96 日常の向こうへ
魔王領特有の淀んだ朝日が身体を照らす。
俺はチェルと一緒に、モンムスたちを遊ばせるため魔王城裏にある広場に来ていた。
むき出しの地面が広がり、枯れた森に覆われた場所だ。
魔王なんてオドロオドロしい存在に風光明媚を求めることは間違っているのだろうか。間違っていんだろうな。
モンムスたちは各々、グループを作って元気にはしゃぎ回っている。
あいつらが生まれてから気づけば半年。見た目もいつの間にか二歳ぐらいになってんだよなぁ。
最近は特訓している姿もよく見る。ちゃんと楽しくすごせているのか心配になってくるぜ。
「何を不満そうな顔をしているのかしら。みんな元気に育っているじゃないの」
チェルが金色のボブカットを揺らしながら振り向いた。
切れ長の赤い瞳が挑戦的に見つめてくる。
「確かに強く育ってくれることは嬉しいんだけどな。堅物にならずに、もっと自由にのびのびと育ってほしいんだよ」
特にグラスとシェイはもったいない子供時代を送っている気がするからなぁ。
眺めるとシェイは立ったまま集中をしている。グラスはひたすらスクワットを繰り返していた。
ついでにアクアも、槍の素振りをしている。
「あいつら、ちゃんと人生に楽しみを持っているのか?」
「そこはコーイチのアニメがあるじゃない。ストーリーにドギマギしている瞳の輝きは、子供特有と言えるのではなくって」
「まぁ、否定はできないけどな。でもアニメ以外にもたくさんあると思うんだ。特にシェイは食べ物に関心を持ってほしいぜ」
「グラスは思惑通りにキャロットケーキを食べたものね。野菜と知らずに。事実を知ったらどうなるかしら」
「絶対に言うなよ」
親子の会話で、苦手な物を知らずに食べたことをバラして反応を楽しむってある。けど、グラスは偏見タイプな気がするから、知った瞬間に手をつけなくなると思う。
ちなみにレシピをリアさんに伝えたのは俺だ。あの人、いたずらを楽しむような笑顔で引き受けたから、ちょっと怖かったんだよな。
野菜をちゃんと食べさせるのが第一段階だからな。第二段階の野菜を野菜として食べさせるにはまだ早い。
「のうわぁぁぁ!」
考え込んでいると、大空から野太い悲鳴が聞こえてきた。
見上げてみる。エアがシャインの頭を下にして、両腕を足でしっかり固めながら落ちてきていた。
本日の必殺技。エア、ビッ○ベン・エッジは止めてやれや。
顔から汗が一筋流れるのを感じながら、枯れた森へ落ちていく二人を見つめた。
ガガァンって衝撃音なんて聞こえない。絶対に聞こえてなんていない。いいね。
「あの二人もなかなか期待が持てるわ。やっていることは目にあまるけれども」
チェルも微妙な顔つきになっている。
空中殺法を得意とするエアはなぜかプロレス技に目覚めちゃうし、シャインは我が道を突き進むだけ。
ある意味では一番人生を楽しんでいんだろうけど、あれはあれで不安だ。
「気づいたらデッドとヴァリーはいなくなってるし」
「見方を変えたら頼もしいわよ。冒険心が成長を促すこともあるもの」
「確かにな」
むしろそれくらいヤンチャな方が子供らしいか。自立も早そうだしな。
エアが一人で戻ってくると、今度はフォーレと一緒に飛び出した。シャインはダウンしているのだろう。
「フォーレは基本、受け身なんだな」
「一番油断ならないのも、あの子なんだけれどもね」
きっとフォーレには助けられることも多いだろうからな。一番頼りになるのも彼女だし。
みんなそれぞれ、自分の未来に向かって歩んで行っている。親から子が離れていくことは当たり前だ。
それに、母親たちの信念もしっかりと受け継いでいる。俺なんかがどうこうしていい代物じゃねぇ。
俺は俯き、開いた手を見つめる。
この手にはモンムスたちの人生が乗っている。俺は、この手であいつらに首輪をかけようとしている。
自分のわがままのために、未来を鎖で締めつけようと考えている。子離れのできない情けない親に成り下がろうとしている。
わかっている。チェルの手助けをするには俺の力は弱すぎることぐらい。モンムスたちの力を頼らなければならない。
けど……
考えがグルグル回って答えが出ない。もうずっと悩んでいる。
クソッ!
俺は歯をかみしめながら手のなかの思いを握りつぶした。
「ツラそうね。よかったら、相談に乗るわよ」
微笑みを湛えて覗き込んでくる。赤い瞳はすべてを受け入れる大地のようにやさしく輝いていた。
「チェルの気づかいなんてらしくないぜ。でも、ありがとな」
「あら、つれないわね」
チェルに心配されるほど思いつめちゃいないさ。時間がないのはチェルの方なんだからな。
けど、相談か……
俺の気持ちを打ち明けるくらいは、やるべきなんだろうな。
打ち明ける瞬間を想像するだけで、心に黒いモヤがかかってしまう。とても振り払えない量のモヤだ。
覚悟を決めるにはひ弱な俺だけど、もう立ち止まってはいられなかった。




