後宮に現れた幼なじみ
物語は雨が1日中降り続いた水無月のある日の出来事から始まった。
後宮女官として働く蒼杏樹は頼まれた書物を取りに慌ただしく廊下を走っていた。
ドテッ
「いったーーーい!!!」
杏樹は転んでしまった。新調した衣が少し大きく、裾を踏んでしまったのだ。昨日、母上から衣が送られてきて嬉しくなってしまい、今日すぐにでも着たかった。その結果、衣の仕立てもせずに着たために転んでしまった。
その時、誰かが近寄ってきて声をかけた。
「こんなはしたない女官雇ってるなんて後宮も変な趣味してるねー」
「良庵!なによ!あなた突っ立ってないで手ぐらい貸しなさいよ!」
杏樹に憎まれ口を叩くこの男は漢良庵である。杏樹の幼なじみである。上層貴族の漢家の息子であり、科挙は上位で合格した強者である。
「こんな色気のない女官に手貸すの俺くらいだからな。」
と言って手を差し出す。
「どうせ私なんて色気ないわよ!手を貸してくださってありがとうございます、副武官長さん!」
そう言ってはいつも杏樹を気にかけて助けるのがこの男の役目だ。漢良庵は若くして副武官長に任命された優秀な官吏でもあった。
「ところで後宮に何の用事?美しい綺麗な女官のみなさんでも見に来たの?副武官長さん!」
「その呼び方やめろよ!そんな訳ねぇだろ!ちょっと用事があってな…」
良庵の性格上、杏樹の様子が気になって見に来たとは言えず下手な嘘をついた。
「じゃあ早くその用事に戻りなさいよ!お仕事頑張ってくださいね!副武官長さん!」
杏樹はわざとらしい作り笑いをしてその場を去った。本来の目的である書物を探しに向かったのである。その後、良庵は肩を落として自分の部署に帰っていった。