洞窟内の戦い
――さて、どうするべきか?
まさか白の王が子を産んでいるとは予想外だった。
そしてそいつが血まみれで倒れてるとはもっと予想外だ。
俺は何となく状況が掴めた気がした。
大方子供を襲撃された白の王が怒り狂って暴れているのだろう。
その怒りの矛先を人間に向けるのはやめて欲しい。いい迷惑だ。
白の王の子供に手を出そうと考える人間はまずいないと思う。考えられる可能性は魔物の襲撃だ。
そうなると何故か設置されていた階段が気にかかる。やはり人間の仕業なのか?
だが、そう考えれば白の王が街を襲撃している理由にも納得がいく。
どちらにせよ、白の王の子供が何者かに襲撃された事実は変わらない。犯人捜しに意味は無い。
重要なのは問題をどう対処するかだ。
推測するに白の王の子供が血まみれながらも生きていると言うことは何者かの襲撃を返り討ちにしたと見ていいだろう。
殺されていたらと思うとゾッとする。死んでしまえば今以上に白の王が暴れ狂うのが目に見えている。
それだけは避ける必要がある。
危険な白の王の領域に入る準備として一応回復ポーションは持ってきた。
コイツを使って何とかあの竜の子供を回復させれば白の王の暴虐もある程度収まるはずだ。
同時に俺は目の前の竜の子供を回復させることにある種の危惧を覚えている。
白の王の子供って事は奴は将来的に白の王並みに手の付けられない強大な存在に成長してしまう可能性があるって事だ。それくらいの潜在能力は持っていてもおかしくない。
今はまだ体長一メートルくらいの体躯だが、それでも俺の見立てだと既に中位の竜クラスの実力がある。
今ならとどめを刺すことは容易だ。未来への禍根を断つことが出来るチャンスだ。
だからこそ悩ましい。
ここで目の前の竜の子供を殺せば、白の王の怒りを買って今にも国が滅びる。
王国には俺を含めて白の王を何とかできる人間はいない。滅亡は間違いないだろう。
迷う余地はない。問題は先送りにするしかない。
白の王が二匹に増える未来が脳裏を掠めるが、実際にそうなるのはまだ数万年先の話だ。
竜の生きる時は長い。
人の国の歴史はせいぜい千年程度。数万年あれば幾つもの国が興り滅ぶだけの時間がある。
目の前の竜の子がが成長するよりも王国が内乱や戦争などの何らかの要因で滅びる方が早いだろう。
俺は今を生きる人間だ。
今生きている奴のことだけ考えりゃいい。未来のことは未来の奴が考えろ。
だから決断した。
俺は目の前の竜の子供を助けようと思う。
しかし、厄介だ。目の前の竜の子供は死に体だが、目だけはぎらぎらと輝いている。
強靭な命の意思を感じる。
どうやら奴は人間最強たる俺、ディーク・フリーゲルと事を構える気らしい。
奴は俺の人生で対峙した中でも三本の指に入るほどの強敵だ。
おまけに俺が一度も討伐を成し得ていない中位竜クラスと見た。
幼生にも関わらず、ここまでの力を持っているとは流石は白の王の子供と言うべきか。
だが奴は未熟な子供だ。パワーだけで技術などは何もないと見ていいだろう。
竜種の強さは今までの経験上、基本的に血統が全てと見て間違いない。
人間の十倍から百倍以上にも及ぶ身体能力及び魔法素養。
それだけ恵まれたポテンシャルを持ちながら、竜種は訓練などの努力は執り行わない。
実に勿体ないと思う。
しかし、竜種は何もしなくても強い存在だ。絶対的な捕食者。
元より明確な外敵がいない以上、鍛える意味が無いと言えばまたそれも真理だ。
竜種は本能のまま力任せに戦えば、後は勝手に敵の方がくたばってくれる。
だから竜に戦いの技術はいらない。
当然、真正面からのぶつかり合いでは人間は竜には勝てない。
だが人間にはその差を埋めるだけの技術がある。努力という名の向上心がある。
俺が勝機を見いだすとすればそこだろう。
幸い奴は満身創痍。決して分の悪い賭じゃない。
俺は剣を抜き放つと正眼に構える。決して飛び込まずに待ちの姿勢だ。
距離は三メートル。回避行動に十分且つ、一息で踏み込める距離。
出方を伺うための距離だ。
確かな強者から感じるビリビリとした威圧感。滾る。口角が自然と上がってしまう。
