狩りの鉄則はリスクを負わないこと。
さて、俺は森に狩りへとやって来た。相変わらす移動方法はハイハイだ。
早朝から昼くらいにかけてドラゴンが巣にいたので森へ出るのが少し遅くなってしまった。
あのドラゴン、俺が外に出ようとすると立ちふさがって邪魔するんだよな。
でかいから回り込むことはまず不可能だ。
まあいいや。今日森へと出た理由は魔物の素材を収集するためだ。
俺の狙いはデッドリースパイダー。何かと使える頑丈な糸を吐き出す便利な魔物だ。
体長二メートルにも及ぶ巨大蜘蛛で、魔物のランクとしてはAに該当するらしい。
ちなみに、魔物の名前やランクがわかるのは四回目のゴブ転生前に神さまが全魔物に関する知識をくれたから。
チートを授けるにはあなたの魂は不適格ですが、知識を与えることくらいは出来ます。だってさ。
チートと言えばチートだけど、この情報って普通に冒険者ギルドでも開示されているらしいんだよね。
多分、神さまが知識をくれたのは俺がゴブリンで冒険者ギルドに行けなかったからじゃないかなって思うんだ。
閑話休題。
Aランク魔物って事はAランク冒険者パーティが相対することを想定しているって事だ。
俺のゴブ生が何度か終焉を迎えたくらいには強い。それに奴は狡猾だ。
不可視の糸を張り巡らせて獲物がかかるのをひたすら待っている。
その厄介さがAランクたる由縁なんだと思う。
正直、直接戦闘は余り得意ではないみたいだ。
尤も、うかつに近づくと致死性の毒液を放ってくるからそこだけは注意だが。
デッドリー・スパイダーはとりわけ木々の濃い場所を好む。
自慢の糸を張り巡らせるのに都合がいいからだ。
そして、デッドリースパイダーは木の上で葉に身を隠すように潜んでいる。
その特性上、葉の多い木に当たりを付けると見つけやすい。
この森だとヘブラの木だな。ヘブラの木は水が多いところを好む。
川の近くを辿っていれば必ず群生地がある。
あ、植物の名前を知っているのも神さまから貰った知識だね。
こっちは図書館で開示されている情報らしい。
この森で生きるのに一番大事なのが方向感覚。
幸い、天を貫く霊峰が聳えているので目印には困らない。
霊峰を目印にしばらく森を進んでいるとやがて俺の知っている場所に出た。
俺が森の花園と呼んでいる場所だ。
前世で数年に渡って暮らしていた森の中だ。それ以前のゴブ生でもこの森で生きた経験がある。
経験則から危険な魔物の生息域、食料調達値、安全な水源、ある程度把握している。
最早、庭と言っても過言ではない。
しかし、この花園に出たのは都合がいいぞ。
この花園の花にはちょっと面白い特性がある。
とある便利な植物の群生地なのだ。
赤、白、黄色、青、紫、ピンクと色とりどりに並んだ花から白い株を選んで俺は引っこ抜く。
「ブマアアアアアアアアアアアアアアッ!」
電源切り忘れてギターをアンプからを引っこ抜いたときの強烈な爆音の方が数百倍マシに思える叫び声が森の中に響く。
心臓が弱い人ならこれだけでぽっくり逝ってしまうかも知れないが、知っていればどうと言うことはない。
マンドラゴラだ。白いマンドラゴラには強烈な睡眠促進作用がある。
一度眠ったら百年は起きない。そんなやばい代物だ。
花の色ごとにマンドラゴラの種類が違うらしく、麻痺毒だったり滋養効果だったり食べたときの効果は様々だ。
