8 ほんの少しの幸運
コーイチにかけ布団をかけてから、横顔を眺める。ムニャムニャとみっともない表情でのんきに眠っている。
「呆れたと言うべきかしら。人間が魔王の城であっさりと眠りこけるだなんて」
頬をツンツンと触りながら、寝息を立てるコーイチを見る。
それとも、無理をさせすぎたかしら。でも、お父様が健在なうちにできる準備はしておきたいものね。コーイチという人間が降ってわいたのは幸運だったわ。もっとも、血はあまり良くなさそうだけれども。
思わず苦笑してしまう。自分でも前代未聞で滑稽なことをやっている自覚はある。たぶん失敗する。けど初期の段階で期待されても困るから、失敗ぐらいでちょうどいい。
「みんなも協力してくれたけど、本当にやってよかったのかしら」
この城に住むのはみんな、お父様の部下。私の一存で動かしていいものじゃない。なのに失敗すること前提で協力を要請してしまった。
「悪いことをしているのだと思う。けど、もうすぐお父様の世代が終わる」
十年後かもしれないし、明日かもしれない。勇者が魔王を討伐する日は。
「そしたら今度は、私が魔王。本当にやっていけるのかしら」
この弱音は今日に始まったことではない。夜になるたびに自問自答してきた。魔王としての器が私にはあるのだろうか。勇者を最後の瞬間まで導くことができるのだろうか。人間の文明を壊しすぎないように壊すことができるのだろうか。
「ダメね、こんな弱気では。お父様に笑われてしまうわ」
お父様は立派に魔王をやっている。人間の領土を程よく蹂躙し、勇者の力と正義感を育て、試練を用意しては攻略させている。とてもうまい采配だ。見ていて鳥肌が立つ。
「そして、最後に討伐される。お父様はもう、覚悟ができている。私も覚悟できる日がくるのかしら。正直、怖いわ」
命を捧げる覚悟なんて全然できない。必死に生き延びられるよう、けれども勇者が乗り越えられるよう、最大限の時間がかかるように采配を決めようとしている。
「あんまり長いと、人間の方がバテてしまうのにね。笑えないわ」
それでも生きたい。できる限り長く。そのためにコーイチとお父様の部下を使って実験までしている。身を結ぶかどうかもわからないのに。
「私は、何に縋ろうとしているのかしらね」
自問自答の最後は、必ず自嘲で終わる。また無意味に悩んでしまった。考えるだけ無駄。もう、休んでしまおう。
最後にもう一度コーイチの寝顔を眺めた。
「ホントのんきなものね。尊敬するほどのんきで、羨ましいわ」
天蓋つきのベッドに潜り込んで、目を閉じる。
わかっている。実験が成功しようが、悩みは解消されないことぐらい。でも、何かしていないと落ち着かない。
もっと、お父様みたいにどっしりと構えたいわ。