とある守護竜の話 その2
「生まれてきてくれてありがとう」
そう我が子に声をかけたのだが、あからさまに警戒されているようなそんな印象を受けた。
待望の子供だっただけに流石にショックだった。
私によく似た真っ白い子供。将来がどんな風になるのかが楽しみだ。
果たして成長は守護竜である私に似るのか、それとも眷族の子達に似るのか。
今はまだ分からないが、どちらにせよ見守っていけたらいいなと思っている。
私に子供が産まれたことは嬉しかったが、私にはあまり一緒にいてあげられる時間が無かった。
非常に面白くないことに、そのタイミングで闇の軍勢の活動が活発化したのだ。
勇者ハセガワは既に没している。
森の周囲にハセガワが興した人類の国家はあるが、そこには神の力を持った人間はいない。
つまり、この近辺で闇に対抗できる戦力は私しかいないのだ。
だから私は後ろ髪を引かれる思いで我が子を置いて巣を後にする。
私の本来の巣は山の向こう側にあるのだが、あちらは魔物が比較的強い。
つまり、魔物に取り付く闇の力が強いことの裏返しでもある。
そんなところに我が子は置いてはおけない。
だから魔物が比較的弱い側の山に子育て用の巣を築いたのだ。
築いた場所は山の中腹ほどの崖。
崖になっていれば魔物は上がってこれないし、中腹程度の高さなら例え落ちたところで死んだりはしない。
目を離すことは怖いが、私本来の役割を放棄するわけにも行かない。
もし、世界を放棄して闇に世界の管理権限をいつイブでも奪われでもした時にはこの世界は我が子共々消えることになるだろう。だから私に選択肢はない。
私が行かなければ眷属達が苦しい戦いを強いられる。
私に出来ることは本来の仕事の合間に森で魔物を狩って最低限のご飯を運んでくることだけ。
早く問題を片付けてなるべく一緒にいられるように頑張ろう。
まだ生まれて間もない小さな子供だ。
私の眷族に産まれる子供と同様と考えるならば、まだまだ行動範囲はそれほど多くないはずだ。
……見通しが甘かった。
ある日、仕事を抜け出して我が子の様子を見に来ると、我が子は血まみれで倒れていたのだった。
幸い息はまだある。だが危険な状態に変わりは無い。
急げばまだ間に合うかもしれない。
私は急ぎ人間の王国へ向かった。ハセガワが餓えた聖樹の木の実を取りに行くためである。
人間達は私が上空を横切ることをよしとせず、弓や魔法で迎撃態勢を取ってきた。
無視しても良かったのだが、無視をして人間達が聖樹の元まで私を追ってきて戦闘になることは拙いと私は考えた。
聖樹の守護結界は強大だ。私でも破るのには時間がかかる。
私も聖樹も元は神によって作られた存在だ。
聖樹の周囲には一種の聖域とも呼ぶべき世界が構築されている。
その間に人間達が私を討伐するべくやって来て、あまつさえ戦火の余波が聖樹に飛び火したら目も当てられない。
だから私は一時的に、通りかかる村や街を時間ごと凍結させることにした。
こうしておけば増援は出せないはずだ。
私は聖樹の元までやって来ると世界に干渉を始める。
私が頼めばこの世界は進んで力を貸してくれる。
仮にも世界の守護竜だ。
それだけの貢献を世界にしてきた自負がある。
私はこの世界のほぼ全ての魔力全てに干渉、命令することが出来る。
私は守護竜として『氷』の理を司っている。
故に、この世界では私が望む場所に望む性質のものを『氷』と定義し顕現できる。
勿論完全に万能な力では無い。制約もあれば出来ないこともある。
具体的に言うと理の管轄の及ぶ範囲でのことだ。
私が不定型な炎そのものを氷と定義することは出来ない。それは炎の理の管理者権限だからだ。
だが、例えば熱を持った形ある氷ならば私寄りの理として処理出来る。
私に出来るのは他の理を司る者が支配下に置いていない魔力に対する絶対命令権。
仮に魔力が生物の体内にあろうが、対象が理の支配者でなければその魔力を支配領域下に置く事が出来る。
聖樹の場合はちょっと特殊だ。無所属の魔力が指向性を持って流れている状態。
この魔力の方向に関して決めているのは聖樹を創った神という事なり、私から見れば上位存在に当たる。よって、この聖樹からコントロールを奪うことは出来ない。
