93 グラスの一日 その1
ベッドのなかでぬくもりに包まれながら思う。母さんの言っていた忠誠心と、その相手について。
魔王様の強さに惹かれた。チェル嬢が姫だからこそ守りたい。
お二方に対する思いは理解できた。だが、あの方とはいったい何者なのだろうか。
母さんが対等と認め、そして認められるほどの誰か。
頭にどうしても引っかかって、ここ数日は碌に集中できずにトレーニングをしてしまっていた。
母さんに体たらくを叱られるかもしれないな。今日はちょうど母さんの日だし。
それにこの前は言わなかったけど、母さんは父さんのことも認めている。
ふと見ると、やさしげな眼差しで父さんを眺めているときがあるからな。きっと照れくさいところがあって素直になれないのだろう。
母さんの所に行ったら聞いてみよう。
「やぁフォーレ。今朝は髪が一段とうるおっているではないか。ツヤやかで素敵だよ」
目を閉じて考え事をしていたら、シャインのよくわからない口説き文句が耳に届いた。
毎朝あいつも飽きないというか、情熱的というか。ただな、フォーレの髪がツヤやかってことはないだろ。
瞼の裏にボサボサな緑髪が浮かびあがる。ツヤやかになった姿が想像できない。
「さぁフォーレ。ミーの胸に飛びかかって……うっ……」
ドサリと倒れる物音が部屋に響いた。
呻き方からしてマヒったんだろうな。まぁ、フォーレも手加減しているだろう。俺も起きるか。
ベッドでウダウダしていても仕方がないので、伸びをしてから立ち上がった。
見渡すと、フォーレがベッドで半身を起していた。すぐ傍では白い影が痺れている。
「ご苦労様だなフォーレ。ちゃんと手加減はしているか」
「グラスぅ、大丈夫だよぉ。朝食ぐらいにはぁ、復帰できると思うからぁ」
「なら時間的にちょうどいいか。俺は先に顔を洗ってくるぞ」
シャインが朝飯まで動けないってことは、まだ寝ているヴァリーやアクア、シェイの安眠が確保されるってことだからな。
シャインをほんのちょっと哀れに思ったが、因果応報だから仕方ないと割り切ることにした。
朝飯を食ってから朝の特訓に精を出すが、余計なことを考えるせいでどうにも身に入らない。
「どうしたグラス。うんうん唸りながらトレーニングするなんてらしくねぇな」
隣で座りながら握力グリップを握っていたデッドが、赤い目を疑わしげに細めながら見下ろしてきた。
「デッド、俺はそんなにも唸っていたのか」
「ケッ、無自覚だったのかよ。うるせぇったらなかったぜ」
紫の髪を掻きながら毒をはく。
「デッドに賛同するつもりはありませんが、ここ数日の集中力のなさは目にあまりますよグラス。何かお悩みでも」
シェイがわざわざ素振りを中断してまで、気にかけてくれた。どうやら俺は相当、調子を崩していたみたいだ。
アクアもシェイの後ろで、指を組みながら心配そうに覗き見ている。
「まぁな」
返事をしながら、腕立て伏せの態勢を解いて胡坐をかく。
とはいえ忠誠について聞くのも違う気がするし、知らない人について尋ねても訳がわからんはずだ。
「なになにみんなしてー、グラスを集中リンチしてるのー。キャハハ、ヴァリーちゃんも混ぜてー」
デッドの後ろから抱きつきながら、ヴァリーが顔を覗かせた。
「うおっ、いきなり抱きついてくんじゃねーよ。バカ」
「まーまーいいから。でっ、グラスはどうしちゃったのー」
デッドがうろたえるが、ヴァリーはなんのそのと話題に乗り込んできた。
「お前ら、仲がいいな」
「でしょー」
ヴァリーが間髪入れずに笑顔で肯定する。当のデッドが渋い顔をしているが知ったこっちゃないのだろう。
微笑ましく思いながらも、悩みについて考える。
母さんに聞くまではごまかしておきたい。ここは忠誠から悩みをゆがめて打ち明けるか。
「みんなは、将来チェル嬢のために、勇者と戦う覚悟はあるか?」
見上げると、アクアが顔を青い目を逸らしてモジモジと指を遊ばせている。
シェイは微動だにせず、デッドとヴァリーは顔を顰めた。
どうせならみんなにも聞いてみたい質問だが、エアとシャインは空の旅、フォーレはボーっと遠くで立ち尽くしていた。
「えっとぉ、私はできるだけ戦いたくないな」
視線を下げてモジモジと答えるアクア。気弱というか、らしいというか。
「はっきり言って、自分もないですね」
「シェイ、意外だな。お前が戦いたくないだなんて」
忠誠の塊というか、同志だと思っていたのだが……少々残念だ。
「僕もシェイと同じ意見だな。わざわざチェルのために戦うつもりはねぇぜ」
「ヴァリーちゃんもおんなじだねー。チェルちゃんのために戦おうって思わないなー」
デッドとヴァリーも冷たく言い捨てる。
知らなかった。みんなここまで非情だったとは。
ショックのあまり、俯いてしまう。
「そうか。わかった」
「自分は、チェル様のためには戦いませんよ。勇者と戦うつもりはありますけどね」
「えっ」
見上げると、大きな一つ目でまっすぐ見つめられる。
「自分は、父上のために鍛えているんです。父上のためになら、死ねますよ」
「シェイ?」
驚愕の悲鳴を上げたのはアクアだった。目を大きく見開き、手で口を塞いで後ずさる。
「ケッ、この自殺願望者が。ジジイのために戦ってやってもいいけど、死ぬのは勘弁だぜ」
「ヴァリーちゃんもデッド一票だねー」
デッドが仕方なさそうに言うと、ヴァリーも同意した。
「チェル嬢のためじゃなくて、父さんのために……」
予想外だ。でも父さんのために命を懸けるも、悪くないな。
「少し、いい顔になりましたね」
吹っ切れたのが表情に出たのか、シェイが微笑みながら手を差し伸べてくれた。
「まぁな。よし、もし戦うときが訪れたら、俺が一番手に戦ってやる」
「その意気です、グラス。でも、一番手は譲りませんよ」
俺の宣言に、シェイが対抗心むき出しの目で睨んできた。競いたくなる、心地いい眼差しだ。
「キヒヒ、お前らに一番手を任せるには頼りなさすぎるぜ。僕が一番手で終わらせてやんよ」
デッドが自分を指さしてドヤ顔する。勝つつもりでいるのが何ともデッドらしい。
「えっと、私は……一番手は怖いから二番手くらいかな」
「アクア、なんだかんだでお前も戦うつもりなんだな」
アクアは俯きながら、うんと首を縦に振った。控えめな挙動は自信がなさげだが、言うだけの覚悟はあるようだ。
「みんなファイトー。ヴァリーちゃんが戦うなら最後の砦がいいなー。最後までパパを守るんだー」
ヴァリーは自信ありげにニヤリと笑った。
みんなそれぞれ覚悟を持っている。俺も、負けていられないな。
目を閉じて、すがすがしい気分で決意をしたのだった。




