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どうやら俺の自傷訓練が迷惑行為だったらしい

……やばい。最近執筆の時間が取れない。

ストックをこれで使い切ってしまった。

明日は旗日、頑張るしかないね。


 俺は母さんの残していった氷の結晶を眺めている。


 すると、クロが近づいてきた。


 「なぁ、さっきのみてたか? 竜どものやりとりだ」


 「ああ、母さんクイーンって呼ばれてたね。ただのドラゴンじゃなかったんだったね」

 

 「当たり前だ。白の王って呼ばれてるくらいだからな。ほんと、あれが今の母さんだなんて前世の俺が知ったらびっくりするぜ」


 「白の王?」


 「ああ、そうか。お前ずっとゴブリンだったんだよな。昔、人間だった頃に聞いたことはねぇか?」

 「ないね。で、白の王って何?」

 「この世界に八体いるとされる王竜だ。どいつもこいつも普通のドラゴンと比べると馬鹿みたいにでけぇ」

 「母さんも王竜でいいんだよね」

 「ああ、そうだ。王竜は世界各地に居を構えていて基本的に住処から出ねぇ。とんだ引きこもりだと思っていたがあのやりとり見る限りなんか裏がありそうだな」

 「王竜って他に何がいるの?」

 「その体の色に王を付けた呼称で呼ばれる。白の王、黒の王、赤の王、青の王、緑の王、金の王、茶の王、銀の王って具合にな」

 「じゃあ、王竜とそれ以外の違いって何だろう」

 「俺にもわかんねぇな。ただ、普通のドラゴンの成体の大きさはさっきの白い奴らぐらいだな」

 ああ、あれ子供じゃなかったんだ。

 どうしても一番身近なドラゴンである母さん基準になっちゃうよなぁ。

 「……ところで疑問なんだけどさ。俺もクロも母さんくらいでかくなるのかな」

 「可能性がないわけじゃないな。普通のドラゴンサイズで止まるかもしれんが」

 そっちの方がいいのか? 

 あんまり大きくなりすぎると隠れるところが無くなってプライバシーもないぞ。

 ただ、体が大きければ戦闘力に直結し、生存率が上がる。悩ましいところだ。 


 ん、戦闘能力?


 そうだ! 母さんがいなくなった今がチャンスだ。

 今なら母さんに魔力干渉で邪魔されることはない。

 食料である魔物の死体はまだ一杯ある。

 久々に条件が整ったと言ってもいい。


 さっくり魔力の濃い場所まで行って一回自傷訓練しておこうと思う。


 「……ぐはぁっ!」


 突然血を吐いて崩れ落ちる俺。

 やや驚いて飛び退くクロ。


 後は必死に肉を食って寝るだけだ。えっと、肉はどこだ。

 あ、五メートルくらい先に山になってる。

 あ~体がだるい。しまったなぁ。肉をもっと近くまでもってくるんだった。

 いつもなら肉まで意地でも這っていくところだけど、目の前にはクロがいる。

 家族だし、助けてくれるよね?


 「ねぇ、クロ。肉もってきて」

 「……い、いや構わないが大丈夫なのか? どう見ても血まみれで悠長にメシ食ってる場合じゃには見えねぇが」

 「大丈夫。自分で怪我して肉食って治すまでが訓練のワンセットだから」

 「……は? 訓練? それが? どう見ても病気のそれだぞ。いや、前にそんな状態を見たことあるな」


 前にというのはクロが人間だったときの話だろう。 


 「いや~、あの時はまじで殺されるかと思った。この訓練って死の寸前まで自分を追い込むことに意義があるから戦闘になるとやばいんだよね」

 「自分で死にかけの怪我って正気かよ。……あ」


 クロが何かに思い至ったらしい。


 「……まさかそれで白の王……いや、母さんが暴れたんじゃないだろうな!? 町が幾つも氷漬けにされて大惨事だったんだぞ! ……まぁ、その後どうなったかは俺は知らねぇが」


 そうか。そんな事があったのか。知らなかったとは言えご迷惑をおかけしました。

 そう言えば人間時代のクロは母さんに食われたもんな。

 生まれてからは俺とずっと一緒にいたし、今の王国のことを知るよしもないか。


 「……っはぁ。竜に生まれちまった今更かもしれんが、俺が死んだ後どうなったか教えてくんねぇか? 一応俺も国の要請でここに来たんだよ。自分の最後の仕事の顛末くらいは知りてぇ。失敗したから尚更だ」

 「俺は詳しくは知らないよ。母さんが虹色の変な実を持って帰ってきたくらい」

 「なるほどな。そういうことか。なら国自体は恐らく無事だな。目的は聖樹の実だったって事か」

 「聖樹?」

 「勇者って呼ばれたルキアノの初代国王ハセガワ・ゲンジが二百年くらい前に植えたとされる木だな。どんな怪我や病気を治すことが出来る実を年に三つだけつける。王国の宝だ。ま、俺よりもずっと長く生きている母さんが存在を知っていてもおかしくはねぇか」


 ハセガワ? 日本人みたいだね。奇遇にも俺と同時期にこの世界に来たらしい。

 俺と同時期にこの世界に来たのはトラックの運ちゃんだけどまさかねぇ?