早く戦いたい。しかし、まだ堪えねば。相手に先手を譲る必要がある。
ただただ待ちの姿勢だが、それがまた楽しい。
俺は元々攻撃的な性格だ。人間相手ならば迷わず飛び込んでいるところだ。
人間相手ならば猛攻を仕掛ければ間違いなく崩せる自信があるからだ。
鋭い剣戟を押し込み、相手の体勢を崩して更に追い打ちを掛ける。
こういったことが人間相手なら実現可能な戦術として取れる。
だが、竜などの膂力が勝る相手を剣戟で押しとどめる事は出来ない。この戦術は実行不可能だ。
斬りかかったところで平然と受け止められ、そのまま手痛い反撃を貰う未来しか見えない。
防御側より攻撃側の方がどうしたって大きな隙が生じてしまう。これはどうしたって避けられない。
下手に攻撃をすると、相手の攻撃に対する回避動作が間に合わなくなる恐れがある。
人間相手ならば攻撃を受けたところで何とか食らいついて一度攻撃を返せばチャラに出来る。
だが、竜を相手にする場合は一度攻撃を受けるだけで終わってしまう。
相打ちの戦術を取れない。故に待ちしか選択肢がないのだ。
待ちの戦術ならば相手の出方に合わせて動くことが出来る。
自分の得意なパターンに持ち込む攻めの剣術よりも受けの剣術は技術的に難しい。
少なくとも俺はそう思っている。
なぜならば攻めの剣術ならば相手を自分の思うようにある程度操作できるからだ。相手に特定の回避行動を取らせるように誘導してそこに追い打ちを掛ける。主導権が常にこっちにある。
人間最強を争っている奴らの大半がこちらの方に重きを置く剣術流派だ。
相手よりも先に自分の得意な戦況に持ち込む。
言い換えるならば、格下に負けないための剣術と言っていい。俺は動の剣術と呼んでいる。
俺が師匠に師事した剣術もこちらにあたる。
長くこちらで学んだせいで俺の性質はどちらかと言えば攻撃よりなわけだ。
そしてその対極に位置するのが、いつかのあのゴブリンの剣技だ。
相手の攻撃の質を瞬時に見極め、最適の行動を瞬時に判断して動く。故に動きは最小限。
相手の攻撃を捌きつつ、隙を突いて必殺の一撃を叩き込む。冷静な静の剣術。
この剣術は会得が難しい。状況に応じて自然と体が動かなければいけない。
不定形の応用力の広さこそがウリでそこには一切の決まった型など存在しないからだ。
難しいが習得できれば数段上に行ける技術だ。
俺はこの剣術に触れたことで人間最強の地位を不動の物にしたと言ってもいい。
俺はこの剣術の利は動きの少なさにあると思っている。
勢い任せに件を押し込む動の剣術と違って、重心がいつでも整っているためいつでも攻撃にも回避にも移ることが出来る。
動の剣術では勢いや流れをたぐり寄せることが何より大事だ。被弾覚悟でそれよりも強烈な一撃をたたき込みに行く事がどうしたって必要になる。自分が倒れるよりも先に相手をたたき伏せろって考え方だ。
何より重要なのは丈夫な体。体格。幸い俺は恵まれていた方だ。だから上に行けた。
正直、戦う度に生傷の絶えない戦い方だ。戦いは短期決着が殆どだ。
静の剣術は戦いが長期化することが多いが、慣れてくれば一切の攻撃を貰わないことだって可能になる。
回避に重きを置けばそれこそ竜の攻撃だって捌くことが可能になる。
力に頼らない技術重視の剣技。並の技術では力に飲み込まれるだけに終わってしまう。
だが、それを超越できたならば、そこに可能性が生まれるのだ。
静の剣術は格上の存在に挑むに当たって、スタートラインに立つための最低限必要な剣術なのだ。
だから俺は待つ。それが挑戦者の流儀だからだ。
白の王の子供はこちらをじっと睨んだまま、何かを考えているようだった。
そこには微塵の隙もない。うかつに斬りかかったら数秒後に地面に転がっているのは俺だろう。
――そして、白き仔竜が動く。
白き仔竜は自身の周囲に円錐状の岩棘を数十ほど出現させた。
魔術だろう。生憎俺は専門外だ。魔術で防壁作ったりなんて器用なことは出来ない。
ま、魔導合戦など魔導士にでもやらせておけばいい。
俺には俺のやり方がある。
魔術の発動には精神集中が必要になる……らしい。
その隙を突く。
俺は思いきり地面を踏み抜き、ぐんと加速する。