俺は更にマンドラゴラを引っこ抜く。
引っこ抜く度にマンドラゴラが喚き散らしているが実害は無い……と思う。五月蠅いだけで。
魔物もこの声を不快と思うのか、マンドラゴラを引き抜くときの声を聞いて魔物が寄ってきたことは一度も無い。
俺は白を二本と黄色を一本だけ引っこ抜いた。
マンドラゴラの根は半日くらいですぐ枯れてしまうので保存は利かない。
必要になったときに取りに来ればいいから今はこれで十分だ。
黄色は栄養があって美味しい。そして無毒だ。
根っこに人の顔があることを受け入れられるのならばいいおやつである。
俺は白いマンドラゴラを両手に掴みながらハイハイで移動を再開する。
黄色の花をつけたマンドラゴラの根を咥たまま時折囓りながら森を進む。
パリポリと根菜独特の歯ごたえがあって甘くて美味しい。
そして、食べ終えたところで丁度小川にでる。
後は川伝いに進めばいいかな。
さてと、いつもだったらそろそろ魔物と出会っても良さそうなものだが今日は不思議と出会わないな。
ま、いいや。出ないなら出ないに越したことがない。戦いはリスク以外の何ものでもないしね。
散策中に薬草の群生地を見つけたので場所を記憶しておく。
正直両手が使えないと物の持ち運びが不便だ。早急に鞄を作る必要があるな。
この世界の人間はこの薬草を使ってどうにも回復ポーションなるものを作っているらしいが俺には製法がわからない。使っているところを何度か見ただけだ。
一番チート知識が欲しいところだったのに、神さまは薬に関する知識まではくれなかった。
ま、そのままでもそれなりに効力があるからそれで良しとしよう。
川沿いを歩いているとゴブリンを見つけた。
お仲間だし一応挨拶しようかと思ったが、目が合った瞬間に慌てたように俺から逃げ出した。
うん、それでこそゴブリンだ。意思疎通が不可能なところが実にらしい。
ま、いいか。同種のよしみとして見逃してやろう。襲いかかって来たら殺すけどな。
さてと、どうした物か。計算が狂ったぞ。へブラの木の群生地帯に来てしまった。
大量の葉っぱが茂っていて辺りの森に比べて一段と暗い。
本当はここまでに一匹適当な魔物を捕獲するつもりだったのに。
出来ればCランク以下がいいな。
俺の経験則上、Fランクのゴブリンで危なげなく倒せるのはその辺りがやはり限界だ。
尤も、俺以外のゴブリンだとCランク相手取ると返り討ちになるのは間違いないけどね。
その辺は経験の差って奴だ。
逆に百回も生きていてそれくらい倒せなきゃ情けない。
仕方が無いので元きた川を戻る。戻りながら川縁を観察していく。そしてすぐに目的の物を見つけた。
川の周りには時々、棘の生えた丸いサボテンのような物が生えている。名前はイガ草。まんまだね。
イガ草の中には非常に臭い液体が入っているのだが、とある魔物の大好物でもある。
俺はイガ草の棘が刺さらないように注意深く根元を掘り起こして採取する。
後はその辺の石ころでたたき割ってやればそれで完了だ。
しばらくその場で待っていると、カサカサと茂みから葉のこすれる音がした。
俺はその音を頼りに、握ったままだった石ころをそのまま全力で投擲した。
銃弾のような超速度で飛んでいったのは正直予想外だった。
今世の肉体のポテンシャルはやはりかなり高いらしい。
ウニャン!
