87 母親たちの気持ち マンドラゴア編
俺はフォーレを肩車しながら枯れた森を歩く。重さをずっしり感じるのがツラくて嬉しい。地面がしっかりと固いからブーツでも歩きやすい。
本日はフォーレの母親の日だ。昼間だというのに、陰鬱な影が多く薄暗いから困る。
もしも嫌らしくぬかるんでいたり毒の沼なんかあったりしたら、絶対に立ち入らなかっただろうな。
「おぉ、おとー。高いよぉ。枝に手が届きそぉ」
見上げると、幼くやわらかな手を懸命に伸ばして枝を触ろうとしている。だがまだ距離が遠く、スカスカと腕がむなしく動いている。
「ちょっと背が足りねぇかもな。小さめの木なら何とかなるかもしれねぇし、ちょっくら探してみるか」
フォーレは届かない枝をじっくり見上げた後、のんびりと首を横に振った。
「んー、いいやぁ。なんとなく負けな気がするからぁ。おかーの所まで一直線でぇ、触れるかが勝負なんだと思ぉ」
フォーレはボーっとしているわりに、変なこだわり持ってるよなぁ。気持ちはわかるけど。
俺も子供のときは、色の変わったタイルの場所しか踏んじゃいけない自己ルールで遊んだりしていたもん。
もちろん、タイル張りの地面限定だったけども。アレって意地になっちゃうんだよな。
「ところでおとー、チェルとの進展はどうなってるのぉ」
「突拍子もなく変なこと聞いてくれるじゃねぇか」
驚くよりも呆れる思いだ。この子は歩くビックリ箱ってくらい、何が飛び出すかわからないからな。
「ちゃんと両親にぃ、挨拶しに行ったぁ」
「チェルを俺にくださいってか。怖くて言えねぇよ」
笑い飛ばしながら歩を進める。内心では少し驚きながら。
フォーレのやつ、やっぱりリアさんのことを知っていたか。ってか、俺が顔を合わせたことも承知なんだろうな。
「んー、そっかぁ。まだまだ時間がかかりそぉだねぇ」
何を理解したのか、がっかりしたような口調が返ってくる。その幼い頭脳で、どこまでのことを考えているんだか。
「おとー、男は意地と覚悟なんだからねぇ。決めるときはズバっと決めないとダメだよぉ」
「ははっ、違ぇねぇ。俺は時折フォーレが怖ぇよ」
「それほどでもぉ」
一本取ったかのように、ふにゃりとした笑顔で見下ろされた。
どこまで見透かされているんだろうな。
のんびりと歩いていたら、マンドラゴアの花畑まで辿り着いた。
道すがら枝には一回も触れなかったけども。
季節を問わない色とりどりの花が咲き誇る、幻想的な場所だ。枯れた木々の背景と合わさるとなんともミスマッチで現実感がない。
「この一本一本がマンドラゴアで、一本でも抜くと即死の叫びをあげるんだっけ」
「シャインは死ななかったけどねぇ」
いつしかシャインがマンドラゴアを抜いてしまったらしい。フォーレがツタ巻きにして引きずってきたときには、さすがに死んでいると思ったんだよな。
あいつ、いったいどこまで不死身を極めるつもり何だか。さすがに死なないのは困るぞ。
片眉があがるような、なんとも微妙な思いだ。
「おとー、早くおかーの所に行こぉ」
急かすようにペチペチと頭を叩いた。
いかん、ちょっと呆けちまったわ。
「ンだな、さっさと行くか」
花畑の中央にあるひらけた場所へ向かう。ポッカリ開いたむき出しの地面には一輪の黄色い菊の花が咲き誇っている。
「よぉマンドラゴア。フォーレを連れてきたぜ」
フォーレを地面に降ろしながら声をかけるが、反応がない。
「あれ、アンドラゴア? 昼寝でもしてるのか」
「……あぁ、コーイチ。ミノフスキ○粒子が濃いせいかなかなか聞き取れなかったよぉ」
