灰色の世界の中で
長らく更新を止めてしまってごめんなさい。
暇をみてちょっとずつ書いてましたが、ここ最近ほぼ執筆をする時間が取れなかった。
後は内容に関してちょっと煮詰まってました。
しばらく忙しそうです。
一応完結は目指しているので書くことやめることはありません。
ですが、少なくとも今月、来月中は多分不定期の更新になります。
定期的に更新できる目星がつきましたらまたお知らせします。
――灰色の世界の中。
そこは時間の停止した世界だった。
全ての色を失い、ただ無機質で無音。空気の類もないらしく、呼吸なども必要が無い。
この世界はどうやら現実とは少し異なる異質な空間なようだ。
この世界に来るまで例の自傷訓練によって満身創痍だった俺だが、この世界に来た瞬間から怪我の無い状態に戻っている。
ただし、風景自体は色がないことを除けば元いた洞窟内と寸分違わない。
カラーの動画を無理矢理一枚の白黒写真にしてしまったと言い換えればわかりやすいか。
俺はその理由が何となくわかる。
この世界からは何のエネルギーも感じない。
つまり、ここは総エネルギーゼロの世界。
唯一の例外は俺と特異点である熱い氷だけ。
俺は体が白いから分かりづらいが、確かに鱗にきらめきを残している。
氷の方も透明で分かりづらいが、確かにそこにあって熱を発している。
言わば、エネルギー保有体だ。
俺と熱い氷とこの灰色の世界。
まずは両者の違いを知る必要がありそうだ。
その為にもこの世界のことを調べなければいけないだろう。
さて、さし当たって何から調べるか。
俺はしばし考えて結論を出す。
うん、決めた。まずは元の世界との違いを探ることが肝要だろう。
広さはどうなのか。この世界でも物質法則は同様に成り立つのか?
エネルギーを感じない理由は何か?
この辺りを順に調べていこうと思う。
俺は洞窟の中を軽く見て回る。
洞窟の奥には相変わらず氷壁がある。以前冷蔵庫代わりにしていた壁だ。
直近に見たときと、まるで様子は変わっていない。
次にクロを見つけた。ぐったりと地に伏している。
オブジェのように固まって動かない。大量出血している血だまりもそうだ。
これも固まったまま動く様子がない。触れてみたが鋼鉄のように硬かった。
俺はその場で黙考する。
やはり時間は停止しているせいなのだろうか?
時間が停止しているから物を動かすことは出来ない。
ならば、次はこの世界の広さの方が気にかかる。
俺は洞窟の外へと飛び出してみる。
そこから見た風景は不気味だった。
森の全体は見えるものの、所々虫を食ったように暗闇だけが支配する領域がある。
森の外に到っては全てが黒一色に塗りつぶされている。
俺が今いる霊峰の山頂及び、峰の向こう側も同様だ。
不完全な世界。
しかし、俺はその理由を割とすぐに理解した。
暗闇の配置にはある一定の法則性があった。
暗闇が蔓延っている場所は、俺がまだ行ったことがない場所だったからだ。
この灰色の世界では俺の知らない場所は表現されない。
どういう事なのだろうか?
俺の知っている場所以外は闇に覆われていて進めない。
つまり、この世界は俺の記憶を何らかの形で読み取って構築された世界だと言うことになる。
そして唐突にフラッシュバックする母さんが俺に送りつけてきた氷の世界のイメージ。
そう、俺が氷の世界の王様だったイメージだ。
……う~ん、あとちょっとで何かが分かりそうなんだが。
俺が考え込んでいると、灰色の世界全体が不意にガタガタと震え始めた。
バリバリと灰色の空の上空を紫電が走り始める。
そして空に小さな黒点が浮かび始めるとそこを中心に灰色の世界がボロボロと瓦礫のように砕け散り始めた。降り注ぐ灰色の世界の破片。
その向こう側に突如現れた暗闇の奥。
俺はその中身を覗き、そして戦慄した。
灰色の世界の空の中央に途轍もなく大きな顔が浮かんでいた。
直径数十キロ四方。
六角形の板ににのっぺりとした顔面を貼り付けたかのような不気味な異形がその虚空の中には浮かんでいたのだった。
俺は直感する。
アレはヤバイ存在だと。
心の中を直接抉られたかのような寂寥感が襲ってくる。
俺も知らない俺の所有物を勝手にを奪われていく恐怖。
逃げようにもどこにも逃げ場がなかった。
灰色の空の真ん中を不気味な顔面は陣取っている。表情はなく、特に何かを考えている風でもない。
ただただ不気味に浮かんでいるだけ。
時折その体を灰色の世界にぶつけては瓦礫へと変えていく。
そして不気味な顔面は大きくかぱっと口を開けた。
ヒュオオオオオオオオッ。
唐突な突風に体を引っ張られた。世界全体を上昇気流が包んでいる。
空気が向かうはあの不気味な顔面の口元だ。
この世界に空気は無かったはずだが、どういう事だ?
