弱者(ゴブリン)らしく堅実に生きよう。
主人公の容姿についてご指摘があったので少しばかり加筆修正しました。
ついでに今読み返してみて気になる部分や描写不足と感じた部分も書き足しておきます。
主人公が二足歩行のイメージでなんとなく書いていましたが、完全に四本足イメージに切り替えます。
それに伴ってこの話以降文章と内容を少しばかり変更していきます。
――何かがおかしい。
あの巨大ドラゴンは俺を殺そうとしなかった。むしろせっせと俺のためにエサを運んできてさえいる。
この窖には俺しかいないから間違いないだろう。しかし何故だ?
ゴブリンの赤子だとあまり腹が膨れないからか。
丸々太らせてから食べるつもりなのだろうか?
いや、だったらエサを俺に与えずに自分で喰った方が効率はいいはずだ。
ならばペットとして観察されている?
そっちの方がまだ理解はできる。
まぁ、いずれにせよ今の俺が生きているのはあのドラゴンの気まぐれに過ぎないだろう。
さてと、まずするべき事は今いる場所の確認かな。
とても広い洞窟の中だ。幅が百メートル近くあるトンネルを想像して貰えるといいかもしれない。
五十メートルくらいありそうなドラゴンの住処なんだから当然と言えば当然か。
俺はしばらく辺りを見回した後、おもむろに立ちあがる。
そして、数歩歩って突然後ろに転んだ。
ん? 今何かに躓いたか?
気を取り直してもう一度。
身を起こして再び歩く。
背中とお尻の辺りで何かに引っ張られるような重量感を感じる。
おまけに大分短足な気がする。一歩一歩の幅が小さい。
短足ゴブリン。悲しい。
更に皮膚は血の気も感じない程に白くておまけにひびも割れてる。
変な病気だったりしないよな。奇形で疾患持ちとか泣くぞ。
健康的な緑のゴブリンカラーが懐かしい。
あ、でもそれは森のゴブリンだけの話か。
寒い地方のゴブリンは雪に隠れるために元々白いからね。砂漠だと黄土色。
多分、弱いゴブリンは身を守るために地方事に保護色みたいな肌の色になるんだと思う。
よく考えたら俺も寒い地方でゴブリンとして生まれたときは肌が白かったことあるし、砂漠に生まれたときは乾燥でひび割れてたこともあったな。
そう考えると気にしすぎかもしれない。
それよりも歩けないことの方が問題だな。
いつもは生まれてすぐわりと歩けたんだけどな。
だがまぁ、個体によって足腰の丈夫さには差があるし今回はその辺に恵まれなかったのだろう。
生まれてすぐならこんなものか。足取りがおぼつかないのは仕方がない。そう思おう。
しばらくはハイハイで移動していればいいだろう。
ハイハイに切り替えたら移動しやすくなった。やっぱり支点が増えると安定感が違うね。
短足なせいで膝をつかないで足の裏で体を支えられる点も大きい。
足がいつもの半分しか長さがない故の利点だな。
短足ってマイナスイメージだったが、ハイハイをする分には都合が良かったんだな。
洞窟内を隅々まで見て回って元の位置へと戻ってくる。
洞窟の入り口は崖だった。落ちないうちにさっさと引き返してきた。
多分標高五百メートくらいなんじゃないかと思う。落ちたら即死だ。
何のつもりか知らないが俺を逃がさないつもりか。
ゴブリンは空を飛べないんだぞ。鬼畜ドラゴンめ。
外に出れないのなら仕方がない。自分が居る場所については概ね把握できた。
ならば出来る事をしよう。
そうだな、訓練がいい。
足腰が立たない今できる訓練は限られているが、無為に時間を過ごすよりずっといい。
訓練とは即ち、弱者が生きるための知恵だ。
今まで百回近くのゴブ生を送ってきて俺は訓練の重要性を嫌と言うほど理解している。
しないのとするのでは大幅に生き残る確率が違ってくるのだ。
それを多くのゴブリンは理解していない。
だって馬鹿だから。
俺はゴブリン最下種であるノーマルなゴブリンにしか生まれたことは無いが、せめて階位が一つ上のゴブリンリーダーやゴブリンマージクラスに産まれればもっと上手くやれる自信があった。
なんせ、俺の思考能力は日本人だった頃の物を受け継いでいる。そして、死んでも記憶が残ると言うことはさながらゲームで言うトライ&エラーを曲がりなりにも実行できると言うことにある。