どうやら命中したらしい。茂みに手を突っ込んで潜んでいた魔物を引きずり出す。
魔物は既に絶命していた。顔が消し飛んでいたから当然だろう。
デビルホーンキャット。
この森ではゴブリンの次に弱いDランク。
額から鋭く伸びた角だけがちょっぴり危険な……まぁ猫だな。大きくて五十センチくらいだ。
弱い上にあまり賢くもない。
特にイガ草の中の臭い液体の匂いに刺激されると顕著でその液体に体をこすりつけるのに夢中になる。
猫に対するマタタビのような物だ。
正直、その状態のデビルホーンキャットは隙だらけだ。近づいても気づかれない。
俺もゴブ生の前半では食料としてよくお世話になった魔物だ。
この狩り方をしたデビルホーンキャットが臭い点だけが玉に瑕だが、腹は膨れる。
俺は木に巻き付いていた蔦をちぎると、デビルホーンキャットに白マンドラゴラの根っこを巻き付ける。
そしてそれを咥えてヘブラの木の群生地帯に戻る。
この辺りからは慎重に進まないといけない。
デッドリースパイダーの細い蜘蛛糸がどこに張られているかわからないからだ。
だから俺はこうする。
俺はデビルホーンキャットの死骸を適当にぶん投げた。そして地面に落ちたら拾ってまた投げる。
それを三回程繰り返したとき、デビルホーンキャットの死骸が宙に浮かんだまま停止した。
よし、かかった。
後はデビルホーンキャットの死骸を適当に木の棒か何かでつつきながら待てばいい。
待っていればデッドリースパイダーは獲物がかかったと思って勝手に地面に下りてくる。
どうやらデッドリースパイダーは張っていた蜘蛛の巣からある一定の振動を感じると獲物がかかったと判断してとどめを刺すべく降りてくるようなのだ。その習性を逆手に取らせて貰う。
俺は木の上からガサガサと音が聞こえたのを確認すると急いでその場から退避する。
後はあの蜘蛛がデビルホーンキャットごと白マンドラゴラを食べればそれで完了だ。
ちなみに紫の毒マンドラゴラなどを試したこともあるが、デッドリースパイダーに効かない。
嬉々として食べているのを見たことがあるからむしろ好物だ。
赤の麻痺は半々。白の睡眠は例外なく効く。
デッドリースパイダーはデビルホーンキャットに牙を突き立てる。多分牙から毒液を流し込んでいる。
その後、用心深く二、三度つついて死んでいることを確認しはじめた。
やがて死んでいることを確認すると何の疑いもなくもなくその場で食べ始めた。白マンドラごとね。
本来はああはならない。
糸に絡まっていてまだ生きている状態の獲物にデッドリースパイダーがとどめを刺すべき急襲してくる。それが戦闘の開始だ。
糸で絡まって動きにくくなったところで真正面からデッドリースパイダーと戦うのだ。
自分が確実に有利な状態じゃないと滅多に戦闘を仕掛けてこない嫌な奴。
それがデッドリースパイダー。
そのくせ、一度戦闘態勢になったデッドリースパイダーは獲物が死ぬか自分が死ぬまで壮絶な猛攻を仕掛けてくる。殺られる前に殺れ。
その状態のデッドリースパイダーは何をしても怯まないから滅茶苦茶強い。
だが、一度簡単な攻略法がわかってしまえばAランク恐るるに足らずだ。
極力戦わないこと。これが生き延びるための鉄則だ。卑怯は褒め言葉です。
俺はデッドリースパイダーがしっかり眠っていることを確認すると、一息に胴体に手を突き入れる。
搦め手で戦うタイプだからかデッドリースパイダーはそれ程肉体的には強くない。
爪の鋭いゴブリンなら十分素手でも貫くことが可能だ。
俺はデッドリースパイダーの体内から毒袋と蜘蛛糸袋二つを取り出した。
蜘蛛糸袋の中には液体が入っている。
そしてそれが外気に触れることで固まり、糸となるのだ。
つまり、蜘蛛糸は細く射出された体液と言うことになる。
そしてこの蜘蛛糸には二種類ある。獲物を絡め取るためのねばねばの液体。
頑丈な糸を作り出す硬糸の液体。ここで面白いのが硬糸の液体の方。
なんとこの糸魔力を通しやすい。
魔力を通しやすいことで何が出来るかというと、自在に動かすことが出来る。
デッドリー・スパイダーと正面から戦うと、デッドリースパイダーが操るこの糸に非常に苦しむことになるのだ。
勿論、そんな面倒な事はしないけどね。
まだまだ欲しい魔物の素材は沢山あるが、今日の所はこれくらいの成果に満足しておこう。
そろそろドラゴンの巣に帰ろうかな。
さて、毒袋と蜘蛛糸袋は破れやすい。どうやって持ち帰ろう。
抱えて歩くしかないか?
俺はよちよちと遅い歩みで巣へと帰った。七転び八起きの精神で。
転んでも絶対に今日の成果を無駄にしない。
手元に非常に気を使ったせいでめっちゃつかれた。
おかげで帰りつく頃にはとっぷりと日が暮れてしまった。