きな声で話しかけないで」
幼女は辛辣に抉る様に小さく言葉を切り返す。
「煩い?! え、エレ、父さんそんなこと言われたら泣いちゃうよ???!!!」
「……………」
反応がない。最近、娘の態度が俺に対してますますきつくなっているのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。……これが思春期特有の娘が発する反抗期ってやつかい……。娘二人に辟易しやがるあの野郎のことを散々肴にしてやった。が、いつのまにか俺も子供ってやつを持っちまった。……男親はこの気持ちに耐えねばならんのか……。父さん悲しいよ。
S級指定魔獣を腰巻一丁姿に鼻歌交じりに討伐できる実力者のアトラスであったが、可愛い我が子に対して一歩踏み込めないその背中には哀愁が漂っていた。アトラスは再度愛娘に煩わしいと思われるだろうと覚悟しながらも一歩を踏みだす。
「も、もしもーし、エレちゃん? なんとか言ってくれないか……?」
「………………………………………父さん、あれ」
若干会話のキャッチボールになっていないような気がしないでもないアトラスであったが、愛娘から反応が返ってきただけでその様な瑣末はどうでも良くなる。この男は単純なのだ。
「ん、どうした、どうした? …………ん、あれは……人か?」
エレが指差す方向、海辺に遠目から容姿は分からないがどうやら人が打ち上がっているようだった。ふむ、海で難破した舟の漂流者であろうか。ここ最近の帝国では戦火が周囲に拡大する一方であると海を跨いだこちらにも情報がおおいに蔓延っている。大方、故国より落ち延びて逃げて来られた生き残りだろう。
そんな冒険者ギルドで仕入れた世界情勢を思い出しながら男は娘とともに漂流者の元へと歩を進める。近づくにつれ、どうやら漂流者は見慣れない格好をした少年だという事がわかった。
(ほう……異国のものか。若い頃グランディア大陸に武者修行の旅で各地を巡っていた俺でも知らぬ服装をしているな。まずは帝国のものではなくて良かったところではあるな)
アトラスにとっては愛娘を危険分子に近づけたくはなかったそれだけが重要である。この男は単純なのだ。
寸刻後、漸く二人は海辺に倒れ伏す青みがかった黒髪の少年の元へとたどり着く。
「…………この人、エレと同じ髪色」
「ん? おお、そうだなエレ。だけどエレの方がツヤツヤしてki」
「父さん、診てあげて」
「……うっす。」
褒め始めると止まらなくなるアトラスをエレはせっつき、少年を診療するよう強引に話を切る。
「——生きてるな。外傷も見当たらないし、余程運が良かったんだな」
「おい、坊主。起きろ、俺がわかるか?」
少年はどうやら気を失っているだけのようだ。起こすため頰を適当にひっ叩く。
「父さん、乱暴しちゃ、めっ。……ねぇ、大丈夫?お兄さん、起きて」
すこし適当にやりすぎた様だ。エレに諌められる。
エレが少年の肩を柔らかく揺する。……エレ、なんだか優しくないか?父さんも優しくされたいぞ。
アトラスは少年に大人気ない嫉妬を感じていた。大人気ない男である。そんなどうでも良いアトラスは放って、エレは少年を優しく起こそうとしていた。
「……っ」
少年の呻くようなかすかな音が口から溢れる。うっすらと瞼が開かれる。少年の黄色い瞳の中にエレの不安げな表情がうつる。
「◆◆◆◆◆…………」
少年がこちらに対して何ごとか話しかけてきた。うわ言のようにも聞こえる。
少年の言葉は異国のものだったため、二人には理解できなかった。それでもエレは少年に対して優しく言葉を交わす。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
「……? ……り……がとう………………」
少年は一瞬困惑したような表情を見せたが、その後微かに微笑んで、掠れるような声であったが小さく言葉を返し、そのまま気を失った。だが、二人には少年がなんといったか聞き取れていた。
「なんでぃ、異国のもんかと思ったが共和国語話せるじゃねぇか。最初は帝国の間者かと勘繰っちまったよ、ったく」
アトラスの言葉は粗暴ではあったが、顔は彼にしては安堵の色が浮かんでいた。どちらにしても少々兇悪なツラに代わりはないのだが。
「父さん、早くつれて帰ろう」
エレはアトラスの手を強く引く。
「わかった、わかった。そんな強く引かな、エレ。ちゃんと連れて帰るから」
愛娘のスキンシップに内心狂喜しながらも、少年に対して大人気ない嫉妬を感じずにいられない大男は、獲物を担ぐ肩の反対側に片腕で少年を放り上げて担ぐ。
「父さん、もっと優しく」
「すまない」
やはり大人気ない嫉妬を感じずにはいられない大男、とその隣を歩く幼女は少し足早に小屋へと帰路につくのだった。
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