その直後に岩飛礫が発射される。
思ったより発動が早いが、構わず最短を突っ切る。
俺の体に当たりそうな分だけ剣で弾き落として捌いてしまえばいい。
俺は一息で仔竜の眼前に迫るとそのまま剣を振り降ろす。
その行動を予期していたかのように仔竜は一歩飛び退いた。
そしてそのまま火球を生成し、俺に向かって放ってくる。
俺は手首を返すように火の玉を斬り捨てる。
――そして、膝から下が抜けるような感覚を味わった。
してやられた。火球は囮か。
本命は地面を崩す土魔術だったらしい。
魔法の並列発動は宮廷魔導士並みの魔力操作技術が必要だってき言ったことがあるが、随分と器用なことをしやがる。
バランスを崩しそうになるのを何とか踏ん張る。
その一瞬をついて仔竜は俺に飛びかかってきていた。
半身が埋没した俺の図頭上に鋭い爪が振り降ろされる。
それを俺はなんとか間一髪で剣で受け止める。
ギャリギャリと嫌な音を立てながらも仔竜の爪は剣の刃を通さない。やはり竜の体は頑丈だ。
力の乗った一撃でないと斬り裂くのは難しいだろう。
それよりも俺の背骨が悲鳴を上げていることが問題だ。
全体重の乗った一撃、俺の体が更に地面へと押し込まれる。
体勢を崩されると相手のペースに飲まれてしまう。俺は気合いで竜の爪を押し返す。
しかし、仔竜はそれを予知していたようで、剣を受け止めている腕を軸に回し蹴りをそのまま放ってきた。生憎俺は双剣使いじゃない。その攻撃を受け止めるべき剣は既に使用している。
回避の為の足も殺されている。
甘んじてその蹴りを受け入れるしか無かった。
吹き飛ばされて洞窟の壁面へと背中から叩き付けられる。
俺は額から流れる流血を拭った。
そして、堪えきれずに笑った。
――やべぇ。おもしれぇじゃねぇか!
久々に骨のある相手に巡りあえた。今まで出会った敵の中で間違いなく一番強ぇ。
俺は一切の手加減をしなかった。それがこのザマだ。
もしかしたらここで俺は死ぬのかも知れないな。
だが、それでいい。
爺になって耄碌しながら生きながらえるよりも、体が動くうちに強ぇ相手に殺されて死ぬ方がつくづく俺らしい死にザマだ。
戦いの中に生を望み、戦いの中に死を望む。
死を予見して尚喜色満面。
どうやら俺は、どうしようもないくらいの戦闘狂らしい。
尤も死ぬ気などさらさら無いが。
俺は剣を構え直す。
仔竜はここが勝負所と思ったのか、俺に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。
まだだ。まだ終わっちゃあ勿体ねぇ。
俺は竜の動きを見きって刃で受ける。血を流しすぎているせいか勝負を焦っているようにも見える。
膂力は五分。
俺は老いていき、仔竜は成長していく。
将来的に俺がコイツに勝てる日は二度と来ないだろう。
だからこそ今日は俺が勝たせて貰う。
それ以前に満身創痍というハンデ貰って負けとか情けなすぎる。
十合、二十合と仔竜の爪と俺の剣が打ち合って交錯する。
仔竜は距離を取りたいみたいだが、俺が苛烈に攻め立てることでそれを許さないといった状況だ。
距離を離されたら最後、魔術の餌食になって俺が負けるのが目に見えているからだ。
だからこそ俺は死力を尽くして仔竜と打ち合う。
俺ががっつりと打ち合う姿勢を見せている間は仔竜に魔術を使うための精神集中をする暇など無いはずだ。
やがて、均衡が崩れ始めた。
俺と仔竜の決定的な差は戦闘開始前からついていた体力の差だった。
……ああ、前にもこんな事があった気がする。
強ぇゴブリンと戦ったときも装備の差で俺が勝ったんだっけな。
その事を思い出して急に頭が冷静になった。
そもそもの目的を危うく忘れる所だった。
あのままだったら仔竜に勝ちたい一心でとどめを刺していてもおかしくなかったからだ。
俺の目的は仔竜の制圧。そして回復ポーションによる治療だ。
――だが、冷静になった頭とは裏腹に、俺の体はまだ火照っていた。
仔竜に向かって。振り降ろし始めた腕は既に止まらなかった。
――そして、洞窟の中にけたたましい程のほどの叫び声が響いた。
さて、一日でストック分五話全部吐き出した。後は書くしかない。