「なんでマンドラゴアが知ってんだよ。ンでもってイッコクのそんな粒子はねぇよ」
たぶんないと信じたい。にしてもどっから余計な知識をかき集めてくるんだか。
フォーレの謎部分はマンドラゴアからの遺伝だろうなぁ。
ついつい遠い目をしてしまう。
「でぇ、おかーは寝てたのぉ」
「そうだねぇ、フォーレも一緒にお昼寝しよぉ。あれぇ、今日ってフォーレの日だっけぇ」
「おいマンドラゴア。放置主義すぎるだろうが」
しかもフォーレは昼寝させてきたばかりだからすぐには眠れ……。
「うん。おかーとお昼寝するぅ。じゃ、おやすみおとー」
眠りやがるし。しかも雑に服を脱ぎ散らかしてマンドラゴア姿になってから地面に埋まりやがったし。
頭まですっぽり潜って、蕾の花だけが地面から出ている。
俺は脱ぎ散らかした緑の服を回収しながら、蕾について思う。
フォーレはあの花を、きたるべきときに咲かせるって覚悟を決めている。そんな日が来なければいいのにって思うのは、俺のわがままなんだろうか。
「ふふぅ。フォーレもまだまだ子供だねぇ」
スヤスヤと寝息を立てるフォーレを、マンドラゴアが微笑みながら見守っている。
見た目的には花が二輪並んでいるだけなんだけどな。でもコレも母娘の形だよな。
「でぇ、コーイチは私に聞きたいことがあるんだよねぇ」
黄色い花が見透かすように見上げてきた。俺は驚き半分、確信半分で受け取る。
「まぁな。っていうか、内容もわかってんだろ」
どこで情報収集しているか知らないけど、マンドラゴアなら俺のやってることも嗅ぎつけていると思ったよ。
「まぁねぇ。けどぉ、コーイチの口から直接聞きたいなぁ」
甘えておねだりするような口調だ。普通に言ったつもりが、たまたまそう聞こえただけかもしれないけども。
「言わせるなよ。これでも覚悟がいるんだぜ……俺との子供を作るとき、マンドラゴアは何を思った」
「特に何もぉ。チェル様の命令だったからぁ、流れ任せにやっただけだよぉ」
「何もねぇのかよ」
ある意味、マンドラゴアらしいけども。
俺はふてくされて頭を掻く。覚悟を返せってんだ。
「でもぉ、交わってるときにいろいろ思ったよぉ。ちょっとだけど、コーイチの思考を読ませてもらったからぁ」
「えっ……まさか、スキルか」
まさか。でもだとすると、俺の世界のことを知りすぎているのも納得だ。
「そだねぇ。転生者っていうのも知ったしぃ、そのときの気持ちも感じたよぉ。いろいろ触れて思ったけどぉ、最終的にはコーイチの未来が気になったかなぁ」
「おいおい、思考を読んだんならわかるだろ、俺にそんなに大それた未来はねぇよ」
それこそ過大評価だろうが。マンドラゴアも見る目がねぇな。
「どぉだろぉねぇ。けどぉ、私は希望を感じたよぉ。コーイチとぉ、フォーレには希望を託してるのぉ」
希望って、ちょっと気持ちが重すぎるんだけど。
期待が身体に重くのしかかったような感じがした。地面に足が埋まっていくような恐怖を覚える。
「チェル様もぉ、その親も私は好きだよぉ。そんな大好きな人を託せる人が現れたのぉ。でもぉ、コーイチはコーイチのままでいいよぉ。気張らずにのんびりやればぁ、きっとみんなも救われるからぁ」
「それって無責任じゃねぇか」
「責任感じてぇ、カチコチになっちゃうよりかはマシかなぁ。それじゃ、頼んだよぉコーイチ。おやすみぃ」
言うだけ言って昼寝に入りやがった。
希望、か。
俺は開いた右手を胸まで持ち上げて見下ろす。
ホント、マンドラゴアには敵わねぇわ。
フォーレたちが起きるまで、俺は佇むことしかできなかった。