しかし、流れの方向は変えられずとも流れている魔力なら変質できる。
あくまで自由な魔力が一定のルートで流れるという命令しかないからだ。
魔力自体が操作されて統制されているわけではない。
だから私は聖樹を流れる魔力を一時的に私の支配下に置く。
そして魔力に干渉し氷と化し、魔力の川をせき止める作業をする。
聖樹の周囲を流れる魔力は膨大だ。
一部を変えたところで新たな魔力が流れてきて氷という穴を防がれてしまう。
膨大な魔力の流れを全て氷に変えるのは一苦労だ。だが、無限ではない。
一方で私は魔力を管制操作するだけなのでそこまで疲労はしない。
時間を掛ければ均衡は崩れる。
尤も、数日かかったのは計算外だったが。
山ほどの氷を作り、均衡が崩れた一瞬をついて私は聖樹から実をもぎ取った。
その後、一時的に支配下に置いておいた魔力を無所属へと戻しておく。
ここまで来るときに凍らせた人間の町や村も同様だ。
聖樹は人間達の安全な生活のために必要な木だ。万病を治す木の実を付けるだけではなく、強靭な防御結界も兼ねている。その為人間の国の近くには魔物は入り込めない。
魔力の自然な循環が防御結界のキモなので、私の管理下ではその役割が成り立たなくなってしまうのだ。
私は森の守護者の代行を一時的に引き受けてくれたハセガワにそれなりに恩義を感じているし、彼の作った国や子孫を痛めつけたいわけではない。
彼らの方は私が怖いみたいだが、私を恐怖に駆られて殺そうと考えたところで簡単に無力化できる。
必要に迫られない限りは出来るだけ共存したいと考えている。
我が子の待つ巣に戻ると、異常な事態が起こっていた。
私が巣を離れた数日の間に人間がやって来ていたのだった。
それも、剣を振りかぶり今にも我が子を殺そうとしているところではないか。
私は全力で我が子を助けるべく必死に駆けつけ、その人間を丸のみにした。
幸い我が子は死んではいなかった。私は聖樹の木の実を与えることにした。
我が子の傷が塞がってようやく人心地つく。
冷静に考えてみると我が子の傷は裂傷などではなかった。
もっと複雑な破壊のされ方だった。
魔力の暴走。
闇に取り付かれた眷族理性を失う前に最後の力を振り絞って自爆するときの破壊のされ方に似ている。
どうやらこの短期間の間に誰にも教わらずに地力で魔力の扱い方を覚えたらしい。
親のひいき目抜いてもかなり優秀だ。だからこそ心配だ。
正しい指導が早急に必要だが、遠くで眷族が私を呼ぶ声がする。
後で時間を作らないと。
私は休む暇無く闇との戦いへと戻った。
少し思うことがあったので我が子を育てている洞窟の上に新たに洞窟を作っておくことにした。
それから数日。ずっとお腹の中がもたれているような感覚があった。
仕事を終えてに巣へ帰ると我が子はいなかった。どうやら勝手に外へ出て行ってしまったらしい。
心配で探しに行こうと思ったのだが、ここで私の体に変調が出た。
産気づいたからだった。どうやら身ごもっていた命は一つだけではなかったらしい。
新しい命の誕生は素直に喜ばしい。闇との戦いの最中でなくて良かった。
出産にはエネルギー使う。
しかし、ここの所活性化し続けている闇の侵攻は一向に留まる気配を見せない。
遠く、眷族に呼ばれ私は再び巣を後にする事になる。
疲労でふらふらだが、ここで死ぬわけにはいかない。
闇の侵攻が予想以上に激しい。比較的穏やかな我が子のいる森の方にも影響が出始めている。
そろそろ手を打たなければいけない。
子育ての片手間では足りない。
徹底的に交戦する必要がある。
私は数日掛けた魔物を狩っては頂上の洞窟に凍りづけにする作業を始めた。
長ければ数年かかるかもしれない。子供達に忘れられてしまわないか。
それだけが不安でため息をつきながらの作業だった。
もう一人の子供が生まれた。黒い鱗を持っている。
私の眷族には黒い鱗を持つ竜はいない。きっと私ではなく彼に似たのだろう。
いつになるか分からないが、森が安定したら顔見せに行かなければ。
私は子供達を山頂の洞窟へと閉じ込めた。嫌われてもいい。無事であってくれれば。
きっと地上は戦火で酷いことになるだろう。
ここから私は苛烈な戦いに身を投じることになる。
これが終わればきっとあの子達と一緒にいられるはずだと信じて。