何が正解で何が間違いか。
俺は累計で二百年近くにも登る百回のゴブ生の中でそれなりに見つけてきたつもりだ。
最初は一ヶ月生き延びるのすら難しかったけど慣れてくると最弱なゴブリンでも五年や十年は生き延びられるからね。
実は意外と俺はゴブ生経験豊かなのだ。十六年しか生きなかった人生経験よりも遙かに得た者は多い。
寝ていても外敵の気配を察知する技能。
身体スペックの足り無さを補うための予測回避に似た動き。
格上の魔物に挑む胆力。
効率的な訓練方法。
弓、槍、剣、魔法、格闘と間合いや状況に応じて戦闘方法を変える技術。また、使いこなす技術。
……ああ、思い返すだけでも地獄。血反吐を吐くトレーニングもあっさりと種族の差で覆される。
それでも必死で駆け抜けた二百年だった。
さて、俺がゴブ生経験の中で偶然得た画期的なトレーニング法について詳しく話をしよう。
それは身体強化と魔力強化、魔力操作と全てを一気に鍛える事が出来る夢のような方法だ。
その分、気を抜いたり些細なミスで一発で昇天してしまいそうなほど体に負荷がかかる。
最悪、今回のゴブ生が夢でしたとなりかねない。
ゴブリンが生き残るためには運が必要。
運無しに生き延びようと思ったら、それくらい命がけの訓練をひたすら繰り返すしか無いのである。
俺は基本的に他人の架けた石橋の脇に自分で石橋架けて渡るほど慎重な性格だ。
命の危機は成るべく遠ざけたいと考える人種だ。
そんな俺が訓練無しに魔物に挑むよりも、完了までに三割は死ぬ訓練の方が総合的に生き延びる確率が高いって判断しているあたり酷いだろ。実際訓練中に何度も死んだしな。
出来れば俺だって死ぬような訓練はやりたくないが、ドラゴンの巣にいる時点でそういうわけにもいくまい。生き残るためには強くなることが必至。強くなることには明確なメリットがある。
一度鍛えてしまえばそのゴブ生の間はそれほど魔物に怯えなくて良くなる点だ。
生きていれば最低で数百、長生きすれば数千と魔物と相対する。
その全てを弱いまま対峙するのと強くなってから対峙するのでは生存率に差が出ることは明白だろう。
一度鍛えないで数年生き延びてみたが、毎日怯えながら過ごすのは非常にしんどかった。
この辺が俺が訓練を行うべきと考えている点だ。
訓練と言っても剣や槍を振り回す訓練ではない。
むしろそういった技術を磨く訓練は百回近くのゴブ生の中で既に済んでいる。
今更技能向上の余地は殆どない。魂が武器の扱い方を覚えている。必要なのは剣や槍などを使うために必要な強靭な肉体を確保することだけだ。
どちらかと言えば今まで得た技能を今の体に転用する訓練になるが、それは歩けるようになってからの方が望ましい。だからその準備のための訓練。
即ち強い体を作ることが今から行う訓練の目的だ。
そしてその為の訓練の内容だがやることは至極簡単。まずは魔力が濃い場所に行く。
俺が今いるこの場所はドラゴンの巣穴。ドラゴンは膨大な魔力を垂れ流している存在だ。
つまりここは絶好のスポットと言ってもいい。
次に食料を用意する。出来れば肉がいい。
今回の場合はドラゴンが持ってきてくれるから心配しなくていい。
丁度巨大なミミズの死骸があるな。それを食べよう。
そこまで準備が整ったら体内にある魔力を操作する。
そしてその操作した魔力で極小の針を作り、体中の細胞を半分ほど殺す。
ここでポイントなのが細胞を完全に破壊しないこと。細胞核を半壊させるイメージがベストだ。
半死半生になったら後は気合いで飯を食らって再生を待つ。
この時重要なのは絶対に生き延びるという意思。これが足りないと割とあっさり死ぬ。
これだけで完了である。
後は体が治癒したらこの一連の作業をひたすら繰り返して細胞の破壊と再生のプロセスを効率的に行うだけだ。
新しく出来た細胞は筋肉の自己修復のように前よりも強くなるのだ。
果たして人間にも効果があるかは未検証なのでわからないが、とりあえずゴブリンには効果があった。
言うなればこれは自己進化である。
ついでに進化について触れておくが、この世界には進化の概念は無い。