 「しかし、王国をパニックに陥れた白の王の災害がただの自傷訓練が発端でしたって口が裂けても言えんな」


 クロはそう言いつつも魔物の死骸を二匹ほど目の前に運んでくれる。

 それに必死に貪りつく。


 「……しかし、そこまでやるほどの価値があるのか? その訓練は?」

 「怪我なんて一番嫌いだし意味がなかったらやらないよ。クロはやったことないの?」

 「……ない、俺の知っている訓練と違う。訓練は怪我をしないために行う物だ、違うか?」

 「違わないね。一応ゴブリン時代に俺も生き延びる最善手として行っていた訓練だからね。筋力は鍛えるにも限界があるし、何よりこれが時間効率が一番いい」

 「そんなに効果があるのか?」

 「うん、試した結果、ゴブリンの場合は五年間やってようやく身体能力二倍だね。元々持っている魔力が少ないことも関係しているのかな? ドラゴンになった今ならそう思う」

 「しかし、五年かけて二倍って思った以上に微妙だな」

 「うん、普通はそう思うでしょ。でもね、五年過ぎるとゴブリンは人間と違ってもう半分生きたことになるんだ。少しづつ体が衰え始める。人間と違って老衰するまで全く動けなくなるわけじゃないけど、それでも運動能力は少しずつ落ちる。寿命までの十年を安定して生きることを考えたら最低でも五年やり続けることが必須なんだよね」

 「でも、別に今は違うんだろ? 四年経っても年とったか怪しいくらい俺達は成長してないぞ。大きさがまるで変わってない。年取っても動けることが目的ならその訓練はあまり必要ないんじゃないか?」

 「いや、ドラゴンはこの方法使うともの凄く伸びしろが大きい。最初の一回で一気に身体能力が二倍に伸びた。二回目以降はそれほど効果は出ないけど、それでもゴブリン時代よりは遙かに伸びるよ。余りに爆発的に伸びるからやらないでいるのは勿体ないって思っちゃうんだよね」

 「……そ、そんなになのか?」

 「うん。クロも一回死にかけてみる。余りの成長幅にびっくりすると思うよ」

 

 クロは最強を目指したいらしいからね。

 身体能力の底上げはやっておいて損はないと思う。


 「……やる。騙されたと思ってやる。お前のことを俺は認めている。だからお前が言う強くなれる方法があるなら何でも試してみるべきだ」


 そういうわけでささっとやり方をレクチャー。

 クロはいまいち魔力操作が上手くないので、見かねた俺が魔力針を作ってクロの細胞を半分ほど殺してあげた。


 「……あ……し、死ぬ……こ……これ……きつ」


 クロはぐったりとしたまま血だまりに沈んでしまった。


 「コツはね、意識が飛ばないように食いしばることだよ。頭の中を支配しようとする白い領域とのせめぎ合い。慣れないと白い領域に簡単に意識を持ってかれちゃうからね。一回持って行かれるともう戻ってこれないから気をつけてね」


 クロは返事も出来ないらしい。


 こればかりは慣れだからなぁ。

 なんせ俺のゴブ生のおよそ三割の死因がこの自傷訓練だ。

 訓練自体で白い領域に負けて死ぬことも幾度かあったが、何より多かったのが訓練直後の満身創痍状態を狙われるケース。

 死にかけゴブリンじゃどうにもならないことがままあるんだよ。

 こればかりは運としか言いようがなかった。


 クロがぐったりしてしまって、肉を食う元気もないようなので無理矢理肉を口に詰め込んであげることにした。食わないと本当に死ぬからね。


 さて、死にかけている間は体がだるくてあまり動く気が起きない。

 だが、ドラゴンなら半死から三時間ほどで完全回復できる。恐ろしい自己治癒の速さ。

 ドラゴンの生命力は改めて凄まじい。死にかけて尚余裕がある事もそうだ。

 なんか七割の細胞死でも耐えられそうな気がする。

 俺の直感だと七割死の訓練効果は五割死の今と比べて大分跳ね上がると告げている。

 そっちの方が生命の危機度が高いからだ。

 いや、やめておこう。折角ドラゴンという当たりを引いたんだ。

 ただの思いつきでこのドラゴン生を無駄にすることはないだろう。


 七割死はいつかまたゴブリンにでもなったときに試そうと思う。

 どうせ長生きして十年。ゴブリンの命は安いからそれほど惜しくはない。

 どうせ俺の存在は例え死のうが永久に続く。

 安定して長く生きられる可能性がある今を捨てる方がよほど勿体ない。

 

 俺はそう結論すると、母さん残していった氷の結晶へと体を引きずって向かう。

 ただ死にかけているだけじゃ時間が勿体ない。こういった時にでも出来る事があればやるのだ。

 いかに時間効率をよく物事を進めるか。生物がより成長するための鍵はそこにある。

 生物に与えられた時間は平等ではない。長命なほど優遇されている。

 これは十年という不平等極まりない時間を押しつけられ続けられた俺が、ゴブ生の中で学んだ大事な考え方だ。


 母さんの残していった氷の結晶を観察する。


 そして、違和感に気づいた。氷の結晶の周りが靄のような空気の屈折で歪んでいる。

 俺はそれに少しばかり手を伸ばしてみて熱気を感じた。


 そう、熱気だ。


 母さんの残していった氷は熱したフライパンのように熱かった。

 

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