いや、それよりもこのままだと不味い。
食われてたまるか!
俺は必死に地を蹴って洞窟の中へと避難しようとする。
だが、上から引っ張る力に抗うのは想像以上に難しかった。
浮遊感が俺の体を襲った。前足の裏から地面の感触が消えた。そして次は後ろ足。
そこからが早かった。
ぐんぐん俺の体は上昇していく。そして、不気味な顔面がどんどんと近づいてくる。
……あ、駄目だ。食われる。
そう思いかけたとき、俺の視界の先を白い閃光が走り抜けた。
「……ギリギリ間一髪ってところかしらね。優秀な子ってのも厄介なものねぇ」
気づけば、母さんの手の中にいた。
「緊急事態だからお母さんの言うことを良く聞きなさい。今からイメージを送ります。それを拒絶しないで受け入れて欲しいの」
母さんはそう言うと、以前俺の脳内に送り込んできたイメージとそっくりの映像を俺の脳内へと流し込んできた。掃除に、俺の心に何かが接続されるような感覚を覚える。
またも俺の心に入り込んだ何者かによく分からない何かを奪われる感覚があるが先程と違ってそこまで嫌な感じはしない。
俺は大人しく受け入れることにする。
「いい子ね。今からこの世界を一時的に掌握するわ」
その言葉と同時に世界は豹変する。灰色の世界は一瞬にして白銀の氷の世界へと。
「あなたの支配領域を私の支配領域とリンクさせて貰ったわ。後はお母さんに任せなさい」
支配領域?
それが何なのか問いただしたかったが、不意に眠気が襲ってきて言葉を発することさえ億劫な状況に陥った。例えるならば、外部操作による命令で制御を奪われたパソコンに近いだろうか。
命令系統の混乱を避けるためにスリープモードに移行されたかのような印象だ。
「まずはあの厄介なのを追い出さないといけないわね」
「…アレは?」
何とか言葉を絞り出す。あの不気味な生物の正体だけは眠りに落ちる前に知っておきたい。
「あれはいくつかの滅びた世界の残滓。滅びた世界を受け入れられず現存する世界を妬ましく思う存在。言うなれば、この世界の理の外からの侵略者ね。いずれにせよ、放置して良いものではないわ」
母さんはぐんぐんと上昇していく。
そしてその巨大な顔面に怯むことなく果敢に突っ込んでいく。
「その存在ごと凍りつきなさい」
母さんが吼えると辺りの空気が収束し始めた。いつの間にか空気が戻っている。
俺の足りない物だらけでちぐはぐな灰色の世界とはこの氷の世界は違う。
何が違うかというとリアリティの差だ。母さんの世界はほぼ現実と変わらない。
現実を氷に置き換えた違いはあるが、ほぼ完全な世界だ。
その世界の中で刺すような冷気を帯びた巨大竜巻が一度に何本も生成される。
それは地上から伸びる天を支える巨大な柱のようだった。
それが一気に収束して巨大な顔面を包んでいく。
巨大な顔面が瞬く間にバリバリと凍り始める。
しかし、母さんと比較しても遙かに巨大な質量だ。全部凍らせるまでにはいかなかった。
巨大な顔面もその体の半分を凍らされては流石に不味いと思ったのか、暗闇の奧へと逃げるように去って行く。そして世界の天上に開いた空はゆっくりとじわじわ闇を侵食するように自己修復を開始した。
……そこまで確認したところで眠気に負け、俺はそのまま意識を失った。