ゴブリンに生まれたら一生ゴブリンのままだ。ゴブリンキングはゴブリンキングとして生まれてくる。
出世魚のようにただのゴブリンがゴブリンキングになったりはしない。
そんな簡単に進化できるなら俺もこんなとち狂った方法とったりしないよ。
ゴブリンを初めとする魔物は総じて自己再生能力が高い。ある程度の怪我は一晩あれば治る。
ゴブリンは無理だが、魔物の種類によっては身体欠損すらも治ってしまう程だ。その際、体を治す材料として膨大な食料と魔力が必要になる。そしてその自己修復中に周囲の魔力濃度が濃ければそれを自身の細胞に組み込んで再生することがわかっている。
そうして修復された細胞は強靭且つ、魔力を蓄えやすい性質まで持つ。
更に細胞を一つ一つ狙撃すること自体に繊細な魔力操作が必要になるからその辺も自然と鍛えられるというわけだ。
これを知ったのはほぼ偶然。二十六度目のゴブ生だったかな。
魔物に襲われ何とか逃げ延びたのが魔力の濃い洞窟だった。
そこで怪我が治るまで身を潜めていたのだが、快癒後元よりパワーアップしていたのだ。
俺はその事に疑問を覚え、二十六度目のゴブ生をその研究のために当てた。
そして二十七度目のゴブ生で今の訓練法を完成させた。
そして二十八度、二十九度目のゴブ生で訓練効果を試していたところ、まだ体が出来上がる前のゴブリンの幼生の方が訓練効果が高いこともわかった。
と、言うわけで俺は早速この訓練を行うことにした。
訓練は出来る限り幼いうちに早く行った方がいい。
普段なら獲物を狩れるまで成長してから実行に移すので何もせずに肉が手に入る今回は運がいい。
俺は集中すると体内の魔力の流れを感じ取る。
魔力の流れは個体によって異なる。魔力の強弱、流しやすさ、微妙に違いがある。
まずは個体ごとのクセを掴んでそのクセに合わせた運用が必要となってくる。
……さて、今回の体は。
魔力は……とんでもなく多いな。
魔力を水に例えるならば枯れ井戸と太平洋くらいの差くらいがある。
いつもの体だと必死に探ってなんとか魔力を捻り出すのに対し、今回の体は放っておいても自然と体の底からわき出してくる感覚がある。
魔力の流れも恐ろしいほど速い。そして量を運べる。
いつもが道路の脇にある側溝くらいだとすれば、今回の体は四大文明を育んだ巨大河川くらいの魔力運用ポテンシャルがある。いつもの体だと、側溝に泥が溜まっているかのような流しにくさ(クセ)があるのに対して今回は全くといっていいほど抵抗がない。
……あれ、本当にこれ俺の体か? 何かの間違いじゃないよな。
なんだか自身がなくなってきたぞ。
だが、可能性が無いわけじゃない。100回も生まれ変わったんだ。
別の種族に転生する確率をそろそろ引き当ててもおかしくはない。
そこから推測するに俺は何かの間違いでゴブリンマージかなにかに産まれたんだろう。
短足なゴブリンマージってのは未だ見たことないが、俺が知らないだけでいるのかも知れない。
奴らはゴブリンの中でも特に魔力素養に長けているからな。
そもそも俺がゴブリン以外に転生するなんてあり得ないからな。百連続とか最早呪いじみている。
世界の因果律とやらがどうしても俺をゴブリンにしたいようなのだ。
でも、その点ゴブリンマージならまだ理解できる。
ゴブリンマージは稀に通常ゴブリンと兄弟として生まれることがあるからな。
運命がちょっとずれたと考えれば、俺がそれを一回くらいは引き当ててもおかしくはないと思うんだ。
しかし、ここに来て変化を見せるとは思わなかった。
もしかして、百回ボーナスで転生する位階が一個あがったとかそんな事実あったりしないかな。
次転生してもゴブリンマージだったときは小さな変化、偉大な一歩とでも思っておこう。
ゴブリンナイトからバロンゴブリン、ヴァイカウントゴブリン、アールゴブリン……と着実に成り上がってゆくゆくはキングにまで上り詰めてみるのもいいかもしれない。
あと、どうでもいい疑問なんだけど、キングが率いる同じ群れにゴブリンショーグン、ゴブリンロード、ゴブリンエンペラーなんての見かけたんだけどどう言う社会構図なんだろうね。合議制かな?
正直、百回転生しても掴みきれないくらいゴブリンという魔物には謎が多い。
しかし、初の上位種だ。とはいえまだまだゴブリンのカーストピラミッドで下から二番目。
嬉しくないと言われれば嘘になるが、浮かれる必要は無い。浮かれてもいい事なんて無いからだ。
生まれの強さに胡座を掻いたゴブリンジェネラルが狼百匹にあっさり殺されてしまったのを俺は知っている。ゴブリンジェネラルは魔法を使って良し、武器で戦っても良しの強力な個体だ。
それでもあっさり死ぬ時は死ぬんだから、魔法素養以外は通常ゴブリン並のゴブリンマージ如きに胡座を掻いている場合じゃない。
常に油断せず謙虚に努力を重ねて生きる。
これが百回のゴブ生の中で学んだ生き残るために一番大切なことだ。
その為にも鍛錬を開始しよう。
俺は一通り魔力を体中に流してみて感触を確かめる。流れ自体はスムーズだし言うことはない。
問題はいきなり魔力量が増えたこと。いつもの感覚で扱おうとすると津波のような魔力の流れが発生し、制御をミスって物理的にはじき飛ばされたりと大変苦労した。
だが、慣れれば大したことは無い。無い物を無理矢理集めて使おうとするよりも蛇口の先を絞るような感覚で運用する方が楽だって気づいたからだ。そこからは早かった。
三時間ほどで前世までと同じように魔力を扱えるようになった。
試しに火の魔術を使ってみたがライターほどの火でも非常に安定した状態で出せるようだ。
魔力に余裕があったので、実験的にもう少し火を大きくしてみようと魔力を流したところ炎はあっと言う間に三メートルサイズに成長。洞窟の壁面を焼いているのを見て俺は慌てて水の魔術を発動させて鎮火。
最後に洞窟内の酸素消費量に不安があったので風の魔術を発動させて洞窟の空気を入れ換えた。
この間僅か一分の出来事だった。
ここまでやってまだ自分が疲労していないことに気づく。しでかしたことの大きさも同時に理解した。
前世の俺は全力で魔力を集めてもテニスボール大の火球しか作れなかった。
それを作れば一日疲労困憊で動けなかったほどだ。
そういう理由もあって前世の魔法なんて魔力節約の関係で長さ一センチ弱の小さな魔力針を相手の目に向けて発射する嫌がらせ専門の代物だったもんな。
改めて思う。大は小を兼ねるって言葉があるように小は頑張っても大にはなれないのだ。
これを知ってしまったら元のゴブリンには戻れないな。
……はぁ、ずるいぜ。ゴブリンマージ共。こんなのチートじゃないか。
魔力操作にひとしきり慣れた頃、ドラゴンがエサを持ってきた。今日は何とゴブリンの死体だった。
弱さ故に食料が慢性的に不足するゴブリンの間では共食いは別に珍しいことでは無かった。
当然俺もゴブリン同士の殺し合いに参加したことがあるし、別に今更忌避感はないがあのゴブリンと俺の立場の差を考えると微妙な気持ちだ。
ドラゴンにエサを与えられる側とエサにされる側。
いつもだったら俺もエサになる側だった事が、何とも俺を不安な気持ちにさせる。
今はドラゴンの気まぐれで生かされているだけでいつ殺されるかわかったもんじゃないからだ。
不安ってのは自分が足りない事をわかっているから感じるんだ。
だからこそ不安を払拭するには足りない部分を埋めないといけない。
そう、訓練だ! 暇があったら訓練だ! これはゴブ生で学んだ非常に大事なことだ。
ドラゴンはエサを置くと洞窟の外へと飛び立っていった。
どうやら俺のいる洞窟は山の中腹くらいにあるようだ。下を覗き込んだら断崖だった。
ゴブリンは空を飛べないんだぞ!
脱走のチャンスすらも奪うなんて狡猾で嫌なドラゴンなんだ。
ドラゴンの洞窟にとらわれの姫様ならまだしも、野生のゴブ様を助けに来てくれる奇特な勇者などどこにもいないだろう。自力でどうにかするしかないな。
仕方ない。いつかあのドラゴンを屈服させよう。屈服させて下まで連れてって貰おう。
無理かもしれんが挑戦する前に諦めるのは流石に早い。
俺はエサが手に入ったこのタイミングで早速、例の訓練を行うことにした。
魔力を針にして細胞を殺す。
……だが、ここで問題が起きた。
魔力針が細胞に貫通しなかった。
ゴブリンマージは細胞も丈夫なのだろうか?
わからないが、幸いなことに今回の体は魔力量は多い。
今までの魔力量で傷つかないならば傷がつくまで魔力を増やしてやればいい。
どんどん流す魔力を増やしていく。
結果、全力に近い魔力を総動員してやっと俺の体に傷がつき始めた。
慣れた作業とは言え痛みと出血で頭がくらくらしてくる。
そろそろ辞め時だろう。
死ぬか死なないかの瀬戸際まで追い込むのがパワーアップの秘訣だと俺は思っている。
以前に試したことがあるが細胞を一割殺しただけじゃ殆どパワーアップしないのだ。
多分、生命の危機に陥らないと自己進化には繋がらないんだと思う。
血が足りない。肉、肉、肉。
俺はゴブリンの死骸を貪った。貪って貪って泥のように眠った。
理由はわからないが、今は何故かドラゴンが庇護してくれているからいい。
だが、いつまで気まぐれで生かして貰えるかはわからない。
俺はどうせゴブリンとして生きるしかないが、かといってこのゴブ生を捨てていいとは思っていない。
生まれたからには精一杯生き抜くことが命に対する真摯な向き合い方だと思っている。
ドラゴンに殺されるならば仕方が無い。
だが、出来ればそうならないために頑張って強くなるぞ。
堅実に。油断なく。生き残るために。